出会い
心地良い風が汗ばみ熱を帯びた体を冷やしていく。
天高く昇った太陽から降り注ぐ光が流れる汗に反射して煌めく様は、健全な美しさを醸し出す。
牧場の隅でシンは黙々と木刀を振リ続ける。
少し離れた木陰から龍馬のサクラが欠伸をしながらその姿を眺めていた。
「おーい、シン! ここにいたのか、宿に居なかったから探しちまったぜ」
手を振りながら近づいて来るのは暁の先駆者の面々。
その陰に見慣れない一人の少女がいるのを見て、不思議に思う。誰かの身内だろうか?
俺の彼女だ、などと紹介されたら少しショックだな……あいつら女っ気無さそうだったのにな。
その少女はブロンドの後ろに束ねた髪が陽光に煌めき白い肌も相まって透き通るような美しさを放っている。
かなりの美少女だぞ、誰かの彼女なら少し……いや、かなり羨ましいぞ! そんなことを考えながらシンも木刀を振るのを止めて、声を掛けながら近づいて行く。
「無事に帰って来て何よりだ。帝都はどうだった? 楽しんで来たのか?」
一行は複雑な表情を浮かべている。
その様子にシンは何かあったのかと視線が自然と鋭くなったがどうやら深刻な問題ではなさそうだとわかると、表情を和らげた。
「いや、まぁ色々あったな。頼まれてた件は無事に済ませて来たぞ。それと、紹介しよう。こちらは皇帝陛下からの依頼で帝都より一緒に来たレオナさんだ」
レオナはスッと音も立てずに前に出るとシンの前に跪き懐から手紙と持っていた包みを差しだす。
シンは予想外の行動にとまどいながらも差し出された手紙と包みを受け取り、早速手紙の封を破り目を通す。
読んでいくうちにどんどんと顔つきが険しくなる。
レオナは跪き首を垂れたままだ。
それらを見てハンクたちは何事かと思い、声を掛けようか迷う。
「エルの奴、勝手なことを! 今度会ったらぶん殴ってやる!」
怒りもあらわに皇帝の名前を呼び捨てにし、あろうことかぶん殴ると暴言を吐くシンを目にした全員は驚きを隠せずにいた。
手紙の内容はこうだ。
まずは挨拶とお礼、ここまではいい。
その後のレオナの処遇についてが良くない、近衛騎士を辞めさせてシンの従者にしたと書いてある。
生かすも殺すも自由にしてよいとも……勿論レオナの背後の複雑な関係も書かれてはいたが、だからと言って皇帝の権力を使い栄えある近衛を辞させ、一介の冒険者の従者になるよう命じるとは何事かとシンは憤りを隠せないでいた。
「レオナさん、あんたはこれでいいのか? 嫌なら嫌と言ってくれれば今から帝都に行って皇帝に命令を撤回させるが……」
暁の先駆者の面々はシンの言っていることが理解できない。
皇帝に異を唱えるなど、帝国に生まれた市井の民には考えるだけで不遜であり危険でもあった。
「シン、お前何言ってるんだ? 何が書いてあるかは知らないが、陛下の御決定に異を唱えるなんて無茶苦茶だぞ? それに他の誰かに聞かれでもしたら拙い、不敬罪で捕まりかねない」
冷たい冷や汗をかきながらハンクが忠告するも、シンの怒りが収まる気配がない。
レオナが頭を上げ、誰もが聞き惚れるような凛とした声で話し始めた。
「皇帝陛下の御決定に逆らう気ははございません。それに私は近衛として帝都にいるほうが危険なのです。おそらくその手紙にも書いてありましょうが私の……私の父は野心家で帝国の中枢に入り込み不遜にも陛下を意のままに操ろうと企んでおります。そのために私を近衛に入れ陛下に近づけたのです。私の意思は兎も角、父の野心を挫くためにはまずは私を排除するのが一番。本来ならば危険な戦場にでも送られるか事故死を装っての死を与えられるはずですが、陛下の御恩情により命を長らえさせて頂きました。もし、私を拒絶なされれば今度こそ死を賜る事になるでしょう。私個人としても陰謀渦巻く帝都にいるよりはこちらにいるほうが遥かに良いのです」
そう言われてしまうとこの件を受け入れざるおえない。
あいつ、最初からこうなる事を知っていてレオナを送って来たに違いない。
皇帝としての強権を使いこのような命を下したあいつも嫌だったろうが、人を物のようによこされた俺も嫌なんだぞとシンは複雑な心中を持て余す。
だが、むやみに命を奪わなかったことだけは嬉しく思っていた。
渡された包みを解き中から現れた箱を開けると、紫色の宝石の付いたペンダントが入っていた。
手紙には皇妃とともに選んだと書いてある。
ペンダントの名前は戦士の魂。魔道具らしく、治癒力を高める効果があるそうだ。
二人に感謝しながら早速身に着けて見るが、今は何の効果も感じられなかった。
レオナはまだ跪いたままだ。
慌てて手を取り起こすが、柔らかい指先の感触に思わず赤面してしまう。
暁の先駆者の面々が冷やかすが、レオナの放った一言で場は凍りついた。
「陛下の命令で従者になりますが、私はまだあなたを主と認めてはおりません。竜殺しの実力を見せて頂きたく存じます」
視線が木刀へと向けられているのを見て、シンは悟った。
丁度二刀流の練習も少しだけしていたので、木刀は二振りある。
一本をレオナに放り、十歩程離れて構えるとレオナも数度木刀を試し振りをした後に帝国式剣術の基本の構えをする。
レオナの構えに隙がないのを見て、シンは脇構えにして誘いを掛けてみた。
半身が無防備に見える脇構えに逆に警戒心を覚えたのかジリジリとすり足で距離は縮めて来るが、攻めては来ない。
距離が詰まって来たので星眼の構えに構えなおすと、レオナの摺り足が止まった。
来る! 直感的に感じたその瞬間、レオナの身体全体を伸ばすような鋭い突きが襲い掛かってくる。
剣先を僅かに掠める事に成功し、突きの軌道を逸らすと踏み込み肩口に打ち込みを入れる。
だがレオナは素早く剣を返し打ち込みを巧みに防ぐが力に押され後ろに押し込まれる。
一度剣を引き体勢を整えたシンは息を大きく吸って吐くと左上段、天の構えを取る。
距離が空いたのを幸いにレオナも深く呼吸をすると、何やらボソボソと口を動かしている。
魔法か! 慌ててシンもブーストの魔法を唱えると、レオナの身体の周りに纏わりつく様な魔力を伴った風のような物が見えた。
初めて見る魔力の渦のような風に冷や汗が流れる。
直感的にこれは危険な物だとわかるが、どういう対処をするべきか咄嗟に判断が出来ずにいると、レオナがまるで今までとは段違いの速さで猛然と打ち込んで来た。
何とか捌くが、とてもブースト無しで捌けるようなスピードでは無い。
速い! 風を纏う前とは全然違う、拙いぞこれは……こっちも力を出し惜しみは出来ない。
体内を循環させてるマナの速度と量を上げ、身体能力の更なる強化を図るとシンも負けじと反撃に出た。
精霊魔法を使い一気に勝負を決める気だったのだろう。
自分の攻撃が全て防がれ、猛烈な反撃を受けてレオナの顔に焦りの色が見え始めた。
咄嗟に突き出した左手から見えない空気の塊が放出される。
距離が近くシンは避ける事が出来ない。
頭に衝撃がはしり仰け反りながらも力任せに袈裟斬りに木刀を振るう。
慌ててレオナは防ぐが片手では威力を殺すことは出来なかった。
木刀を弾き飛ばされ、自身も大きく後ろに吹き飛ばされた。地に叩きつけられた衝撃で立ち上がることが出来ず呻き咽る。
シンの方も頭を二度三度と振り、多少ふらつく足取りでレオナに近づくとその手を取り一気に引き起こした。
「大丈夫か?」
「はい、竜殺しの強さ、身に染みてわかりました。これからよろしくお願いします。我が主よ」
まだ苦痛に呻きながらもその眼は真っ直ぐシンの目を見つめる。
シンはその美しい瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えながら、何と返事をするべきか咄嗟にはわからず、ただただ沈黙するばかりである。
沈黙を肯定と受け取ったか、再びシンの前に跪くとその手を取り口づけをした。
突然の行動にシンは動けずされるがままになってしまう、つい丁度良い位置にある頭を無意識のうちに撫でてしまった。
レオナの目が見開き、その目から涙が一筋零れ落ちた。
それを見たシンは涙を指で拭い、もう一度頭をぐりぐりと撫で手を引っ張り立たせると一度宿に戻るべく、まずは少し離れた場所でこちらを覗っていたサクラを厩舎に帰すためにその場をゆっくりと離れて行った。