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帝国の剣  作者: 0343
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レオナ

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 ハーゼ伯爵の目を付けていた人物、近衛騎士レオナは皇帝の有する人気ひとけのない狩場で一人訓練に勤しんでいた。

 眩い金髪ブロンドの髪が汗濡れ輝いている。

 白い肌に碧い眼、誰もが一目置く程の美しさを持つ。

 若干鋭い目つきが凛とした雰囲気を纏い、清廉さを引き立てていた。

 それになんといっても人目を引くのは少し尖った耳だろう。

 彼女はエルフとのハーフ、所曰くハーフエルフと呼ばれる普人族とエルフ族の合いの子であった。

 彼女の父親はルードビッヒ男爵、彼女はその令嬢である。

 令嬢と言えば聞こえはいいが、実のところは父親の男爵が若いころ戯れに身請けしたエルフの娼婦との間に出来た子で、家ではいらない子どころか家の恥と蔑まれて育ってきた。

 母親は物心つく頃には病気で亡くなってしまう。

 母親も碌な扱いを受けておらず、納屋のような隙間風吹く離れで母娘二人押し込められていた。

 母親には魔法の才は乏しかったが、娘のレオナは底知れぬ才能があった。

 精霊たちと契約し使役する精霊魔法の手ほどきを母親から受けると、一気にその才能は開花する。

 だが、レオナはこの才能を父親に利用されるのを良しとせず、今まで誰にも話さずその才を秘匿しつづけ、ルードビッヒ家から離れるために女の身でありながら近衛騎士を目指す。

 ルードビッヒ家の者たちは厄介者が出て行くと言うのでこれ幸いと、裏で手を回して近衛騎士として帝国の中枢により近い場所へと送り込む。

 父親の男爵はもし間違いが起きて皇帝がレオナにお手つきをすれば、一気に出世の道も開けるとも計算してのことであった。

 父親のルードビッヒ男爵は良く言えば計算高い、悪く言えばあざとく節操がない。

 先の逆臣ゲルデルン公爵の乱の折りには、最初は公爵の側に付き、土壇場で裏切り皇帝派に寝返った。

 皇帝はこの手の男を心底嫌っていたため、例えレオナの事を知っていても決して手を出さなかったであろう。

 ハーゼ伯爵も父親の方は事情も知っているため蛇蝎のごとく嫌悪していた。

 用心のために娘のレオナの事を調べ、念のために強化魔法を使い、魔力を感知する目をもってレオナを見たときにその隠された才能を知った。

 レオナに父親に協力する意思がないことは確認済みだが、近衛騎士の身分が皇帝陛下に近すぎるのを危険視していた。

 皇帝に近ければ近いほど、身に余る野心を持った父親の男爵が暗躍する可能性を考え今回の任を与え宮殿から遠ざけようとしたのだった。

 その任とは、シンの護衛と連絡役である。

 これならば公然と宮殿から遠ざけることが出来る上に、皇帝の意にも適う。

 十六歳の少女ではあるが、隠している精霊魔法を使えば今の堕落しきった近衛に敵う者など居ないであろうことから、護衛としても合格である。

 この事を伯爵は皇帝に説明すると、何とも言えない顔をされる。


「十六歳の美しい女騎士……う~む、ヘンリに勝ち目が……」


 などと顎に手を添え唸っている。

 まだ妹とくっつける事を諦めていなかったのかと、半ば呆れつつも決断を促す。

 最終的には皇帝も折れ、伯爵の言う通りにレオナをシンの護衛として派遣することに決めた。


ーーー


 この世界は腐っている。

 この腐敗した世界から脱するにはただひたすらに強くなるしかない。

 何れはあの忌々しい家を捨て、堕落しきっている近衛の地位など捨てて自由に生きたい。

 それには何物にも屈さぬ力が要る。そう力が……レオナは人に見られぬように慎重に場所を選び、何れきたる日のためにひたすらに剣と魔法を鍛えている。

 立派な設備を誇る訓練場は堕落しきった近衛たちの誰も使っていないが、管理人などに見られる可能性があるために、本来ならば侵入禁止である皇帝専用の狩場で訓練をしていた。

 一汗かいた後で宮殿に戻ると侍従が待っており、陛下がお呼びであるので身だしなみを整えた後で応接室に行くようにとの命を受ける。

 言われた通りに、汗を拭いて身だしなみを整えてから応接室に行くと、皇帝と宰相が書類を処理しながら待っていた。

 多少緊張しつつ皇帝の前に跪くと、椅子を勧められ何事かと更に身を固くする。


「近衛騎士レオナ、卿にある任務を授ける。今回は拒否権を与えるゆえ、自分の力量を良く考えながら受けるかどうか決めよ」


 宰相の少しだけ含みのあるような物言いに、思わず首を傾げそうになりながら次の言葉を待った。


「迷宮都市カールスハウゼンに赴き竜殺しのシンの護衛をせよ。また何か有事の際には帝都に連絡を寄越すようにとのことである。これは皇帝陛下の勅命である」


 近衛騎士の受ける命としては今一つピンとこない今回の命令、しかも勅命……どういう事なのだろう?

内心で首を傾げながら、表では平静を保つ努力をしつつ宰相に質問することに決めた。


「…………ご質問をしても宜しいでしょうか?」


 許す、と宰相ではなく皇帝が許可を出す。


「では二つほど……竜殺しのシンとは、逆臣ゲルデルンを討った傭兵のシンでしょうか?それと今回の件は近衛騎士の領分ではない気がいたすのですが……」


 これまた宰相ではなく皇帝が直接返答する。

 そのことに軽く驚きつつレオナは命令の真意を探ろうとする。


「シンについてはそうだ、逆臣ゲルデルンを討った者に相違ない。確かに此度の命は近衛騎士としての領分では無い。だが余は知っておるぞ、そなたが狩場で一人訓練に励んでいるのをな……今の近衛にそなたの居場所はあるのか? 見ていればわかる、強くなりたいのだろう? ならば行け、行ってそなたの才を存分に振るってくるがいい」


 竜殺し? 竜を倒したというのか! まさか……それと、誰にも見られてないはずなのに狩場の件が陛下にバレていたとは……それにそなたの才と言った……もしかして精霊魔法の件も知られている? 確かに近衛に居てもこれ以上は何も得るものはない、ならばいっそのこと……


 宰相は少し引いた目線でレオナを見る。

 今回の件を皇帝とハーゼ伯爵から聞いた時はシンにこだわり過ぎているのを多少危惧を抱いたが、レオナを中枢から遠ざけるのは賛成であった。

 父親がよくない、若いころの乱行が今は権勢欲に変わっているだけで人間として褒められるところがほぼ皆無である。

 本人は有能のつもりであろうが、傍から見れば無能の極みであり欲だけが深い男を帝国の中枢に近づけたくはなかった。

 さて、この娘はどう出るか? 今までの仕打ちから父親を嫌っているのはわかっている。

 父親の思惑通り近衛に残ることを選ぶか、それともこの命を良しとして家のしがらみを断ち切ろうとするのか?


「勅命、謹んでお受け致します。帝国のためにこの命のあらん限り、任を全う致します」


 勢いよく席を立ち再び皇帝の前に跪く。

 それに対し皇帝は立ち上がり宰相から包みを受け取ると被せてある布を取り一振りの細身の剣を取り出す。

 魔法剣モーントシャイン……月光の銘を冠する細剣はミスリル銀でコートされており刀身からほんのりと蒼白い光を放つ。

 その美しさに部屋の中の三人は息を飲み、しばしの間目が離せない。


「魔法剣モーントシャインこれをそなたに授けよう、そなたの才能を引き出すのに役立つであろう。更に金貨百枚を授けるゆえ、旅立ちの支度を早急に整えよ。尚、近衛の装具は持ち出しは禁止。近衛騎士としてではなく一介の冒険者としての装具を整えるよう努めよ。我が命を受けてくれたことに感謝を、かつ詫びねばならない。そなたの才を埋もれさせてきたこと、近衛として適切な任務を与えられなかったことを……許すがよい」


 レオナの全身に幾つもの驚愕がはしる。

 やはり陛下は私の精霊魔法のことを知っている。

 それに今の待遇に不満があることも……英邁なお方だと聞いていたが、噂にたがわぬとはこの事だろう。

 更には途轍もない価値の魔法剣を授与してまでの護衛任務とは……シンという者にどれ程の価値を見出しているのだろうか? 差しだされた魔法剣を恭しく受け取ると早速準備にかかるように宰相に言われ、任務内容を復唱し謝辞を述べると応接室を後にする。


「竜殺しの英雄か……くだらぬ男ならばいっそのこと切り捨ててしまおうか……」


 口の端を微かに吊り上げながら宮殿の廊下を歩く。

 その姿はただ歩いているだけなのに、風を切るような鋭さと陽光に煌めく雪のような冷たさを秘めた美しさがあった。


---


 夜、皇帝エルム・ヴィルヘルム・フォン・エルバーハルトは後宮に戻ると皇后マルガレーテの元に赴いた。

 既にマルガレーテは自分の腹の中にいる子のお祝いにシンが地竜の角を送ったことを知っていた。

 マルガレーテは先の夫を娼館に連れて行ったことでシンをあまり快くは思っていなかったが、今回の件ですっかり気を良くして過去の事は水に流すことに決めた。


「陛下、シン殿に返礼の品を送らねばなりますまい。このような素敵な品を頂いてしまったのですから……」


 飾られた珍品である地竜の角をうっとりと眺めながらマルガレーテが呟くのを、皇帝は吹き出しそうになりながら同意する。

 マルガも女か……いや、違うな……自分にではなく腹の中の子に送られたのが嬉しいのだろう。

 聡明なマルガは、もしシンが自分に対して送って来たのならば先の件での機嫌取りと見抜き、ますますシンを毛嫌いしたであろうな。

 まさかシンもこれを見越してまだ見ぬ我が子に送って来たのか? ありうるな……作法などに疎いくせに、あやつめ存外抜け目がないわ。

 これは皇帝の買い被りすぎであった。

 シンは地球の頃の習慣的な感覚で送ったに過ぎない。

 皇帝はふふと笑いながらグラスに注がれたワインを喉に流し込む。

 それを見てマルガレーテは怪訝な顔をしながら返礼の品について再び問いかけたのであった。


「うむ、何か適当に見繕っておこう。やはり武具が良いだろうな……何にするかな……」


 明日あたり宝物庫に行って何かないか探してみようと思いつつ、今は妻との安らぎの時間を楽しむことにした。

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