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帝国の剣  作者: 0343
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手紙

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 ハンクたちは迷宮都市を発って2週間後、帝都シャルロッテン・ヴァルデンベルクに到着した。

 帝都シャルロッテン・ヴァルデンベルクの名前は初代皇帝の想い人の名前からつけたと言われているが、真偽の程は定かではない。

 久しぶりに訪れた帝都の賑賑しさに心も浮かれて来る。

 だがリーダーのハンクはシンに託された手紙の配達の事を考えると気が重くなってしまう。

普段、貴族とは縁の無い生活を続けて来たハンクたちは貴族に対する知識や礼儀といったものに疎い。

 貴族にどう対応すべきかがわからないため、単なる手紙の配達でも迷宮に潜るよりも難儀なことだった。

 ましてや一通は皇帝陛下宛てである。

 命の恩人の頼みでもなければ逃げ出したい気分であった。

 パーティを代表してハンクとグラントが手紙と角を届ける事になり貴族街に、残りの者は依頼のマンイータートラップの蔓とギガントードの毒腺を納めに商業区へと向かう。

 ベテランポーターのグラントでさえ緊張で小刻みに震え、抱えている地竜の角同士がぶつかりあってカタカタと音を立てている。


「なぁ、俺も行かなきゃダメなのか?」


 グラントは訝しげな目つきでハンクに問う。


「と、当然だ! ポーターとして荷物を持ってもらわねばならない」


 ハンクはさも当たり前を装って言うが、勿論嘘である。単に一人で行きたくないだけだった。

 やがて、ハーゼ伯爵亭の前に着き門を守る衛兵に取次ぎをお願いするが、ハンクたちのなりを見て衛兵も怪しげな視線を投げかけて来る。

 当主である伯爵様は居られるが、お会いになるかどうかはわからない。

 一応用件は伝えて見るが……と衛兵の一人が屋敷の中に入ってしばらくすると、慌てて戻って来て先程の対応とはまるで雲泥の差で賓客として迎え入れられる。

 ハンクたちは緊張で足が地に着かず、微かに震えながら案内人の後に続いた。

 応接室に案内され入室すると、ハーゼ伯爵本人と思われる老人が席を勧め手ずからお茶を注ぐ。

 二人はぎこちなく挨拶をし席に座り、勧められたお茶を飲もうとするが、緊張のあまりお茶の入ったカップを口に運ぶ際にカタカタと音を立ててしまう。

 不作法を謝罪すると、伯爵は笑って気にしなくてよい、楽に、楽にと人の良さそうな笑顔で二人の緊張を解そうとした。

 早速本題に入り、シンに託された手紙を渡す。

 伯爵は二人の目の前で封を切り手紙に目を通すと、大声で笑い出した。


「あの小僧、帝都を去って僅か一月あまりで地竜を倒すとは恐れ入るばかりじゃわい、いやいや……一体どこまで強くなれば気が済むのかのぅ」


 グラントが恐る恐る地竜の角を差しだす。

 伯爵は受け取り、被せてある布を取り角をしげしげと眺める。


「ほぅ……これが……長生きはするもんじゃ、この様な珍しいものが見られるからの……しかしこれはこれは……お二人ともご苦労じゃった。で、どう致す? 儂とともにこれから陛下の元に行かれるか?」


 ハンクとグラントは伯爵でさえこの緊張ぶりなのに皇帝陛下の前に出たらショック死しかねないと思い、慌てて伯爵にもう一通の手紙と角を託す。


「わかった、儂が必ずや陛下に手紙をお渡ししよう。お二人とも遠いところから本にご苦労じゃった。シンにもよろしくお伝え下され」


 二人は短かったのか長かったのかさえわからない会談を終え、ハーゼ邸を後にする。

 手紙の駄賃にと金貨数枚を渡されたときは目が飛び出る程驚いたが、迷宮に潜るよりも憔悴した精神に対する対価だと思い、疲弊した心を癒すために皆で皆で散財することに決める。

 帰り際に一応の連絡先として泊まっている宿を聞かれたが、このことが後に暁の先駆者たちに生涯最大の苦難を招くことになろうとはハンクもグラントも気付くはずもなかった。


---


 ガラント帝国皇帝の一日は忙しい。

 ここの所、朝から政務に追われ自由な時間など殆ど取れていない。

 近年の国内外の騒動で書類を捌いても捌いても次から次へと山積みになって行く。

 ソシエテ大飢饉による難民と賊の問題、吸収したルーアルト王国北方辺境領と西方辺境領の問題。

 逆臣ゲルデルン公爵とその一派の処分と功臣の褒賞問題……上げればきりがないほどである。

 だが、皇帝の顔色は明るい。

 もう命を脅かされることは無く、脅かそうとしていた連中に仕置きをすることでストレス発散させていた。

 また、明確な目標が出来たことも政務に対するモチベーションアップに繋がっている。

 屋台骨の腐りかけた帝国を立て直すこと……これに自分の一生を賭ける決意をし、数々の改革に着工し始め若いエネルギーを注ぎ込んでいく。

 あまりの精勤ぶりに宰相や近侍の者たちが休むように忠言するほど政務に没頭していたのだった。

 今も宰相に半ば無理やり休憩を取らされているところに、ハーゼ伯爵の急な来訪と会談の申し入れを受けた。

 何事かと思い考えを巡らせ、例の近衛騎士養成学校の件だなと当たりをつけて応接室に向かう。

 応接室に入るとハーゼ伯爵が何か大きな包みを抱えているのが目に入る。

 何なのか気にしつつも、平静を装い伯爵に親しげに挨拶をし席を勧める。


「やぁ、ハーゼ伯爵。今日は如何なる問題を持ってきたのだ?その抱えている包みは何だ?」


 伯爵はゆっくりと一礼し、席に着くと一通の手紙を懐から取り出した。


「シンより手紙が届いております。まずはこれをお読み下され」


 シンと言う言葉を聞いた途端皇帝の顔つきは変わり、殆どひったくるかのように手紙を受け取るが、まるで貴重な物を扱うがごとく丁寧に封を切る。

 その様子を見て、ハーゼ伯爵はこういう所に性格は出るものだと今更ながらに感心した。どんなに焦っても丁寧に事を進めようとする皇帝の仕草を見て伯爵は好ましく思う。

 皇帝は手紙を読みながら様々な表情を浮かべる、傍から見ればまるで百面相のようでまさか伯爵も笑いを堪えるのにこんなにも苦労するとは思ってはいなかった。


 皇帝への手紙には様々な事が書かれていた。

 まずは餞別の品の礼に始まり、迷宮都市カールスハウゼンに居ること、荷物持ちとして迷宮に入り一度目の探索でパーティは自分を残して全滅したこと、二度目の探索で地竜と遭遇し成り行きで倒したことなどが事細かに書かれており、読み進めるに従い皇帝の顔は険しくなっていく。

 伯爵は手紙を読み終えた皇帝に恭しく包みを差しだす。受け取った皇帝は包みを取り、地竜の角をしげしげと眺めた。


「これが地竜の角か! 産れてくる世継ぎへの祝いの品だと書いてあったが……あいつめ、要らぬ気を使いおってからに……しかし、これは見事だな……シン、感謝するぞ! 卿もこの手紙を卿も読め。その上で少し話がしたいが良いか?」


 伯爵は構いませぬがよろしいので? と聞き返すと皇帝は黙って頷く。

 手紙を受け取り目を通すと、大体自分の受け取った手紙と同じことが書かれていた。

 読み終えたのを見届けた皇帝は早速伯爵に尋ねた。


「カールスハウゼンを治めるシュトルベルム伯爵を知っているか? 息子が先の動乱で我が方に加勢したことは知っておる。親の方はどうなのだ? 夜会で顔を合わせた記憶が無い、卿は何か知っているか?」


 ハーゼ伯爵は目を細め、さらにこめかみを抑えて必死にシュトルベルム伯爵の顔を記憶の底から引きずり出そうとする。

 唸る事数秒、思い出すことに成功した伯爵はシュトルベルム伯爵についてこう語った。


「小柄で厳つい顔つきをしている男で、見た目は常に不機嫌そうな印象を受ける御仁でしたな……夜会などはあまり顔を出す方ではなかったかと、領地の経営が上手く迷宮を発見してから僅か数年で軌道に乗せたと言う優れた手腕を持っている者です」


「使えそうだな……中央に召し出すか?それともこのままカールスハウゼン周辺を任せるのが良いか?一度会って話してみたいものだな。…………さて、シンのことだが……竜殺しか……国を挙げてその偉業を讃えるのが良いか?それともそのまま自然にしておくのが良いか、卿はどう思う?」


 一瞬シンの顔を想いだし伯爵は静かに一言、自然にと言う。


「そうか、うむ。あやつは式典とか苦手そうだったからな……で、地竜の角の返礼の品はどのような物が良いだろうか?それとな……シンに連絡と護衛要員を派遣したいのだが……」


 最後の方は言葉の勢いもなく、どこか伯爵の顔色を窺うような……子供が親におねだりをするような感じであった。

 伯爵はやれやれと思いつつも、皇帝が何故シンに固執するのかをわかっているため、どうするべきか思案を始める。

 可愛い孫にも似た存在の皇帝の意を出来る限り叶えてやりたいと考えていた。


 何故、皇帝はシンにここまでこだわるのか……帝室に生まれ世継ぎとして厳格に育てられてきたエルム・ヴィルヘルム・フォン・エルバーハルトは抑圧された感情の行きどころを常に求めていた。

 更には叔父であるゲルデルン公爵に命を狙われ続け、気の休まる暇もない。

 そんな皇帝が最も欲していたのは自由……例え帝国を治めていようと巨万の富を積もうとも絶対に得られないもの。

 そんな自由を体現したかのような者が目の前に現れた……そう、シンである。

 己の腕のみで世を渡り歩き、何者にも縛られない。

 まさに皇帝がもし自分が帝室に生まれなかったのならば、こうありたいと言うべき理想を具現化した存在。

 言わばもう一人の自分をシンに重ねていたのだ。

 この想いは幼いころから傍にいた傅であるハーゼ伯爵にしかわからないであろう。


「そうですなぁ、返礼の品は一先ず置いておくとして、護衛兼連絡要員については一人良いものが居ります」


 伯爵はもう一度シンの顔を想いだし、口の端に意味深げな笑みを浮かべた。




50話まで続けることが出来たのも読者の皆さんのおかげです、ありがとうございました。

これからも頑張りますので、よろしくお願いします。

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