帰還
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「シン、シン、起きろ!」
軽く頬を叩かれてとてつもなく重い瞼を開けるとグラントが心配そうに覗きこんで来る。
生臭い匂いがだんだんと鼻に近づいてきたかと思うと口を無理やり開けられ、得体の知れない赤黒い物を放り込まれ更に真っ赤なワインのような物を無理やり飲まされる。
生臭い匂いと鉄錆の味が口内にこれでもかとばかりに充満し、吐き出そうとするのを無理やり押さえつけられて嚥下してしまった。
直ぐに口直しの水が与えられて口の中を灌ぐが、生臭さが中々取れない。
えずき涙目になりながら何を喰わせたのかと問うと、地竜の肝と血だと言う。滋養強壮の最高の素材で新鮮なら生でイケるとのことだった。
聞かなければ良かったと思いながら、吐かないように顔を赤青に変色させながら堪える。
準備は終わった、急いで地上へ戻ると言われ立ち上がるが、やはり左足に痛みがあり顔を顰める。歩くことは出来てもとてもではないが走ることは出来そうにない。
足手まといになるから置いて行けと言うと、頭を思いっきり拳骨で殴られ視界が一瞬だけ白く染まる。
「アホぬかせ、歩くことは出来るんだろ、ならとっとと歩け。荷物の事は心配するな、だが武器は絶対に最後まで手放すんじゃないぞ!」
前衛二人、中衛四人、後衛二人の隊列を組み、怪我人のハンクとシンは真ん中に入れられ、外側からそれぞれ肩を貸してもらいながら帰路に着く。
「ハンクの野郎、重てぇな! 戻ったら絶対に奢ってもらうからな!」
ハーベイが汗にまみれゼイゼイと息をしながらハンクを肩を貸し、背には溢れんばかりの荷物をしょっている。
怪我人以外の全員も持てる限りの荷物を持っているため、パーティの歩みは亀のように遅い。
ナメクジの方が早いぜなどとボヤキ、笑いながら進む。
この状態でも諦めず雰囲気も暗くならないように努めるのは流石、熟練冒険者と言った所か。
幸いなことにジャイアントリーチは地竜のおかげで逃げ散っており、襲われることはなかったが2階層、一階層はそうはいかないだろう。
時折襲ってくる強烈な眠気と戦いながら、一歩一歩進んでいく。
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二層から一層への直通路を来る時の倍以上の時間を掛けて進むが、不自然な程に敵がいない。新緑の風が掃除した後なのだろうか? 何にせよ助かった。
後は一層だけだが、一番の問題は強盗だろう。
出会わないことを祈りつつ一層への階段を上がる。
祈りの効果はなく、最悪のシュチュエーションで強盗に出会ってしまう。
まぁ、神なんて信じてないからな、などと思いながら強盗を見ると、新人殺しのポール率いるパーティだった。
「おやぁ? こいつはラッキーだぜ! 暁の先駆者はリーダーが死に掛け、目を付けていた新米も手負いときたもんだ。お前ら、わかってるよな? 命が惜しけりゃ全部置いて行け、武器も鎧も全てだ! そうすりゃ見逃してやらないこともないぜ?なぁ?」
首を捻り後ろの仲間に薄ら笑いを浮かべながら強盗の身勝手な口上を述べる。
後ろに控えていた連中がやはり薄ら笑いをしながら前に出て来た。
暁の先駆者は苦虫を噛み潰したような顔をしてポールたちを睨み付ける。
睨み合いが続く中、突然シンが夢遊病者のようにふらふらと前に出ると、いきなりフレイムスローワーの魔法を唱え放射状に火炎を撒き散らす。
油断しきっていたポールたちは、まさかの攻撃になすすべも無く全身を火達磨にし、悲鳴を上げながら地面に転がり必死に消そうとするが、地面に転がる強盗どもに容赦なく追い討ちの火炎が降りかかると然したる時間もかからずに強盗どもは動かなくなった。
茫然としている生き残りにゆっくり歩いて近づくと、天国丸を抜き袈裟切りにする。
その様を見て腰を抜かした賊も容赦なく突き殺す。
全員の息の根が止まったことを確認して振り返った瞬間、ふっと視界が急に暗くなり意識を手放し地面に倒れ込んだ。
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重い瞼を僅かに開けると隙間から光が差し込み、眩しさにもう一度目を瞑る。もう一度眠りに着こうか迷い、乾ききった喉が水を欲したため仕方なく微睡の中から抜け出す努力を始めた。
どこだここは?…………光? きしむ体を動かして無理やり起き上がるながら目を開くと、借りている宿の見慣れた部屋の景色が目に映る。
ベッドの脇に武具が置かれ、テーブルの上に水差しがあるのを見ると手を伸ばし貪るように水を喉に流し込む。
口の端から零れた水が顎を伝い床に落ちるのも構わず、水差しがカラになるまで口を離さない。
ベッドから起き上がろうとして全身の痛みに思わず目を見開き、体を見るが外傷は無く胸を撫で下ろす。
全身極度の筋肉痛のように体がこわばり、力が上手く伝達出来ない。
それでも無理やりふらつきながら立ち上がると、やはり左足に鈍い痛みがはしった。
くそ、体が上手く動かない。一体どうやってここまで戻って来たのか? 取り敢えず下に降りて何か食べ物を貰おう。
天国丸を手に取ると普段よりも重く感じる。ふらふらとした足取りで壁に捕まりながら、ゆっくり階段を降りて下に向かうと、食堂にグラントとハーベイが座っているのが見えた。
きしむ体に鞭入れながらゆっくりと近づくと、二人もシンに気が付き席を立ち駆け寄ってくる。
「シン、目が覚めたか! よかった、もう三日も眠りっぱなしだったんだぞ!」
ハーベイがシンのふらつく体を支えながら興奮気味に話す。
「よかった、無事……とまではいかないようだが、命に別状はなさそうだな。どこが傷む?」
グラントが心配そうに覗きこみながらハーベイの反対側から体を支えた。
「全身が痛い、筋肉痛みたいだ。取り敢えず、メシを喰いたい。後、聞きたいことが山ほどあるんだが……」
「わかった、お~い女将さん何でもいいから食い物頼む! 俺たちも話すことが沢山あるんだ、そこのテーブルを借りよう。よっと」
ハーベイが張りのある大声で注文を頼み、グラントがシンを支えながらテーブルに着かせ、向かい合うように二人も席に着く。
「さて、まずは何から聞きたい?」
グラントが水差しの水を木のジョッキに注ぎながらシンに尋ねる。
「ハンクはどうした? 無事か? それとどうやって宿に帰って来たんだ?途中から記憶が無いんだ」
ジョッキをシンに渡すと熟練のポーターはニヤリとしてから答える。
「まず、ハンクは無事だ。だがしばらくは静養だな、まぁ骨にも内臓にも異常はないから一週間もすれば普通に動けるようにはなるさ」
女将が料理を持ってきてシンの前に並べる。
鶏肉の香草焼きと黒パンと玉ねぎのスープの匂いがシンの鼻腔をつき、空腹感が高まって腹がグゥグゥとなり続けるのを二人は笑いながら茶化す。
「まぁ喰え、お前さんは一層で強盗に遭ったことは覚えてるか?」
シンが口いっぱいに料理を頬張りながら頷くとグラントは話しを続けた。
「ふらふらっと前に出たかと思うと、あっという間に強盗どもを倒しちまってな、倒し終えたらそのまま気を失って今の今まで目を覚まさなかったってわけだ」
ジョッキの水で料理を無理やり流し込み、大きく息を吐いてから誰が運んでくれたのかと聞くと、ハーベイが身を乗り出して親指で自分を差す。
「俺だよ、俺! ハンクだけでも重いのにシン、お前まで担がされたんだぞ! お前、元気になったら絶対に一杯奢れよな!」
シンは礼を言い必ず奢ると約束する。
その後もハーベイの苦労話が続くが、グラントが遮ると真顔になって報酬について話し始める。
「シン、報酬の件だが一日銀貨一枚だったよな。あの日の働きの報酬、既に銀貨一枚は宿代になっている。宿代が足りないが、お前金あるのか?こんないい宿に泊まってるとは思わなんだ。意識が無い三日間と、その間の龍馬の世話代が溜まってるんだが……」
気を遣わせてしまって済まないなと思い頭を下げ、運んでくれたことに感謝して礼を述べる。
「ここまで運んでくれてありがとう。お金の心配は大丈夫、傭兵で稼いだのがまだあるから。心配してくれてありがとう。」
グラントもハーベイもほっとした表情を見せる。
「いいさ、気にするな。むしろ俺たちの方がお前に助けられたのだから、礼を言うのは俺たちの方だ。ハンクを救ってくれて感謝する。それとな、お前の龍馬、三日前から餌を喰わないらしいんだ。動けるなら見に行ってやれ。後は、ハンクが動けるようになったら今回の戦利品の件について話をしよう」
シンは戦利品なんかあったかな? と思い返して、全滅したパーティから頂戴した装備のことかと軽い気持ちでこの時は返事をしたのだが、まさか戦利品のことでひと騒動起きるとはこの時は夢にも思わなかった。
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「サクラ~、サクラ~お~い」
元気が無く餌を食べないと言うサクラが心配であの後すぐに宿屋が運営してる町はずれの牧場に向かった。
シンが厩舎を覗き込みサクラを呼ぶと、体当たりかと思うほど勢いよくサクラが飛び出してきてシンの顔を舐めまくる。
すぐに顔は涎でべちょべちょになり、力の入らないシンはサクラに押されるように地面に倒れ込んだ。
「うぉおおお、サクラちょっと待て、体が痛くて思うように動かないんだ。」
シンの動きがおかしいのに気が付いたのか、サクラは舐めまわすのを止めて顔を覗き込んで来る。
倒れたままサクラの下がった鼻面と首筋を撫でると、嬉しそうにゴロゴロと喉をならし目を細める。
「飯、食ってないんだって? 俺を心配してくれたのか? じゃあ、まずは飯を食おうか? 腹は空いてるんだろう?」
優しく話しかけながらよろよろと厩舎の方に向かって歩くシンに寄り添い、歩調を合わせるかのようにゆっくりと歩くさまは傍から見ると長年連れ添った夫婦のようであった。
メインヒロインのサクラ、雌2歳です。




