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帝国の剣  作者: 0343
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地竜

 グラントとシンが倒れたギガントードを解体し、毒腺を手や肌に付かないように慎重に壺の中に入れ蓋をする。

 何に使うのか聞いたところ、様々な薬になるとのこと。

 毒腺の回収作業も終わろうとしていたその時、背後から身の毛がよだつ鳴き声と足に振動が伝わってくる。

 振り向くと、パーティが入って来た入口から大きな四足歩行の恐竜のような生き物がのっしのっしと入ってくるではないか! あまりの出来事に一瞬茫然とする、パーティの誰もが動けず、声も出ない。

 恐竜のような怪物が威嚇の雄叫びを上げる。

 誰もが皆、耳を塞ぐような大音量。

 一番前にいたリーダーのハンク目掛けて、突然突進すると頭を振ってハンクを吹き飛ばす。

 だがハンクとて熟練の冒険者、寸での所で自分から横に跳びダメージを抑えてはいた。

 壁に叩きつけられたハンクは必死に起き上がろうと咽ながら叫んだ。


「地竜だ、みんな逃げろ!」


 派手な音を立てて吐く胃液に血が混じっている。内臓でも傷つけたか、あれではもう戦うどころか満足に動けもしないだろう。

 それを見て止めを差す気か、ハンクに向かい地竜が近付いて行く。まるで他のパーティメンバーなんぞ眼中に無いようなゆっくりとした余裕すら感じられる動きでだ。

 舐められている、人間を舐めているのかコイツ……シンの心に怒りの火が静かに灯る。

 喰うために必死に襲うのならわかる。

 人間だって魔物だって生きるのに必死だ……だが、こいつはなんか違う。獲物を玩具にするのは狩りの練習だからだが、それとも違う。

 人間など取るに足らないと最初から舐めている、現にパーティのど真ん中にゆっくりと近づいて来て軽くドついただけ。

 人間の攻撃なんて自分には無効だと言わんばかりの大胆不敵な行動。

 しかも、戦闘力を奪った相手から始末していこうとする舐めきった態度……いいだろう……その舐めきった振る舞い……必ずや後悔させてやる!


「グラントさん、俺の背負子を頼みます。ハーベイ、俺が地竜の気を引く隙にハンクを助けるんだ!」


「お、おい、シン、おい!」


 マナを体内で回しブーストを唱えると天国丸を抜き、雄叫びとともに地竜に向かい駈け出す。でかい……全身の毛が逆立つ。

 小五月蠅げに振り向いた地竜は軽く頭を振り角で攻撃を弾こうとするが、天国丸は地竜の角を切り落としそのまま鼻面に斬撃を叩きこまれる。

 血が吹き出し地竜は悲鳴とともに首を激しく振ると血が辺りに飛び散り

 濃い鉄錆の匂いが鼻腔を突いた。

 シンは崩れた体制を整えようと距離をとるために、地面低くを転がるようにして後ろに下がる。


「何ボサっとしてやがる、早く動け! みんな死にたいのか!」


 シンは怒鳴る。その声でやっと現実に意識を戻したパーティメンバーはハンクを助けるべく行動を開始する。

 ちくしょう! この一撃で仕留めるつもりだった。

 あんな絶好の機会がまた来るとは思えない、足が震える……手もだ……どうしてあんな化け物に斬りかかったんだ?どうかしてるぜ俺、馬鹿じゃないのか?

 後悔させるどころか俺が後悔してどうする、だがこのままじゃ逃げられねぇんだ。

 もうこうなったらとことんまでやるしかねぇ。

 シンは力づくで無理やり震えを抑え覚悟を決める。


 地竜はまさかの攻撃に怒り、口の端から泡が吹き出し目が充血しはじめる。

 迷宮自体が吠えているかと錯覚するほどの声量で怒りの雄叫びを上げると、シンに向き直り右前足で地面を何度か掻くと猛然と突撃をかます。

 シンが横に避けて躱すと地竜は後ろ脚だけで立ち上がり身体を捻り前足でのしかかって押し潰そうとして来る。

 さらに横っ飛びで躱すと、今度は腰を振り長い尾を鞭のようにしならせ叩きつけて来た。

 息を突く暇すらない連続攻撃に、考えるどころか冷や汗の出る間すら与えられない。

 鞭のように迫り来る尾の攻撃はシンを捉えたかに見えた。

 咄嗟に刀を縦にして手を添えて尾の強烈な一撃を受ける。

 衝撃を殺し切れずに地面に足がめり込み、そのまま後ろに後を残しながら数メートル押し込まれる。

 さらなる一撃が胴を掠るが、鎧に阻まれ衝撃は来るが致命傷にはならない。

 その衝撃が途轍もない、鉄製のプレートメイルでも軽くひしゃげるのではないかという位の威力である。

 幸いにして今着ている鎧、黒竜の幻影にはかすり傷一つ付いてはいないが、ブーストで身体強化してなければこれだけでダメージを負っただろう。

 次なる追撃を予想し必死に体勢を整えるが、尾の攻撃が来ない。

 よく見れば尾に縦に裂傷がはしり、血が滴っていた。

 地竜は吠える。

 今まで人間ごときに傷すらつけられたことのないこの若い地竜は、目の前の人間に激しい敵意を燃やす。


「さて、今度は俺の番だろう? いくぞトカゲ野郎!」


 シンは猛然と地竜に向け走り出す。

 地竜は迎え撃つべく残った角をシンに向けるが、斬られたときのことを思い出したのか、角で迎え撃たず喉を膨らました。

 シンの脳にチクリと痛みがはしる、地竜の口が空き地獄の釜のような真っ赤な炎の塊が直線上に放出された。

 脳に痛みがはしった瞬間、シンは天井近くまでジャンプする。

ブーストによる脚力のなせる業だが、咄嗟に行った跳躍はシンの足に深刻なダメージを与えてしまう。

 顔を顰めながら、火炎弾を飛び越し着地際に地竜の顔に斬撃を叩きこむ。

 斬撃は右眼を切り裂きその傷は口にまで達した。

 痛みと怒りに地竜は吠え尾を振り回し暴れまくる。

 迷宮に地震が起きたかのような振動が足から伝わり、踏み堪えるために足に力を入れると足に鋭い痛みがはしる。

 拙い、これは拙い……筋断裂か腱を痛めたか……左足に力が入らない、とてもじゃないがもう走るどころか満足に歩けるかもわからない……クソ、どうする? 考えろ、奴も手負いだ。次の手を考えるんだ、このままこんな黴臭い迷宮で死んでたまるかよ!


 じりじりと後ろに下がり少し距離を開けて周りを見渡せば、ハンクは救出されパーティメンバーも地竜の後ろに回り込み距離をとることに成功していた。

 背後に回ったハーベイが地竜に攻撃をしかけようとするが、激しく振り回される尾に阻まれて近づくことが出来ない。

 それを見たシンは近づくなと怒鳴り、手で制する。

 シンの怒鳴り声に正気を取り戻したのか、地竜は暴れるのをやめシンに向き直る。

 残った左眼は憤怒に濡れており右目から流れる血が顎を伝って地面に滴り落ちている。

 右へ右へと死角を突くようにすり足で回り込もうとするが、地竜もそうはさせじと向きを変え睨み合いの状態が続いた。

 静寂があたりを包み込む……暁の先駆者の面々は誰も声を発しない……いや、発せないでいた。

 ぐるると地竜の唸り声とシンの発する荒く肩で息をつく音だけが迷宮に響いている、シンがさらに右に回ろうとして顔を大きく顰めた。

 足が……足が動かない! ここにきてか! 地竜はシンの足の痛みに顰めた表情を残った左眼でしかと見ると、今日一番の大音量で吠え壁にぶち当たるのも構わないといった勢いで突進して来た。

 シンの目にそれがスローモーションの様に映る。

 あれだ、あれをやるしかない! 練習では成功したが本番で試したことは無い、だが迷っている暇は無い、やるんだ! シンは大上段に構えると、更にブーストを回しつつ天国丸にマナを流し込む。

 流しこむイメージは風、何物もを切り裂く真空の刃……帝都に居る時に読んだお伽話。昔の英雄が嘘か真か山を切り裂いたと言う話……それを冗談半分で真似て編み出した技、魔法剣……名付けて真空斬。


 地竜の顔が目の前に迫る、気合いとともに刀を真っ直ぐに振り下ろすと地竜の顔に縦に赤い線がはしった。

 このままではシンが踏みつぶされると誰もが思った瞬間、地竜の左足が突然躓く。

 すると、まるでずるりと音がするような風に地竜の身体が顔の中心から縦に裂け臓物を撒き散らしながらどうと地面に倒れ込んだ。

 咽るような濃い血の匂いが狭い空間に立ち込め、同時に先程までの喧騒が嘘のような静寂が迷宮に再び訪れた。

 シンは天国丸を杖にして左足を引きずるようにしながら、激しい息遣いとともに暁の先駆者の方へとゆっくりと歩き出す。

 その足取りはたどたどしく、上半身は左右にふらついている。

 すぐにガラントが飛び出してきて倒れそうになるシンを支えると、心配そうに顔を覗き込んで来た。


「みんな、…………無事か?…………ハンクは?…………」


「シン、お前のおかげ皆無事だ。ハンクも重症だが命に別状はない、というよりお前の方が重症だぞ!  おい、みんな手を貸してくれ!」


 それからのことはシンはあまり覚えていない。気を抜くと飛びそうになる意識をなんとかして留めようと必死だったのだ。

 一度座りこんでしまうともう立ち上がることは出来なかった。

 マナが……マナが足りない……この状態がマナ欠乏症か……全身が上手く動かせないや……

 ハンクも隣で苦痛に喘いでいたが、シンの顔を見ると掠れた声で礼を言う。

 ガラントが近付いて来て突然口に水筒の口を突っ込まれ水を流し込まれる。

 その後、保存食を口に押し込まれ水で無理矢理胃に流し込まれた。


「シンのおかげで持ち帰る物が増えたんでな、保存食は捨てて行く。カバンの中身も後で買える物は全部捨てて行く。もうちょい地竜の解体に時間がかかるからその間だけでもゆっくり休め」


 シンは頷くと瞼を閉じる。

 閉じた瞬間に意識は飛び、深い眠りへと落ちて行った。

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