下積み
翌日の朝、日課の訓練をしてサクラと散歩などスキンシップを取りながら色々と情報を整理し考えていた。
シンは特に勤勉ではないが常に命がかかっているこの世界では毎日の訓練は欠かせない。
今回はハズレパーティに当たってしまったが、収穫はあった。
まず、迷宮という物を直接肌で感じられたことは何よりも大きい。
ブーストの魔法を掛ければ暗闇でもある程度は視界が確保されることもわかった。
一層の主な敵に遭遇し対処の仕方が分かったのも大きい。
スケルトンは動きも緩慢で、武器を持っていない個体はそれ程脅威ではない。
打撃武器で打ち砕く戦い方が有効だ、シンならば死の旋風の重さを利用した斬撃で叩き斬るか、ブーストを掛けた拳で打ち砕くのが有効だろう。
単体ならさほど脅威ではないが、群れで居る場合と武器を持った個体には注意が必要だろう。
次にマーダーバニー、体長一メートル程の巨大なウサギで戦う時は後ろ脚の蹴りに注意だ。
蹴りは強力で、下手をすれば鎧の上からでも骨折や内臓破裂の危険がある。
こいつは毛皮と肉が安いながらも需要があり、いい小遣い稼ぎになる魔物だ。
群れを作ることは稀で殆ど単独で生活しているみたいだ。
ケイブバット、これも大きさ一メートル程の大型の蝙蝠で血を吸う吸血蝙蝠である。
鋭い牙を持ち、噛まれればタダでは済まない。
天井に逆さに止まっており、下を通る生き物を襲う待ち伏せ型の魔物で、被膜に若干の需要がある。
肉は臭みが強く好んで食されるてはいない。
駆け出しの冒険者が食費を浮かせるために食べることがあるくらいである。
常に数匹から数十匹の群れで暮らしている、数に押されると非常に危険な魔物になりうる存在だろう。
ケイブウルフ、洞窟狼は体長一メートル半程の狼で毛皮は黒く暗い迷宮内では目立たず、奇襲に注意せねばならない。
強力な牙と爪、咬合力も強く木製の武器など容易く噛み砕くだけの力がある。
シンが出合った中で一層最強の敵と言っても過言ではない。
鼻が利き血の匂いに敏感で匂いを嗅ぎ取ると遠くからでも集まってくるし、追跡もしつこい。
狼なので常に複数で活動し、頭も良いという厄介な相手である。
吠え声が五月蠅く、周りの敵の注意を引くことからこいつと戦ってる最中は他の敵の襲撃にも注意せねばならない。
遠吠えで遠くの仲間とコミュニケーションを取り、放って置くとどんどん増えて来るので早く決着を付ける必要がある。
毛皮に需要がありそこそこの値段で取引がされている。
肉は臭くて硬くほとんどの場合そのまま捨てられるが、貧乏な冒険者は煮て大量に出る灰汁を取り除いて食べるらしい。
キラーエイプは本来二層の最奥ら辺を縄張りにしている魔物だが、食料を求めて一層や三層に移動することが稀にあるらしい。
灰色の毛を持ち、鋭い爪と牙、そして強い握力は何よりも脅威であり、動きも俊敏で頭も賢いという厄介極まりない魔物である。
シンは一体一ならば後れをとることは無いが、複数同時に相手をすることを考えると、鳥肌が立つくらいの強敵である。
毛皮に需要があり、肉は肉食獣の例に漏れず硬く臭みがあり需要はない。
迷宮の一層は天然の洞窟のような感じで、天井の高さや通路、部屋の広さなど一定しておらず場所によっては戦いづらい。
ポールウェポンや大剣などの大きな武器は戦う場所も考えなくてはならないだろう。
弓などの飛び道具も暗く視界が悪いせいで近距離での使用が多くなり、それだけで敵と戦うには心もとないのでサブウェポン選びが重要になる。
迷宮内は光源は殆どなく、壁や床に淡い光を放つ苔が稀に生えているくらいである。
地図は売っているが詳細に書き込まれている物ほど値が張る。
大抵の駆け出しの冒険者は羊皮紙と木炭だけを買い自分たちで地図を作る方が多い。
シンもその例に漏れず、自分で羊皮紙に書き込んでいた。
今回シンを雇ったパーティが全滅し、シンだけが逃げ延びたことについては何の咎めもないし、非難の声も無い。
大体、荷物持ちはパーティメンバーより戦闘力に劣るから荷物持ちをやらされているのが普通であり、パーティメンバーが敵わなかったのに荷物持ちが敵うはずがないと言うのが一般的な考えで、今回のような状況では逃げ出して当然で、むしろ逃げ遅れた荷物持ちはマヌケ扱いされてしまう。
雇われの荷物持ちにパーティメンバーを必ず助けなければいけないという義務はない。
今回荷物持ちをやって良かったのは、魔物の解体を経験出来たことだろうか? 今までは狼などを倒しても毛皮など価値のある素材をそのまま打ち捨てて来たが、解体の技量が上がれば今後は収入源となることも期待できる。
シンはしばらくは今のまま荷物持ちで良いと考え始めていた。
解体の技術は学べるし、素材の価値についても学べる。
戦いでは敵の対処の仕方や味方の動きを少し離れた場所から観察することが出来るのも勉強になった。
不満なのは収入が低いことくらいであるが、今は金に余裕がある。
金に困っていない今は知識と技術を得るいい機会だと思っていた。
シンは宿に帰ると、明日もギルドに行き荷物持ちの仕事があれば率先して受けて見ようと思い、今日の出来事を振り返りつつゆっくりと体を休めていった。
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翌日朝からギルドに行き、掲示板をよく見ると冒険者の募集は条件が細かく書いてあるが荷物持ちは厳しい条件指定がない。
早速、受けることにした。
「おはようございます、レムさん。この依頼を受けたいのですが……」
ギルド職員のレムは少し驚く、昨日パーティが全滅して命からがら逃げかえって来た者がまさか翌日にまた迷宮に潜ろうとするとは思っていなかったためである。
「ああ、おはよう。ええと、シン君だったかなまた荷物運びの依頼でいいのかい?」
「はい、荷物運びでしっかり経験を積んでから冒険者になった方がいいと思いまして」
ほぅ、今どきの若者には珍しい……大抵の者はすぐに冒険者になって先を急ごうとするのだが……レムはシンの顔をまじまじと見る。
そこに迷いや躊躇いの表情が無いことを確認すると手続きの準備をする。
「わかった、手続きをしよう。前回と同じ、一日当たり銀貨一枚。先払いされているから前と条件は一緒だね。パーティの名前は、暁の先駆者……っとここにサインを……よし、これで手続き完了。こちらから相手に伝えておくよ。早速明日からいいかい?」
シンは了承すると、ギルドを去りナイフの手入れをするために鍛冶屋に向かう。
アイアンフィストと看板に書かれた鍛冶屋に入り、ナイフを研いでもらう。
研いで貰っている間に売り物を物色しているとシンの目が投げナイフに釘づけになる。
大きさは柄を含めて十五センチ程と小型で、おそらく忍者の使う投げ苦無のような使い方をするのだろう。
店員がそれを見て、シンに勧めた。
「お客さん、良い目をしてますね。そいつはお勧めですよ、襷型の収納ベルトと投げナイフ十本で銀貨三枚でどうです? ベルトには前に五本、背中に五本収納出来ます。両手を塞がず、動きも阻害しない優れものですよ」
なるほど確かにこれは良い物だ、戦闘には勿論のこと怪しい場所に投げ込んで反応を見るのにも使える。
多少使い辛いがナイフとしても一応使えるだろう。
「予備のナイフをさらに十本欲しい、いくらになる?」
「そうですね、収納ベルトが銀貨一枚、ナイフ一本につき銅貨二十枚で全部合わせて銀貨五枚。もし買って下さるなら今回のナイフ研ぎの代金はタダでいいですよ、どうです?」
「わかった、銀貨五枚でベルトと投げナイフ二十本貰おう」
「毎度あり! これからも贔屓にしてください、なるべく勉強しますんで、どうかよろしくお願いいたします」
買った投げナイフを早速装備して、街の外れにある冒険者に無料で開放されている訓練場……実際は何もない空き地で投げナイフの練習をする。
投げやすいように作ってある、流石だな……取り敢えず的に最低限当てられるようにしなければ……
大体的に当てられるようになると、ワザと体勢を崩したり投げ方を変えたりして様々な状態でも投げられるように練習し始めた。
常に万全の体勢で投げられるとは限らない、こういった訓練も必要だろう。
その日の夕刻、日が落ちる寸前まで練習してから宿に戻り部屋でマナを体の中で練り、魔法の練習をした後で明日に備え体を休めた。