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帝国の剣  作者: 0343
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餞別

ブックマークありがとうございます。感謝、感謝、大感謝です!

 初夏の日差しが眩しく照りつける中、二人は馬に跨りゆるゆると歩を進める。

 シンは皇帝ヴィルヘルム7世の気晴らしの遠乗りに付き合っていた。


「…………行くのか?」


「……ええ……」


何時いつだ?」


「明後日には……」


 遠巻きに二人を囲み護衛するのは近衛ではなく皇帝派の貴族達の私兵であった。

 この件を見る限り皇帝は今の近衛を信用していない。

 それは近衛騎士たちの方も感じ取っていたが、自分たち無しで帝国が成り立つわけがないと根拠のない自信で現在の状況を楽観視していた。

 新たなる近衛を育成する近衛騎士育成学校の計画は連日の協議で煮詰まりつつあった。

 シンを剣術指南とする案も出たが、シンが引き受けなかったのと平民を重職に行き成り就けることで貴族の反発を招きかねないことなどから断念している。

 すでに予算の配分などの話に入っており、もはや自分の知識の必要としない段階になったシンは帝都を去る準備を進めていた。

 皇帝は今まで保留にしていた褒賞の件を急ぎ取決め、与える用意をする。


「ならば明日、延ばし延ばしになっている褒賞を与える。待たせて済まなかったな、許せ」


「いえ、ありがたき幸せ……感謝致します」


 翌日、シンの上げた一連の功績に対する褒賞が発表され手渡される。

 ある者は驚愕し、またある者は納得する物であった。


 まず騎士の称号が授けられた。

 帝国に於いて騎士は身分では無く栄誉による称号である。

 現在の地球に於けるイギリスと同じようなもので、何の実権もない。

 ただし、持っているのと持っていないのでは扱いに雲泥の差が現れる。

 この褒賞は誰もが納得した。


 二つ目、金貨一千枚

 これも誰もが納得した。

 ゲルデルン公爵が暴発した戦勝式典の論功行賞でも公言されていたことであったからだ。

 金貨一千枚は持ち運びに不便なので大半は宝石などで与えることとなっている。


 三つ目、龍馬一頭

 若い雌の龍馬一頭を装具一式と共に授与された。

 シンが興味を持っていることを知っていた皇帝はこれからの旅にも役立つであろう贈り物、餞別のつもりでこれを選んだ。

 これを聞きシンは大喜びで何度も謝辞を述べる。


 四つ目、ブラックドラゴンの鱗を用いて作られた鎧、黒竜の幻影と呼ばれる魔法鎧が与えられた。

 これはシンが持っている二つの魔法武器、天国丸と死の旋風に勝るとも劣らない格のある鎧である。

 軽量で頑丈、普通のスケイルアーマーのようにジャラジャラと五月蠅く音を立てないよう魔法が込められている。闇そのものとも言うべき黒一色で統一された外見は美しく見るもの魅了する。

 皇帝はシンの武器は整っている事は知っていたので、防具を送ることにしたのだった。

 過酷な戦いを潜り抜けて来たシンの話を聞き、友の身を守る物で今現在与えられる最高の物を用意したのである。

 この鎧の価値を知る貴族たちは最初この話を聞き憤慨したが、シンに貴族としての位を与えないと知ると不承不承ではあるが納得する。


 以上が城塞都市カーン防衛戦及び逆臣ゲルデルンを討った功績に対する褒賞である。


---


「シンよ、お主には世話になったな。お主を選んだ儂の目に狂いはなかったのぅ」


 そう言ってヴァルターはからからと笑う。


「ハーゼ伯爵、いや爺さん……例の件、頑張ってくれ」


 皇帝が前に出てシンの手をがっしりと握る。


「達者でな……偶には帝国に戻って色々な話を聞かせてくれ」


「長い間お世話になりました、このご恩は一生忘れません」


 ストーンヘッドバッファローの革のベストの上から黒竜の幻影を見に着け上にバルチャーベアの外套を羽織ったシンは髪の色も相まって夜の闇を彷彿とさせた。


「シン、いつかまた会おう! 余はこの帝国を変えてみせる、そのときは……いや……」


 皇帝はかぶりを振る。

 シンを縛る事はよそう、この者には自由が似合う。


「陛下…………エル、行ってくるぜ。土産話期待していろよ!」


 とんでもない無礼であるが、二人の関係を知る者たちはこれを見て見ぬふりをする。

 後ろを向くと振り返らずにそのまま宮殿を出る。

 宮殿の出口で騎士ローベルトが一頭の龍馬の手綱を手渡してきた。


「こいつが褒賞の龍馬だ。賢いやつでな、手間はそれ程かからんだろうが大切にしてやってくれ」


「ありがとうございます、色々お世話になりました」


 深々と頭を下げる。

 下げた頭に龍馬がじゃれて甘噛みをしてくるのを見てローベルトは笑う。

 龍馬と一通りスキンシップをとり、馴れて来たところで帝都シャルロッテン・ヴァルデンブルグを後にする。



---


「行ってしまわれたのですね、あれ……どうして……」


 ヘンリエッテの頬を涙が伝う。

 あのお茶会の後、事あるごとにシンに絡んでいたヘンリエッテはシンが帝国を去ると知って、兄であるヴィルヘルム七世にシンに帝国に残るように説得して欲しいとせがんだ。

 いつも優しくヘンリエッテに甘い兄は頑なにそれを拒む。

 それならばと、自ら説得を試みるも結果は無残に終わる。


「この世界を知りたいのです、それにもっと強くなりたいのです」


 そう言って笑うシンの厳つい顔の中に年相応の爽やかさを見たヘンリエッテは見惚れて何も言えなくなってしまう。

 そうして出立の日が決まり挨拶を済ませると振り返りもせずに帝都を去ってしまった。


 侍女のエマが涙をそっと拭いながら告げる。


「ヘンリ、あなたは恋をしていたのよ。でも、初恋は実らないと言うわ・・・胸を貸してあげるから今は好きなだけ泣きなさい」


 ヘンリエッテが小さい頃から御付の侍女として共に育ったエマは姉がわりであり親友でもある。

 あれ程付きまといアプローチを掛けているのに気が付かない朴念仁にヘンリエッテは勿体無い、それにどう足掻いても身分の差は埋めがたく結局の所この恋は実らなかっただろうと思っていた。

 もし相思相愛になっていたならば皇帝が無理やりにでも何とかしたかもれないが、貴族社会の風当たりは厳しいものになったであろうことが予想される。

 ヘンリエッテには悪いがやはり、実らなくて正解だったのだろう。


 しかしこの子は自分が恋をしていることもわからないなんて大丈夫かしら?やっぱり私がしっかり傍で仕えて差し上げないといけない。

 エマはヘンリエッテを抱きしめながら決意を新たにするのであった。


---


 その頃シンは街道を龍馬に跨りゆっくり進みながらうんうんと唸っていた。


「お前の名前、何にしようか? 雌なんだよなぁ……う~ん」


 二時間程馬上もとい龍上で唸って考えた名前は故郷の日本を代表する樹木、桜から名を頂きサクラと名付ける。


「桜の季節は過ぎちゃってるけどまぁいいか、よし今日からお前の名前はサクラだ。よろしくな!」


 首筋を撫でながら言うとサクラもそれに答えるように鳴くが、龍馬の鳴き声はかわいくないのでシンは微妙な表情をしつつ次の目的地、迷宮都市カールスハウゼンに向かう。


 迷宮ダンジョンとはこの惑星パライゾがテーマパークとして作られた時の目玉の一つで、それぞれが独立した管理システムにより運営されているアトラクション施設である。

 だがアトラクション施設と言っても、地球の遊園地のような楽しいものでは無くむしろ血なまぐさくおどろおどろしい物であった。

 迷宮には誰が置いたかわからない宝箱がごく稀に出現する。

 勿論用意しているのは管理システム側であるが、中身は貴金属や魔法武具だったりと人を魅了する物が入れられており、これを目当てに冒険者が迷宮に殺到していた。

 また、迷宮に配されてる魔物の素材も魅力がありこれを求める者も多い。

 シンは中央管理施設に居た頃に迷宮の情報を得ており、機会があれば挑んでみようと思っていたのだ。

 帝都から馬で二週間ほど南に行くとこの世界に無数に作られた迷宮の一つ、通称悪魔の口と言われる迷宮がある。

 迷宮は管理システムが魔物が外に出ないように管理しており、魔物が出てこないのを知った人間たちは迷宮攻略の拠点としてすぐ近くに街を作った。

 それが迷宮都市カールスハウゼンである。


 シンは地球の感覚でアトラクション施設と聞いて胸が躍らせながら旅路を急ぐ……だが待ち受けていたのは楽しいアトラクションなどではなく厳しすぎる現実であった。



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