決着……そして
一方その頃宮殿外では、ヴァルター率いる皇帝派の貴族とその手勢が十重二十重に宮殿を取り囲んでいた。
ゲルデルン公爵の供廻りやそれに組する貴族の供廻りを斬り制圧する。
宮殿の衛兵や近衛騎士が反発したが、皇帝直筆の勅旨を見せると殆どが大人しく指示に従った。
一部のゲルデルン公爵の息の掛かった衛兵や近衛騎士たちが反発するも、容赦なく斬られ鎮圧された。
もしゲルデルン公爵が皇帝ヴィルヘルム七世を弑することがあれば、この軍勢を以ってゲルデルン公爵を討ち、以降はヴィルヘルム七世の同腹の妹、ヘンリエッテを女帝として擁立することがヴィルヘルム七世の直筆の遺書によって確定している。
勿論、一時的な処置であり皇帝が無事ならば遺書は秘密裏に処分されることになっていた。
ヴァルターは皇帝派の貴族とその手勢に叱咤激励を飛ばす。
「逆臣ゲルデルンを絶対に逃がしてはならん、何としてもここで討ち取るのだ!」
帝都のゲルデルン邸や前宰相シュタルンデスの館などゲルデルン公爵に組する主な貴族の館が皇帝派により急襲され制圧されている。
これは旧ルーアルト王国北方辺境領鎮圧のため派遣されたエミーリエ・ブルング男爵率いる二万の軍勢が、北方辺境領鎮圧には赴かず、五千の守備兵を城塞都市カーンに残し、強行軍にて帝都に帰還しゲルデルン公爵派閥の各貴族の勢力を鎮圧したのであった。
ヴァルターは天を見つめ一人小声で呟く。
「さて、出来る限りのことはやったはず……後は天の采配次第ということじゃな……」
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静寂の支配する玉座の間にシンの荒い息遣いだけが響く。
ゲルデレン公爵から流れ出た血が玉座の前の階段の下の赤いカーペットに吸い込まれて黒く色を変えていく。
シンは振り向き正眼の構えを取りゲルデルン公爵が完全に息絶えるのを見届けた後、刀を払い今度は参列する貴族の方を向く。
公爵以外に抵抗する者がいるか列席する貴族たちを注意深く見回してみる。
シンのブーストの掛かった紅く爛々と光る眼と目があった貴族は金縛りにあったように動けない。
視線が外れるとある者は安堵の溜息を吐き、またある者は無意識の内に後退り、酷いものになると腰を抜かして尻もちを付く始末である。
皇帝ヴィルヘルム七世が大きく深呼吸をし、多少裏返った声で事の終わりを告げる。
「大義であった! 逆臣ゲルデルンは討ち取った、この期に及んで異議のある者は前に出よ!」
参列した貴族は沈黙を保ち、前の方にいた数人がシンの発する殺気と皇帝の威に屈し膝を着くと、雪崩を打つように参列者全員が跪いた。
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ヴァルターの元に宮殿の中から孫で近衛騎士のフランツが出てきて、事の顛末を語るとヴァルターは素早く事後処理の指示を方々に飛ばした。
「やれやれ、やっと終わったわ……先帝フリードリヒ四世陛下の仇を討てた。これでもうこの世に未練はないのぅ……」
「御爺様、ではやはり先帝フリードリヒ四世陛下崩御の件はゲルデルン公爵が関わっていたのですか?」
「うむ、先帝フリードリヒ四世陛下より儂は遺書を託されておっての、その時に何者かに遅効性の毒を盛られたと申されておった。犯人など考えるも無くやったのはゲルデルンじゃろう。その時儂は誓ったのじゃ、皇帝ヴィルヘルム七世を守り、先帝陛下の仇を討つと……だが悲しいかな儂の力ではそれは叶わぬことであったが、カーンでシンを見て全てを賭ける気になった。陛下の身を囮にするという愚かな策であったが、猜疑心の強い彼奴を討つにはこれ以外には……」
「確かにあの剣の冴え、尋常ではありませぬ。見た事のない剣術でゲルデルン公爵も得意のチャージを仕掛ける前に勝負が決まってしまいました」
「剣術だけでない、あの者の持つマナの量……尋常ではない。しかも全身を強化出来る強化魔法など儂は今まで聞いたことがないわ。恐るべきかな……敵に廻してはならぬがもし敵になると言うならなる前に……」
最後の方の言葉は小さすぎてフランツには聞こえない。
ヴァルターはシンを今後どうするか、首輪を付けられればよし、もしも手に余るのであれば……正面から勝てる者も帝国全土から探せばいるだろう。
だが今この時、陛下の傍にはいない。
最大の功績者でもあることだし無下に扱う事も出来ない。
今後の事を考えると、シンを見出した自分の責任の大きさに頭を抱えたくなる。
「陛下とじっくり話し合わねばなるまいの……」
フランツはその言葉を聞き、今後の支配体制や事後処理のことだと勘違いした。
が、無理もない。
無位無官のシンと言う男一人に歴戦の将である自分の祖父が頭を悩ませているとは年若いフランツに見抜くことは出来なかった。
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ゲルデルン公爵の領地、財産は殆どが没収。
ゲルデルン公爵の一族は皇族であるため死罪は免れたが領地は殆どが没収され僅かな捨扶持を与えられるだけとなる。
前宰相シュタルンデスは死罪、領地及び財産は没収となった。
その他もゲルデルン公爵に組したものはそ何かしらの形で罰を受けることとなる。
たとえば公爵の間者だったオットマール侍従長は宮殿を追われ強制的に隠居に追い込まれた。
先帝のヴァルターに渡した遺書と先帝直筆の手紙、それに書かれていた内容が公表されると公爵に組していた者たちは、反逆者だけでなく弑逆者でもある逆臣に加担したものとして次々に中央を追われた。
同時に今回の逆臣成敗に関する論功行賞も行われた。
皇帝は苦しい状況の中、自分を支えてくれた皇帝派閥に漏れなく恩賞を与える。
ヴァルターは伯爵へと陞爵したがすぐに息子に家督を譲り隠居した。
帝都の掌握に多大なる活躍をしたエミーリエ・ブルング男爵も陞爵し子爵となる。
皆の関心はゲルデルン公爵を直接討ち取った男、無位無官であったがあの場で騎士位を授けられて即大手柄を上げたシンにあった。
ヴァルターは皇帝と何度も話、首輪を付けて飼殺す覚悟や場合によっては殺さねばならないと諭すが、皇帝派は頑なに首を縦には振らなかった。
世間では様々な噂が流れた。
中々褒賞が発表されないのは巨大すぎる武勲のためだとか、やはり出自が怪しいからだなど……
常に娯楽に飢えている帝都の民たちの間では逆臣を討った流浪の剣士として劇や歌になる人気ぶりを博するが、誰もシンの顔を知らないので劇の配役も優男だったり、巨漢であったりと様々。
歌に関しても髪の色、目の色それぞれ歌い手によって変わる始末であった。
シンは最初はとんでもないことになったと部屋に引き籠っていたが、この事実を知らされると堂々と帝都を歩くようになる。
どうせ誰も本当の事なんて知らないんだから平気だろうと帝都見物までする始末である。
シン本人は褒美などあまり関心は無かった。
貴族になって宮仕えなど真っ平御免であるとさえ考えていたので、多少の金子を頂いたらまた気ままな旅に出ようと思っていたのである。
シンは帝都に帰還する際に乗った龍馬が思いのほか気に入り、帝都郊外の龍馬牧場などを覗いたりしている。
褒賞しだいではあるが、もし纏まった金が手に入ったならば購入も考え始めている。
龍馬は軍馬より高く、値は龍馬が軍馬の二倍以上する。
安い物でも金貨十枚、一般人には目玉が飛び出る価格である。
シンも今の手持ちでは一番安い龍馬でさえ手が出せない、値段の高さに驚き落胆して宮殿に戻る。
今は客分として宮殿の一室を与えられ、そこに寝泊まりしていた。
侍従武官長のウルリヒと廊下ですれ違う。
シンが浮かない顔をしているのを見て、ウルリヒが声を掛け理由を聞く。
龍馬に関してのことだとわかると内心ほっとしつつ、まずは龍馬にきちんと乗れるようになってからのがいいのでは? とアドバイスをする。
シンは、ハッとしたあと練習するための龍馬が買えないと顔を赤らめる。
「はははっ、シン殿さえよろしければ近衛騎士の訓練に参加してはいかがでしょうか? 龍馬はもとより普通の馬の扱いも覚えられましょうし……」
「是非、是非にお願いしたい! 龍馬や馬だけでなく、槍や盾の使い方もお願いします!」
猛然と食いついてきたシンに若干引き気味になりながらも、陛下と担当の者に話して見ましょうと約束するとシンに何度も頭をさげられて困惑する。
乗馬の技術と槍や盾、帝国の剣術も学んでおきたい。
触りだけでも学んでおけばいざ勝負となった時に必ず役に立つ。
これからどう物事が転ぶかわからない以上、出来うる限りのことはしておきたい。
シンは内に沸き立つ興奮を抑えながら、脳裏に今後についての展望を描き出していた。




