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帝国の剣  作者: 0343
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皇帝

 現皇帝の名はエルム・ヴィルヘルム・フォン・エルバーハルト。

 ヴィルヘルム七世、御年二十歳の若き皇帝である。

 玉座の間に着き侍従武官長のウルリヒの少し後ろを歩き、玉座から十歩の所で跪きこうべを垂れる。

 宮廷作法はハーゼ邸にて最低限の事は学んでいた。

 こちらから声を掛けることは出来ない。

 跪き、首を垂れ声が掛かるのを待つのみである。

 最初に声を掛けるのは皇帝ではない。

 御付の者で上位の者が用向きや確認の声を掛けてそれから皇帝が声を掛けるというのが帝国の宮廷のしきたりである。

 この日、皇帝の御付の者の最上位は侍従長オットマール・フォン・リントシュタットであった。

 侍従長オットマールは男爵号を授かっており、前皇帝から侍従長の地位にある。

 だがこの男は現皇帝ではなくゲルデルン公爵に組していた。

 オットマールの領地はゲルデルン公爵の隣に有り、圧力に屈して今はゲルデルン公爵の命により間者をしている。


 儀礼的な問答がウルリヒとオットマールの間で交わされ、それが終わりやっと皇帝から声がかかる。


「侍従武官長、御役目ご苦労である。面を上げて楽にするとよい。父君のハーゼ子爵の容態はどうだ?あまりにも悪いのであれば医師団の派遣も考えねばならん」


 ウルリヒが恭しく面を上げると皇帝の後ろに控えるオットマールの能面のような顔が見える。


「はっ、御厚情父に代わりまして御礼申し上げまする。戦場での疲れが出たのでしょう、命には別状はないと思われますが何分高齢でありまして…………」


 皇帝はさも心配げに眉を顰めるが、これは演技である。

 ヴァルターが仮病を使っているのを当然皇帝は知っている。

 侍従長オットマールを騙し、裏で彼を操るゲルデルン公爵を油断させねばならない。


「侍従武官長、ハーゼ子爵は余の傅……もう一人の父とも思うておる。何かあれば直ぐに医師の手配を致すゆえその時は遠慮なく申せ」


「はっ、陛下の御厚情、父ともども深く感謝いたします。残念ながら式典には父は出席できませんので僭越ながら私が名代を務めさせて頂きとうございます」


「いたしかたあるまい。子爵にはゆっくりと体を休め自愛するように伝えよ。……して後ろに控えるのは誰であるか?」


 ウルリヒ、シンにとっては白々しい問いである。

 皇帝はもう全ての計画を知っている。

 シンの事も当然知っているがこの場に同席する侍従長を騙すためにも演技を続けねばならない。

 シンの代わりにウルリヒが答える。


「はっ、この者は遠国の貴族の子弟であり今は遊歴の身の上で、名をシンと申します。此度の戦いでハーゼ子爵に合力し敵を退けるのに只ならぬ功績を上げたる豪の者にございまする」


 勿論シンは何処の国の貴族でもないが、平民の傭兵を会わせるのは流石に無理があり計画の段階で嘘をつくことに決定していた。

 皇帝が侍従長に目配せをする。

 侍従長が甲高い声でシンに面を上げて答弁の許しを出す。


「シンと申します。帝国より遥か東にある日本という国からやってまいりました。城塞都市カーンに滞在して居りましたところ、此度の戦いに参加の許しを頂きハーゼ子爵に微力ではありますがお手伝いをさせていただきました」


 皇帝は侍従長に問いかける。


「東の国、日本……聞いたことはあるか?」


 侍従長オットマールも首を傾げながら答える。


「聞いたことはありませんな、エックハルト王国のさらに東でしょうか?」


「ふむ、遠いところからよくぞ帝国に参ったな、それに此度の協力を感謝せねばなるまい。シンとやら、貴公の祖国の話を聞きたい、何でもよいから聞かせてくれ。」


「はっ、では…………」


 シンは食べ物の話、主食はパンでなく米であることや気候の話、そして武器の話に辿り着く。


「ほぅ、シンもその刀と申す剣を持っておるのか?」


「はっ、今日も帯びて参りましたが宮殿に入る前に衛兵に預けております」


「ふむ、是非見たい。侍従長、その刀と申す剣を直ちにここへ持って参れ」


 オットマールが慌てて部屋を出、刀を運ぶ手配をする。

 その間に玉座の間からその隣にある応接室に移り、侍従にお茶の手配をさせ皇帝はソファに深く腰かける。


「君たちも座りたまえ」


 先程とは打って変わって気さくな笑みを浮かべると着席を促す。

 お茶を用意が整うと人払いをし、応接室には皇帝、ウルリヒ、シンの三人だけとなった。


「まずはシン、礼を言うぞ。ウルリヒ、お前にも苦労を掛ける」


 ウルリヒが恭しく頭を下げる。


「勿体ないお言葉で御座います。式典は三日後、準備の方を急ぎませんと……」


「うむ、ときにシンよ、自信の方はあるのか?」


「正直に言うとわかりません、そもそもゲルデルン公爵の強さも伝聞でしか聞いたことがありませんし」


「そうだな、だが余はお主に賭けた。もう後戻りは出来ない、すまんがお主の命をくれ」


「わかりました、微力を尽くします」


 会話が丁度途切れた瞬間、ノックの音が響く。

 三人の視線が自然と扉へと向かう。


「誰であるか?」


「オットマールで御座います、ご所望の品を御持ち致しまして御座います」


 皇帝が入室許可を出すとオットマールがシンの愛刀、天国丸を恭しく掲げながら皇帝に手渡す。

 皇帝は受け取ると一通り外見を観賞すると鞘から刀身を抜く。

 刀身の美しさにシン以外の皆が感歎の声を上げた。


「おお、これは何と美しい……このような剣は見た事が無い。片刃であるか……微妙に反っているな……侍従長、お主はこの刀と言う剣を知っていたか?」


「いえ、いえ、陛下、このような美しい剣は初めて見ました。これは……見事としか言う言葉が見つかりませんな」


 武芸に疎いオットマールですら称賛を惜しまない。

 皇帝は一瞬、演技する事を忘れかけるがそれほどに天国丸の美しさに目を奪われていた。

 皇帝は気を入れなおすと再び演技を始める。


「シンよ、この刀と言う剣、余は気に入った。余に譲ってはくれまいか? 勿論タダでとは言わん、余の持つ宝剣グリューン・ドンナーとの交換ではでどうだ?」


 皇帝の発言に侍従長は驚き、制止する。


「陛下、グリューン・ドンナーは代々国に伝わる宝剣の一つ、何卒御考え直し下さい!」


「いや、侍従長……余はこの刀が手に入るならばグリューン・ドンナーを手放すと決めたのだ! シンよどうであろうか? 余の願い聞き届けてはくれまいか?」


 シンは悩む振りをする、どう見ても大根役者であったが侍従長は事の大きさにシンを観察している余裕はなかった。


「…………わかりました、国の宝を手放す程気に入られたならばその刀、天国丸も本望でしょう。お譲りしましょう」


「そうか! 感謝するぞ! 侍従長、宝物庫へ行きグリューン・ドンナーを持って参れ、急げ、急げ!」


 皇帝に尻を蹴られるようにして部屋を追われた侍従長は、命令通りに宝物庫へグリューン・ドンナーを取りに行く。


 侍従長が去った事を確認すると、皆ほっと息を吐く。


「これで後は余が刀を自慢して回り、お気に入りと周りに認識させ式典に帯びて行けば準備は完了であるな」


 皇帝はシンの手を取り、頭を下げる。

 これにはウルリヒだけでなくシンも驚きを隠せない。


「シンよ、頼む。この国を救ってほしい、ゲルデルン公爵が皇帝の座に着けば間違いなく近隣諸国に戦乱の嵐が吹き荒れる。余は無用の戦を好まぬ、だが、あ奴は違う……己の欲のためなら他者の命などどうとも思わぬ悪魔のような男だ。余の臣民のためにもどうか、どうかゲルデルン公爵を討って欲しい、頼む。余は恥ずかしながら武芸の才はからっきしでな、本来ならば余がその責を果たさねばならぬのだが……すまぬ」


「顔を上げてください、傭兵として仕事として受けた以上全力を尽くします。あと天国丸は返してもらいますからね」


 シンがお道化て言うと、皇帝は笑い本当を言うとちょっとは欲しいと思っていたのだなどとのたまう。

 境遇は全く違うが年齢が近く片方は身分故に、片方はその成り立ち故に、共に友人を持たぬ者同士惹かれあうものがあった。


 三人で計画の確認をし、侍従長が戻ってくる頃にはとりとめのない話をして談笑していた振りをする。

 侍従長が宝剣グリューン・ドンナーを抱えて戻ってくると、皇帝はシンに宝剣を手渡す。

 シンは恭しく受け取ると、皇帝が抜いて確認せよと言うので抜いて刀身を見る。

 グリューン・ドンナーはショートソードで、刀身の中央にルーン文字が刻まれており剣自体が淡く光り輝いていた。

 その美しさに皇帝を除く三人は声も出ない。

 剣を鞘に戻し、礼を述べ侍従長に剣を預け、この度の会談は終了した。

 グリューン・ドンナーを携えた侍従長が宮殿出口まで先導し出口で宝剣をシンに渡すと、踵を返し宮殿に戻って行った。


 馬車に乗りハーゼ邸への帰路に着く。


「上手く行ったな、あとは陛下が刀を明日の夜会で自慢すればすべての準備が整うわけだ」


「後は、ゲルデルン公爵が暴挙に出て俺が討つだけか…………」


「うむ、当日の警備の衛兵と近衛は基本役立たずだと思ってくれ。儂と息子のハンスも傍にいるが丸腰だからな、役には立てないだろう」


「相手が強化魔法を使う前に一撃で決めるしかない、帰ってから訓練の相手をお願いします」


「心得た、シン殿が満足行くまでお相手致そう」


 こうして後は三日後の式典を待つばかりとなった。





グリューン・ドンナー、緑の雷……ドイツ語はただ組み合わせるだけで中二感が出て大変助かります。


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