帝都シャルロッテン・ヴァルデンベルク
帝都シャルロッテン・ヴァルデンベルク……初代皇帝が結ばれることの無かった女性を想いその名を付けたと言われるが真偽のほどは定かではない。
後世いくつかのラブロマンスが生まれ、恋の街として有名になる。
帝都に着くと一行はハーゼ子爵邸に飛び込む。
ここ帝都は皇帝のお膝下であるが、同時に敵地でもある。
ハーゼ子爵邸ではヴァルターの息子、ウルリヒ・フォン・ハーゼ侍従武官長が出迎える。
シンは外出するのは危険であるとハーゼ邸の一室を与えられ、体を休めるように言われる。
夜遅くにシンはヴァルターに呼ばれ執務室に行くと、そこにはウルリヒとカール・デルプが既に着席している。
シンは夜更けに何用かと不機嫌なふりをして問うと、ヴァルターは二人に目配せした後に話し始めた。
「シンよ、まずは護衛の件見事であった、礼を申す。それでの、お主にもう一つだけやって貰いたい仕事がある……仕事の話を聞いてもし断るのなら悪いがお主をしばらくの間軟禁させてもらう。もし受けて貰えるなら出来る限りの褒美を約束する」
シンは、これは拙いことになったと内心頭を抱える。
皇族と貴族の内紛に深入りしすぎたことを後悔していた。
だが、ここで断れば最悪殺されかねない。
腹を括ってそのまま突き進むか、逃げ出すかの選択をせねばなるまい。
恐らく褒美の内容からかなり危険な仕事だろう、命の保証は無いような……逃げたとして、土地勘も無い帝国から逃げ切れるかも疑問であった。
逃げ損ねて捕まれば間違いなく殺されるだろう。
しばらく考えた後、どっちにしろ死の危険があるなら前に突き進んだ方がマシだと腹を決める。
「仕事の内容によるな、俺に出来る事かどうかまずは話を聞こう」
「話を聞くと決めてくれただけでも感謝するぞ、簡潔に言えばゲルデルン公爵を倒して欲しい」
「暗殺か? 無理だ! 俺は暗殺者ではない、おそらく失敗するぞ」
「暗殺ではない、我らと皇帝がワザと隙を見せ彼奴に反旗を翻させる。そこを討って欲しい」
「軍勢同士の野外決戦か? 総大将を狙うとなると成功率は限りなく低いぞ」
「いや、軍勢同士の戦いは陛下も彼奴も出来んのじゃ、誰が敵味方になるかわからん……下手に軍を率いれば誰に寝首をかかれるかわからん。そんな状態で軍を動かせんよ、お互いにな」
「ますますわからん、そんな状態でどうやって反旗を翻させるのか? 何か策があるのか?」
「ある……シンよお主がこの策の鍵となるのじゃよ。そのためにお主には危険な夜襲をさせて功績を立てて貰ったのじゃ」
シンは手のひらで踊らされていたことに、やはりと思いながらも不快を隠せない。
「やはりな、爺さんがあの程度の策思いつかないはずがないと思っていた。あのとき、城兵の士気を高めるには小さくても一度勝利するしかない。少数で多数を破るには不意を突くしかなく、あの時は夜襲以外の選択肢はなかったからな」
ヴァルターは片目を瞑り、顎鬚を左手で扱きながら唸る。
ここでシンの機嫌を損ねれば計画の全てが水泡に帰す、何としてもシンをやる気にさせねばならない。
「お主に言う通り、儂も夜襲を考えておったよ。じゃがお主のような傭兵の若者の口からあのような策が出てくるとは流石に思わなんだ。どうしてもお主に功績を立てて貰う必要があったのじゃ、公文書にお主の名前が載れば褒美を絶対に与えねばならん、その時に戦況をひっくり返すような大きな功績を立てれば儂と共に陛下の御前に進みお声を賜ることが出来る……つまりシンを堂々と城に入れることが出来るのじゃ」
まだ策の心底が見えて来ない、訝しげな表情をシンが浮かべる。
「今回二十倍の敵を撃退するという功績を儂とお主が立てたわけじゃが、これを陛下が大々的に賞することにし式典を開く。そこでゲルデルン公爵を暴発させるので、それをシンが討つ。大筋はこうじゃ」
「式典中に暴発させる? どうやって?」
「つい最近ルーアルト王国の北方辺境領と西方辺境伯が帝国に臣従したのは知っておろう。北方辺境領は辺境伯の援軍要請に応じた形じゃが、西方辺境領の国境付近に軍を展開し恫喝したのはゲルデルン公爵の独断なんじゃよ。ゲルデルン公爵は武勇で勇名を馳せておっての、独断専行が多い。この独断専行の罪をならすと共に武勇自慢を利用して荒れた北方辺境領の平定を理由に北方領への領地替えをすると言えば、根は単純な武断派じゃから必ず暴挙に出るじゃろう」
「式典なんだろう? 衛兵や近衛騎士がいるんじゃないのか? 俺の出る幕では無いような気がするが……」
「それがじゃな……近衛は兎も角として衛兵は当てには出来ん。彼奴の息がかかっている恐れがある。
それと式典では皇族は儀礼用の武器を持ちこめるのじゃ……つまり彼奴は武装しておる。それとだな……彼奴は強化魔法が使える。その魔法の名はパワー・オブ・ストレングスと言って腕力強化の魔法で、これに対抗出来る近衛騎士は皆中央を追われたり殺されたりしておる。だが、シンの強化魔法とその剣術ならば彼奴を討てると儂は確信しておる!」
ヴァルターは水差しからコップに水を注ぎ口を湿らす。
「シンの持つ剣は斬撃用の剣と儂は見た、それに加え一撃必殺の剣術、式典には鎧は着ないし強化魔法には強化魔法で対抗する事が出来よう。彼奴とて帝国の剣術と大きく違う剣術に即座に対応はし難いはず、十分に勝機はあるとみておる」
「俺は皇族ではないから武器は持ち込めないぞ、それをどうする?」
「それに付いても策はある……お前にはまず陛下と会ってもらう。そこで陛下が異国の剣に興味を示す振りをして剣を譲るようにシンに頼むからシンは対価を要求しつつその条件を飲み、剣を渡せ。陛下はその日からその剣が気に入ったかのように常に腰に履いて周囲に見せびらかす。そのまま式典にも陛下はその剣を履いて出席し、事が起こるとシンに剣を渡し、シンは剣を受け取り彼奴を討つのじゃ」
「そう上手く行くか? 皇帝陛下に会う理由はどうする? 一介の傭兵がホイホイと会えるわけがないこれをどうにかしないと……」
「それは、もう考えてある。儂は今日より仮病で館に籠る、これは敵の油断を誘うのと式典の時に宮廷に敵が乱入しないよう儂が宮殿の入口を外から手勢を率いて封鎖する。式典の前に功績の書かれた公文書を渡しに儂の名代としてそこに居る息子のウルリヒと共に宮殿に行け。そこで陛下がシンの事を気に留めて謁見の時間を作る手筈になっておる、その時に剣を預けよ」
「わかった、後はゲルデルン公爵についての情報を出来るだけ詳しく頼む」
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それから数日が経ち、シンは誰にも見られぬようとの配慮でハーゼ子爵邸の中庭を使わせてもらい鍛錬を重ねる。
ゲルデルン公爵の詳しい情報も手に入れることが出来た。
まず年齢は五十二歳、中肉中背だが強化魔法を使い若いころから武名をとどろかせていたという。
剣術は帝国式の剣術でこれに対抗するためにヴァルターやカールが交代でシンに教える。
強化魔法のパワー・オブ・ストレングスは純粋に腕力のみ強化する魔法で、その力は岩をも砕くという。
ゲルデルン公爵の式典で履く剣は、外見は儀礼用でも中身は十中八九実用の剣だろうとみている。
これで強化魔法を使われて斬りかかられることを考えると、受けにまわるのは拙い。
得意の抜き胴で仕留めるか、突きで喉を突くか……ヴァルター等と実戦形式で訓練を重ねる。
さらに数日が経ち、侍従武官長のウルリヒがシンを宮殿へと連れて行くために馬車で迎えに来る。
ウルリヒが馬車の中でシンに警告する。
「シン殿、陛下の傍に侍る侍従長はゲルデルン公爵の間者を務めています。気の弱い男なので脅されてでしょうが……十分に注意してください」
シンは腰に愛刀の天国丸だけを差し、大剣の死の旋風はハーゼ邸に置いてきた。
やがて馬車が止まると扉が開き、降りると直ぐに武器を衛兵に預けることとなった。
宮殿の廊下は複雑な迷路のような作りになっており、外敵が皇帝のもとに素直に行くことが出来ないようになっている。
案内がなければシンは帰り道すらわからないだろう。
所々に飾られている絵画をはじめとする美術品を見ながら案内のウルリヒからはぐれない様に宮殿の奥へと進んで行った。