竜騎兵
ヴァルターは帝国の現状を話す。
「とりあえずは、儂の帝都帰還の護衛じゃな。必ず道中で仕掛けてくるからの」
シンは商隊護衛の経験はあるが要人護衛の経験は無いことを告げる。
「構わんよ、お主には儂を守るのではなく敵を倒す方に期待しておるからの」
「なぜ一介の傭兵の俺をそこまで買ってくれるんですか?」
「シン、お主は強化魔法が使えるじゃろ?」
シンは誰にも自分が魔法を使えることは話していない。
魔法は切り札として、特に放出系魔法は人のいない所でしか訓練をしていない。
「そう怖い顔をせんでいいぞ、理由を教えてやろう。儂もな、使えるんじゃよ強化魔法が……もっとも儂が使えるのは目を強化する位じゃが、他人の魔力の流れが見えるのじゃよ。東門でお前さんが大剣振るってるのを強化魔法を掛けた目で見たら、体中にマナを循環させておるのが見えた。その後大剣を見せて貰って確信した。あの重さの剣を、ああも軽々しく振り回すのは強化魔法を使わねば無理だとな……」
「成程、爺さんで二人目だ。魔法を使ってるのを見抜いたのは」
シンの声に若干の警戒の色が浮かぶ。
「ほぅ、もう一人は誰じゃ?」
「ザギル・ゴジン。もしかすると奴も強化魔法が使えたのかも知れないな」
「さて、仕事の話に戻ろう。シンよ、お主乗馬は出来るか?」
唐突な問いに一瞬キョトンとしてしまう。
「…………馬に乗ったことがありません」
「帝都から使いが来るまでまだ時間はあるだろう、龍馬に乗れるようにまずはならんとな」
「馬じゃなくて龍馬に?」
「うむ、竜騎士隊を率いて帝都に戻るのでな、1頭だけ馬じゃと怯えてしまうでな。まずは乗れるようになってくれ、教官をつけるからよろしく頼むぞ」
---
「俺が教官役を務めることとなったフリットだ、よろしく頼むぞ」
フリットは二十代後半位だろうか? 癖のある赤毛に人の良さそうな顔つきをした男だった。
「よろしくお願いします」
「まずは龍馬に慣れる所からだな、なるべく大人しい奴を連れて来たが元々は肉食で凶暴だ。嘗められたら最後、絶対に言う事は聞かない。だが、主と認められれば馬よりも素直だぞ」
連れて来られた龍馬はクンクンとシンの匂いを嗅ぎだす、そして顔をねっとりとした舌で舐めまわすと頭に齧り付いた。
「おわ…………いてぇ!」
それを見てフリットは大笑いをしている。噛みつかれたんだぞ! っとシンは不快感を表すが、頭を触って見ると血は出ていない。
甘噛みというやつであろうか? 顔は涎でべちゃべちゃで酷い臭いを放っている。
フリットはタオルを投げてよこすと、龍馬の首筋を撫でて落ち着かせる。
「どうやら気に入られたようだな、気に食わないやつなら無関心か喰われてるからな」
フリットの発言にシンが顔を青ざめさせているとまた顔を龍馬がベロベロと舐めてくる。
「うわっぷ、ちょっと待て、やめろ、うわ、ぷふ」
「首筋を優しく撫でて見ろ、それで落ち着かせるんだ。それにしても相当気に入られたな、龍馬は本能的に上位者には素直に従う。お前さんの強さを感じ取ったんだろう」
その日は龍馬とのスキンシップの取り方や世話の仕方などを学び、乗るのは翌日からとなった。
朝晩は剣と魔法の鍛錬、日中は乗馬と濃密な時間が過ぎていく。
十日ほどもすると乗るだけなら何とかこなせるようになった。
乗れるようになっただけで、馬上戦闘などはとてもではないが満足に行うことはまだ出来ない。
馬上戦闘では普通はランスか槍を使うが、シンの獲物は大剣である。
振った後のバランスの取り方が難しい。
その後も訓練に訓練を重ねたが、圧倒的に時間が足りなかった。
そして帝都に出発する日がやってくる。
ヴァルターは城塞都市カーンに着任する際には自ら龍馬に乗って来たが、帰りは馬車で行く。
これには次の理由があった。
帝都帰還の際に前もってヴァルターの体調があまりよくないと噂を流していた。
城主の座をエミーリエ・ブルング男爵に任せると、帰還の準備は腹心のカール・デルプに任せ自信は部屋に籠りがちになる。
さらに馬車を用意させ、それに乗って帰還すれば大方の者はヴァルターの年齢のこともあり体調不良の噂を信じるであろう。
ヴァルターは帝都に着いた後、自身の屋敷に引き籠もり体調不良を演じ続け敵の目を欺くつもりである。
皇帝や息子と孫、エミーリエ男爵には演技であることは言ってある。
皇帝はヴァルターの容態を心配するように装い、連絡のための使者を何度も派遣する。
これなら使者を何度も送っても誰も怪しまないだろう。
こうして今後の計画の連絡を取り合い、ゲルデルン公爵の野望を打ち砕くべく行動を起こす。
帝都出発のメンバーにはヴァルター他、御者二名、子飼いの騎士達二十名と腹心のカール・デルプ、シンのあわせて二十五名である。
騎士は全員竜騎兵で完全武装、カール・デルプはヴァルターと共に馬車に同乗する。
シンは馬車の後ろに配置された。
かくして一行は帝都へと馬を進める。
途中の村や街への長居は出来るだけ避け、最低限の休息だけで進むそうすれば十日程で帝都に着く予定であった。
---
「なにぃ!城を落とせなかっただと?!ええい、四万の軍勢で高々二千の兵しかおらぬ城を落とせないとはどういうことか!」
飲みかけのワイングラスを壁に投げつける。
派手な音を立て床に破片が、壁にワインの染みが広がり同室であった前宰相のシュタルンデスは顔を顰めた。
ここは帝都のゲルデルン公爵邸の応接室である。
ゲルデルン公爵と前宰相のシュタルンデスが謀議に耽っている所にヴァルターが二十倍の敵を打ち破ったとの知らせが来たのであった。
「これは忌々しき事ですぞ、公爵閣下。この功績によりヴァルター子爵は中央に呼び戻されるでしょう。戻ってくる前に手を打たねばなりませぬな」
前宰相シュタルンデスは現皇帝即位の後、地位を追われ皇帝憎しでゲルデルン公爵に組していた。
シュタルンデスは有能ではあったが手段を問わず私腹を肥やす悪辣さがあり、若い皇帝を操り私腹を肥やす道具にしようとしたが失敗し罷免されたのであった。
宰相への復権を条件にゲルデルン公爵に手を貸していたのである。
「言われずとも……刺客を放つか……」
「誰を送り込みますか?最悪の場合を考えて足が付かないようにしませんと、事が成りました後に始末する事も考えると身内は使えませぬぞ」
「ふむ…………クレマンス男爵はどうだ?奴は単純で利を以って諭せば簡単に動くであろう。それに奴を失っても惜しくはない」
「おお、見事な人選ですな!確かにクレマンスならば適任、武勇があり単純ともあれば奴しかおりますまい」
「では、早速手配するとしよう。ヴァルターに帝都の土を踏ませるわけにはいかんからな」
こうして刺客が放たれることが決まり、実行者はクレマンス男爵となった。
---
村や街に滞在は一泊だけとし急ぎ足で一行は帝都に向かう。
「そろそろ来るじゃろうな。どうせ武断派の単純馬鹿の誰かだろうよ」
ヴァルターは顎鬚を扱きながらつまらなそうに窓から外を見る。
「ええ、そろそろでしょう。全員に今一度注意を喚起しておきましょう」
カール・デルプが行動を起こす前に前後から刺客の襲撃を受けた。
帝都まであと四日、そろそろ気が緩みだす頃合いと見てクレマンス男爵率いる刺客四十人は前後に二十人ずつに分かれ挟撃を仕掛けた。
狙うはヴァルターの首、ただ一つ。
「雑魚共は放って置け、ヴァルターの皺首だけ取れ、いくぞ!」
刺客たちに発破をかけクレマンスは後方から仕掛ける。
シンは最後尾に出ると、龍馬を降り後ろから迫り来る刺客に放射魔法のフレイムスローワーを放つ。
炎に直接飲まれる者が数名、馬が驚き落馬するものが多数、後方集団は一瞬でほとんどが無力化する。
「魔法使いだと!?小癪な真似をしおって卑怯者め!」
クレマンス男爵は自分が刺客という卑怯者である事を棚に上げヴァルターに悪態をつきながら炎の中を強行突破する。
武勇は評価されているだけのことはあった。
炎の燃え移った外套を素早く捨てると猛然とヴァルターの乗る馬車を追いかける。
シンはそれを見て素早く乗馬するとクレマンスの後を追いかけた。
「頼むぞ相棒、すれ違いざまの一振りで決める。追いついてくれ!」
龍馬の首筋を優しく撫でてから横腹を軽く蹴り、速度を上げさせる。
クレマンスはシンが後ろから追いかけて来ていることに気が付いていたが、ヴァルターの首を取ることを優先し放って置いた。
だが、後ろを振り向くと手が届かんばかりの距離まで迫られていたので仕方なく先に片付けようと思い、若干馬の速度を落とし並走して槍を出そうとした。
シンは逆に速度を上げ、すれ違い様に大剣を相手のわき腹に思いっきり叩きつけた。
バランスを崩し、わき腹から血を吹き出しながらもんどりを打って地面に叩きつけられたクレマンスはピクリともしない。
それを見てシンは前方の刺客を排除するべくもう一度龍馬の横腹を軽く蹴った。
襲撃部隊の長であるクレマンスを失った刺客たちは脆くも崩れ去った。
遺体はそのまま打ち捨て先を急ぐ。
この戦闘で味方は軽傷が二名出ただけであった。
その後は襲撃も無く帝都シャルロッテン・ヴァルデンベルクへと到着した。