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帝国の剣  作者: 0343
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後片付け

ブックマークありがとうございます! 感謝です!


病院で咳止めを貰って来たおかげで、喘息の発作も治まりつつあります。


ラジオペンチを作中に出すにあたり、その歴史をちょっと調べてみたら、昭和に作られ広まった物だと知って驚きました。こんな便利な物だから、もっと昔から使われているのだとばかり思っていましたが……まぁ似たような物はあったんでしょうね。



 翌日、クニスペル子爵が六十の騎兵を従えて姿を現した。

 シンは陣外まで子爵を出迎え、迅速な来援に頭を下げ感謝の意を示した。


「いやぁ、戦いに間に合うことが出来ず、まことに面目ない次第……街道が何者かの手によって無数の倒木や穴が掘られ、封鎖されていたもので大きく迂回せざるを得なんだ。今、兵たちに後始末をさせているので、じきに支障なく、元通り通れるようになるだろう」


 馬から降りて、そうシンに笑いかけるクニスペル子爵は、暗褐色の瞳と灰色掛かったウエーブのきつい髪をした、四十後半の初老の偉丈夫であった。


「いえ、迅速な来援と街道の再整備と、子爵殿にはご苦労と御迷惑をお掛けして申し訳なく思っております」


 噂で聞いていたほど、シンが礼儀知らずの粗暴者では無いと知ったクニスペル子爵は、この様子では皇女殿下も、無碍な扱いはされてはいまいと安堵する。

 西部に続く表街道を任されているだけのことはあって、クニスペル家は代々帝室への忠誠が厚い。

 シュライッヒャー準男爵家も、先々代あたりまでは同じように帝室への忠誠に溢れていたはずであったが、現当主を見る限りでは考えを改めねばならないだろう。

 クニスペル子爵は陣の中に居る皇女ヘンリエッテに挨拶をすべく、陣内へ入ろうとするが、その陣地に幾重にも張り巡らされている有刺鉄線を目にして、その足を止めた。


「これは……面妖な……」


 未だ有刺鉄線に絡め取られた全ての死体が、処理されてはいない。

 人の遺体は優先的に片付けたが、有刺鉄線に絡まりぐるぐる巻きになった軍馬の死体などの一部は、まだそのままの状態であった。

 クニスペル子爵は、その有刺鉄線に絡まり命を落とし、死臭を発する軍馬の死体に歩み寄ると、その身体に幾重にも絡まっている有刺鉄線に手を伸ばそうとした。


「子爵殿、お気を付けを! 迂闊に触れますと、思わぬ怪我を負いかねません」


 クニスペル子爵が有刺鉄線に触れる前に、後ろに控えていたシンが、注意を喚起する。それを聞いたクニスペルは手で触れるの止めると、片膝を付いて有刺鉄線をまじまじと見つめた。


「……シン殿、これは一体?」


 シンはクニスペルに近付くと、注意して有刺鉄線の一本を手繰り寄せて見せた。


「これは、有刺鉄線と言いまして、簡単に言えば針金を組み合わせて尖った針が、触れたものに刺さるようにした物であります」


 それを聞いたクニスペルは、シンに関する噂の一つをハッと思い出す。

 何でも噂では、この国では使われていない幅広い分野の技術や知識を、ふんだんに有しており、あの気難しい宰相も舌を巻いた程であるとか……


「これはシン殿が考案された物であろうか?」


「いえ、某が考えた物では御座いません。ですが、某の国では普通に用いられていた物であります」


「これで騎兵の突進を止められるのか? いや……いやいや、この死体を見る限りでは止まったのであろうな……」


 馬の死体を改めて見ると、激しくもがき苦しんだ形跡がくっきりと残されている。もがき苦しめば苦しむほど、針金は巻きつき無数の針が刺さる……なんとも恐ろしい罠であると、クニスペルの背筋に冷たい粟粒のような汗が生じる。


「本来ならば、これに空堀を掘ったり、土嚢を積んだりして陣を補強するのですが……今回はその時間が無く……某の未熟故に、あたら有能な兵を多く死なせてしまいました……」


「なんの、皇女殿下をお守りするという名誉の果てに散ったのであれば、その高潔なる魂は必ずや神の元へと導かれるであろう」


 大抵の日本人特有のあやふやな宗教観念しか持たないシンには、その言葉が心に届くことは無かった。

 だがここは子爵に合せるべきであろうと、シンは無言で頷いた。


「して、敵の数は如何ほどであったのか? またその正体や首謀者は? 念入りな街道の封鎖といい、単なる賊ではあるまい?」


 シンは襲って来た敵の兵数は二百から四百程度、その指揮官の一人に元帝国近衛騎士団副団長のラウレンツが居た事を告げた。


「なんと! あのラウレンツ、黒槍のラウレンツか! うぬぬ……奴め! そのような地位にまでお引き立て頂いた御恩を忘れ、仇を成すとは許せぬ! して、今奴は何処に?」


「某が討ちまして御座いまする」


「おお、おお! それは重畳、噂に違わぬ武勇ですな!」


 帝室に仇を成す忘恩の徒は既に討ち取られたと聞き、クニスペルは満面の笑みを浮かべ哄笑した。


「愚かなる忘恩の徒に相応しき末路かな! では、近隣の貴族家にも使いを出して残党を狩るように命じましょうぞ」


「重ね重ねお手数をおかけしますが、是非にお願いいたします」


「うむ、任されよ! では、皇女殿下にご挨拶をせねば」


「殿下の元へ、ご案内致します」


「うむ、頼む」


 二人は陣内へと行き、クニスペルは皇女ヘンリエッテに着陣の挨拶をした。

 クニスペルは最初、冒険者姿のヘンリエッテを見て目を白黒させたが、ここで皇女殿下本来の御姿を晒すと、囮の部隊を見破られてしまう恐れがあったので致し方なくとシンが言うと、その理由に納得した。

 ヘンリエッテは先日のショックより立ち直り……まだ完全に立ち直ったわけではないが、侍女や周りをこれ以上心配させぬようにと気丈に振る舞っていた。

 短い間とはいえ、師弟の関係を結んだシンには、ヘンリエッテが無理をしているのがありありとわかってしまう。

 自分が何か言っても、師としての教えと相手が受け取ってしまい、返って苦しめてしまうかもしれないと考えたシンは、カイルやエリー、クラウスなどよりヘンリエッテに近い年齢の者たちに力を借りようと思うのだった。


 その後、クニスペルを交え副使のラングカイト、そして動ける程度には負傷の癒えたヴァイツゼッカー、帝都よりの援軍の指揮官であるヨハンとフェリスとアロイス、宮廷魔道学長という肩書を新たに与えられたゾルターンで、今後に関する軍議を行う。


「これだけ兵が集まればもう陣を解いてもいいだろうと思う。馬車は鉄を満載しているので、ゆっくりとしか進めぬが、出来る限り急いでクニスペル子爵領へ入り、そこで改めて部隊を再編し本来の任務を果たすべく一路西を目指そうと思うが異論は?」


 皆がそれで良いと言った風に頷くのを見て、具体的に掛かる時間などの計算に入る。


「陣の解体だが、今回はやむを得ず使用したが、あの有刺鉄線は来るべき時のために、未だ秘匿すべき物であると陛下も自分も考えている。そこで、有刺鉄線は切れ端にまでも完璧に回収する必要があり、その他諸々を考えて出発は明日にしようと思う」


「了解致しました。ですが、作業人数を増やせば左程時間は掛からぬのではありませんか?」


 如何に針が付いていようとも、たかが針金ではないのかとヨハンは首を捻った。


「ヨハン、あれを後で剣で切って見ろ。中々にしなやかで厄介な代物でそう簡単には切れんぞ。そこで、このラジオペンチという工具を使うのだが……持って来たラジオペンチが二十個しか無くてな……」


 シンが腰から下げている革のポーチから取り出したラジオペンチに、皆の視線が集まる。


「それは?」


 人一倍好奇心が強いゾルターンと、有刺鉄線に強い興味を持っているクニスペルが、すぐさまに喰い付いてきた。

 シンは自らその使い方を示して見せた。


「なるほど……先がやっとこで、根本が鋏になっているのか……ふぅむ、面白いのぅ。お主が考えたのか?」


「いや、考えたのは俺じゃないよ。考えたのが誰なのかは知らないが、色々と便利だから大抵の家には一つや二つはあったんじゃないかな? 素手で作業すると、下手をすると怪我人だらけになっちまうかもしれないから、ここは多少時間が掛かっても安全に作業させようと思う。治癒士もそろそろ本格的に休ませないと、マナ欠乏症気味で拙いからな」


「エリーの嬢ちゃんは働き者じゃからのぅ……確かに、これ以上の無理は良くないのぅ。あいわかった、シンの指揮に従おう」


 索敵や見張りなどの細事を決めて解散したあとで、ヨハンはシンに言われた通りに剣を抜いて有刺鉄線を切って見た。

 柵にピンと張り巡らされている物は切れるのだが、地面にただ撒かれている物はどうしようもなく、苦笑いを浮かべる他は手の打ちようが無い。


「これは言われた通り、厄介な物ですな……戦いの際中にこう足を止めて処理しようとすれば、矢や魔法の餌食という訳ですか……いやはや何とも、これは言う通り敵に知られてしまうのが怖い代物でありますな」


 それを見ていたフェリスとアロイスも同じように挑戦するが、切れたとしても一刀でとは行かず、フェリスに至ってはズボンに引っ掛け派手に破き、その姿を見たシンは大口を開けて大笑いをしたのであった。


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