援軍到着
死臭を嗅ぎ付けて集まって来た狼たちの遠吠えが、夜の間中あちこちから聞こえ、多くの者はその鳴き声やアンデッドの襲来に怯え、眠れぬ夜を過ごしていた。
だがそんな中でもシンたちは違った。冒険者は、たとえそれが魔物のうろつく迷宮の中であっても、また戦場であっても、休める時には休んで置かねばならない。
日中の激しい戦闘で疲弊している碧き焔のメンバーは地面に敷物を敷いて横たわると、狼の遠吠えを子守唄代わりにして、すやすやと寝息を立てている。
特にマナが切れたエリーとレオナは毛布に包まりながら、人目も憚らずに大口を開け放って鼾を掻いている。
彼女たちの働きぶりは目を見張る者があり、陣中の誰もがそのようなあられもない姿を目にしても、彼女たちに対する畏敬の念は消える事は無いだろう。
敵の襲来に備え、緊迫した一夜が明け空が白み始めるてやっと、陣中に安堵の空気が流れ始める。
だが、そんな弛緩した空気が流れるのを嫌ったシンは、声を上げて見張りにつく兵たちを叱咤した。
「夜が明けても安心するな。朝駆けの可能性もあるのだぞ!」
昨日の戦闘により戦力は激減している。さらに僅かでも油断しようものならば、その虚を突かれて簡単に全滅してしまうかもしれない。
そう考えたシンは陣中を見回り、見張りについている兵たち一人一人に声を掛け気合いを入れていく。
やがて朝日が完全に昇り、交代の時間がやってくるとラングカイトに指揮権を預け、シンは地面に身を横たえ束の間の睡眠を貪るのであった。
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「シン殿、シン殿!」
寝入ってからまだ幾ばくの時も経ってはいないが、シンはラングカイトによって起こされた。
すわ敵襲かと跳ね起きるが陣中は静かであり、石を組んで作られた竈からは煙が立ち上っていた。
「どうした? 敵襲ではなさそうだが……」
「お休みのところ、まことに申し訳ありません。実は……怪しげな男を、偵察に出た騎兵が捕えて参りまして……」
「怪しげな男?」
「はい、シュライッヒャー準男爵家の家宰であるとその者は申しておりまして、準男爵からの手紙を届けに来たのだと……如何致しましょうか?」
取り敢えずシンはその男に会ってみることにした。
武装した兵に囲まれながら連れて来られた男は、白髪交じりの背の高い痩せた初老の男で、シュライッヒャー準男爵家で家宰を務めるアタナージと名乗った。
アタナージはシンに対し恭しく跪くと、主からの手紙を懐から取り出して渡した。
シンはその場で封を切り、中身を改める。そこには、家族を人質とされ脅迫されていたことと、それに対する侘びと言い訳が書かれていた。
シンはその手紙を、傍らに控えている副使のラングカイトへと渡し、読むよう促した。
手紙を受け取ったラングカイトは、表情こそ変わらぬもののこめかみに血管を浮かせ、顔中に緋が差している。
手紙を読み終えたラングカイトの心中は穏やかでは無い。使者であるアタナージを見る目が、裏切り者を見る目へと変わっている。
「なるほど、これでシュライッヒャー準男爵家が取った不可解な行動の意味はわかった。だが、敵を手引きした罪は許されざるものである。それに何故、シュライッヒャー卿は自ら詫びに来ないのか? この手紙一つで、許されるとでも思っているのか? だとしたら、そんな甘い考えは捨てるべきであろうな。アタナージであったな……帰って主に伝えるが良い。狼藉者に加担した罪はきっちりと問わせてもらう。首を洗って待っていろと……」
シンは二人の怒りに触れ、顔を青ざめさせながらお待ちをと縋るアタナージを振り解くと、兵にアタナージを陣から追い出すよう命じた。
「……さて、これでシュライッヒャーはどう出るか……自ら来て許しを乞うのか、それとも再び敵と組んで我らを害そうとするのか……」
「少々危険ではありませんか? シュライッヒャー奴が暴挙に出た場合、動かせる兵は四、五百。それに対し我らは満足に戦えるのは五十余り……勝負にもなりませぬぞ」
ラングカイトの言う通り、幾ら有刺鉄線を使おうともたかが五十人程度では、ひとたまりも無いだろう。
「いや、その心配は無いだろう。そろそろ帝都からの援軍がこちらに着く頃だ。それに帝都からの援軍もシュライッヒャー準男爵領を通過しているはずだ。それを見て尚、帝国に反旗を翻すとは思えん」
「それほどまでに早く援軍が来ましょうか?」
「来る。いざという時のために、軽騎兵のみで編成した即応部隊を帝都に用意してある。替え馬を使い、夜通し走れば、距離的にもそろそろ来るはずだ。何にしても、シュライッヒャーにはそれ相応の罰を与えねば、死んでいった兵たちに申し訳が立たん」
同意と、ラングカイトも頷いた。
シンの言う通り、朝食を終えてしばらくすると帝都より急ぎ駆けつけた援軍の先鋒が街道に姿を現した。
騎兵隊の中心にはためく帝国旗、それも皇帝直属の部隊の旗を見た兵たちは、歓声を以て援軍を迎えた。
「む、ちと遅かったかのう?」
そう言って騎兵たちの中から現れたのは、何と帝都で新兵器開発のために留まることになったゾルターンであった。
シンは思わぬ再会に喜び、早速陣中へと招き入れる。
「ゾルターン! どうしてここに?」
驚くシンに、ゾルターンは一本の短い杖を差し出した。
「完成したこいつを、試しに使ってみる絶好の機会を逃してしもうたわい」
ゾルターンの差し出す杖は、シンが発案し研究と開発が急がれていた代物であった。
「完成したのか! 難航していると聞いていたんだが……」
「ふん。儂に掛かればこのような物など、大した苦労では無いわい」
差し出された杖を受け取り、玩具を与えられた子供のように目を輝かせるシンを見て、一体この何の変哲もない杖が何なのかラングカイトは気になった。
「シン殿、その杖は一体?」
シンが説明しようとするのをゾルターンは遮ると、髭をしごきながら胸を張って説明し始める。
「こいつはのぅ、炎弾の魔法を封じた杖じゃ。魔法が使える者ならば、僅かな魔力で炎弾を放つことが出来るという代物でのぅ」
何の変哲もない杖がそのような大層な代物であると知ったラングカイトは、おおと唸った。
「じゃが……一発しか撃てんのじゃ。たったの一発。撃てば中に埋め込まれた魔法回路は焼けてしまい、先端の石が砕け散ってしまうのじゃ」
強力ではあるが、使うタイミングが難しい代物である。
それを聞いたラングカイトは、あまり実用的では無いなと落胆の色を見せる。
「まぁ、それは仕方が無いだろう。こいつの最大の利点は、魔力切れを恐れずに炎弾を放つことが出来る点であるのだからな。使い捨てとはいえ、どんなに未熟であれ魔法が使えるのならば、炎弾の魔法を一回とはいえ撃てるというのは大きいだろう」
「うむ、そうじゃな。じゃが、まだまだ問題は多いのじゃ。まず魔法回路は一つ一つ時間を掛けて作らねばならぬし、毎回先端の石が砕けてしまうので、質の高い宝石を用いて威力を高めるのはコスト的にも不可能じゃ。更には、その杖の中にはミスリル銀の芯が入っていてのぅ……それら諸々を含めると、一本当たり金貨数百枚になってしまうのじゃ」
あまりの値段の高さに、ぶふぅとシンは吹き出し咳き込んだ。使い捨ての武器に金貨数百枚とは、コストパフォーマンスは最悪を通り越している。
だがシンの考えでは、ある作戦のためにこれを三十本から五十本は用意しておきたい。
「今までに掛かった開発費用と一本当たりの値段の高さから、陛下はこれの量産を諦め、限定で計画通り五十本のみとすることにお決めになられた」
仕方のない事だとシンは頷いた。
そうこう話をしている内に、後続の部隊が次々と到着する。その数は昼までには千を超えた。
「取り敢えずは、これで一安心か。それでゾルターンは、こいつを試すためにわざわざ来たのか?」
「まぁそれもあるが、儂も行きたいのじゃよ……ギギの国にのぅ……おそらくはエルフ族でもまだ誰も行った事は無いじゃろうからのぅ……そのために大急ぎでそいつを仕上げたわい」
こうしてゾルターンと、軽騎兵隊とその輜重隊併せて一千の兵と合流したシンは、クニスペル子爵の援軍をそのまま動かずに待つことにした。
評価、ブックマークありがとうございます!
起きたら何だか九月とは思えないほど、涼しいんですが……
 




