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帝国の剣  作者: 0343
291/461

街道の戦い 其の七



 激しい一騎打ちの末にラウレンツを倒したシンは、ヴァイツゼッカー子爵の指揮する陣が食い破られているのを見ると、おそらくは後詰として控えているのであろう部隊の側面に回り込み、単騎で突っ込みながら特大の炎弾を撃ち込んだ。

 その部隊は、再編成を終え突入の機会を覗っていたバーリンゲンの部隊であったが、突如部隊側面より飛来した炎弾の魔法が部隊の真ん中に着弾すると、轟音と爆風により文字通り四散した。

 部隊より僅かに前に出ていたバーリンゲンは、爆風を浴びて前へと転がり倒れ込む。


「な、何だってんだ一体?」


 頭を振り、痛む体を摩りながら起き上り後ろを振り返ると、先程まで突入のために再編成しなおした兵たちが、一人残らず爆風により薙ぎ倒されていた。

 爆発の中心地付近にいた兵たちの身体は跡形も無く吹き飛び、生き残っている者たちも大なり小なり、火傷や裂傷を負っている。


「手前が頭か……」


 声の持ち主は目の前に居るのに、鼓膜が傷ついているが為にその声はとても遠く感じた。

 バーリンゲン目の前に居るのは紛れもない竜殺しのシン。

 だがそのシンは、ひどく疲れた顔をしており息も荒く、自慢の大剣も地に突き刺して杖代わりにしてもたれ掛かっている。

 シンはラウレンツとの戦いでブーストの魔法を駆使し、更に数十人をも薙ぎ倒す特大の炎弾を放ったがために、軽い魔力欠乏状態に陥っていた。

 酷く疲弊しているシンを見たバーリンゲンは、自分はまだツキに見放されてはいなかったと舌なめずりをした。

 兵たちの殆どは使い物にならなくされてしまったが、ここでこの竜殺しの首をあげる事が出来れば、富も栄誉も欲しいがまま……

 バーリンゲンは腰の剣を抜き、構えると慎重に間合いを詰めていく。

 シンはぼやける頭を軽く振ると、もたれ掛かっていた大剣から手を離して腰に差す愛刀、天国丸を抜いた。

 意識がぼやけたままのシンは、頬の内側を歯で思いっきり噛む。直ぐにこれまで何度も味わった自身の血の生臭さが口中に広がり、噛み破った内頬の痛みとともに頭の中にかかった霧を払う。

 シンはベッっと血の混じった唾を吐き捨てると、刀を構えてバーリンゲンと相対する。

 炎弾によって薙ぎ倒され、傷を負ったバーリンゲンの部下たちは、傷の痛みも忘れて二人の姿を目で追った。

 先に仕掛けたのはバーリンゲン、シンに回復の時間をこれ以上与えてなるものかと言わんばかりに、強く踏み込んで激しく斬りつける。

 大上段からの力任せの唐竹割り、バーリンゲンは自慢の膂力を活かしたこの一撃で、弱ったシンを仕留めんとする。

 だが、その動きは幼いころから剣道を嗜んでいたシンにとっては緩慢過ぎた。

 後の先を取り、躱しざまに抜き胴を放つ。バーリンゲンから見れば、シンが一瞬で視界から消え去ったように思え、キョロキョロと目を動かしてその姿を探そうとしたその瞬間、焼けるような痛みが腹部にはしった。

 まさかと思い、恐る恐る腹を見ると着込んだ革鎧ごと腹を真一文字に切り裂かれており、その傷口から夥しい出血とともに腹圧に押し出された腸がこぼれ出していた。


「うぼっ、こ、ここここんな……馬鹿なことがあってたまるか……俺は……俺は貴族に……」


 バーリンゲンはそう言いながら腹を抑えて前のめりに倒れ込むと、暫くの間ぴくぴくと痙攣し息絶えた。

 シンが刀を振って血を飛ばし、炎弾の魔法を喰らいながらも生き残った兵たちの方へ向き直ると、その姿を見た兵たちは恐慌をきたして、逃げ出した。

 走れるものは全力疾走でその場を後にし、足を負傷していたり腰が抜けた者たちは、這いつくばいながらも必死に逃げようとする。

 シンは逃げる者たちの後を追わず、刀を鞘に納めると大剣を大地から引き抜き、心配そうに寄り添う龍馬のサクラに再び騎乗した。


「心配するな、サクラ。魔法はもう無理だが、まだ何とか戦える。さて……敵の予備兵力は潰した。次は本隊だ。後ろから喰いついて一人でも数を減らす。敵の総数はそれ程多くない、後ひと踏ん張りで片が付くだろう」


 尚も心配そうに喉を鳴らすサクラを宥めながらシンはその馬腹を蹴り、敵の本隊の後方へと駈け出した。



---



 敵に押し込まれ苦境に陥っているカイルたちの耳に、聞き慣れた爆音が届いた。

 

「カイル!」


 クラウスも直ぐに師が魔法を使ったのだと知り、声を上げた。


「クラウス、これは師匠の炎弾だ。だが、規模が大きい。喰らった敵はひとたまりもないはずだ。勝てる、勝てるぞ!」


 二人の声を聞いたハーベイやその他の兵たちの士気が俄かに回復する。

 逆に後方に控えていた部隊が、一瞬の内に壊滅したユストゥスたちは後ろを振り返り呆然とする。

 あれは噂に聞く竜殺しの魔法か! ラウレンツ……敗れたか!


「戦闘中によそ見をするなんて、正気かい?」


 爆音に驚き、後ろを振り返って棒立ちになった敵兵にハーベイは情け容赦のない一撃を放ち命を刈り取る。

 一瞬クラウスたちは、そのまま敵兵を押し返せるかに見えたが、ユストゥスの一言で兵たちは息を吹き返す。


「皇女だ! 皇女を討ちさえすれば俺たちの勝ちだぞ、進め!」


 ユストゥスは最早死を覚悟していた。そして周りに付き従う者たちもそれは同じであった。

 そうでない者たちは、先程の爆発の後で我先にと持ち場を離れ逃げ出している。

 そのためにハンクやラングカイトの陣に余裕が出来、数名ずつではあるが、援兵が送り込まれてくる。 

 だが死兵と化したユストゥスと二十数名の兵たちは、この場で命を燃やし尽くさんばかりに荒れ狂う。

 味方が一人減り、二人減り、それでもユストゥスは止まらない。

 これは復讐。我が家を取り潰し、一家離散の憂き目に合わせた皇帝への復讐。

 その皇帝が特に可愛がっていると評判の、皇女ヘンリエッテを何としてでも討ち、恨みを晴らさん!

 ハンクやラングカイトが送って来た援軍の兵たちを破り、カイルやハーベイたちを破り、そしてついにユストゥスはクラウスたちの元へと迫る。

 気付いたマーヤが慌てて戻ろうとするが、死にもの狂いの敵兵に阻まれる。

 

「カール、ライザ、死んでも通すな!」


 そう言うクラウスも死にもの狂いの敵兵の猛攻により、身動きが取れない。

 突っ込んで来るユストゥスを抑えようとして、カールがその前に立ちふさがるが、死兵と化したユストゥスの発する気迫に押されてしまい、竦み上がり隙を晒してしまう。

 動きの鈍いカールの頭に、ユストゥスは全力を込めた一撃を放つ。

 あわや間一髪、そのまま頭を兜ごと割られるかと思われた瞬間、横からライザが猿叫とともに剣を突きだし、その剣がユストゥスの鎧の隙間から脇を貫いた。

 致命傷を受け、剣勢を衰えさせながらも最後の力を振り絞って放たれた一撃は、カールの兜に阻まれはしたものの、カールを転倒させるに至った。

 血の泡を吹きながら崩れ落ちるユストゥスの後ろから、その陰にぴたりと張り付くように身を隠していた サブリーナが飛び出した。


 ――――あんたの意地は、このあたしが引き継ぐよ……必ずや皇女を仕留めて見せる!


 サブリーナは死にゆくユストゥスの横顔を見ながら、転倒したカールの横を走り去る。

 遂に敵は防御陣の最奥、皇女ヘンリエッテの元へと達したのである。

 誰も走り去るサブリーナを止める事が出来ない。最早サブリーナとヘンリエッテの間には、エマと二人の侍女の壁があるのみである。

 無数の返り血を浴びた鬼気迫る表情のサブリーナに、剣を構える侍女たちは震えあがった。

 サブリーナは剣を横に一閃、それだけで侍女たちの剣は吹き飛び、身体は後ろへと倒れ込む。

 ヘンリエッテは、下唇を血が出る程強く噛んで震えを抑え込むと、笑い声を上げながら斬りかかって来るサブリーナの胸を目掛けて突きを放った。

 その二人の間には、まるで時間がゆっくりとスローモーションのように流れていく。

 サブリーナの大きく振りかぶった剣がヘンリエッテに到達する前に、ヘンリエッテが放った無駄のない突きは、吸い込まれるようにしてサブリーナの胸を大きく貫いた。

 胸を貫いた剣は背に達し、剣先が背から顔を覗かせていた。

 骨を割り肉を断つ感触に、ヘンリエッテは強い嘔吐感を覚える。サブリーナの口から、咳と共に血の塊が吐き出され、ヘンリエッテの顔を濡らす。

 サブリーナは右手に持っていたユストゥスから譲り受けた剣を手から離し、目から一筋の涙を零しながら後ろを振り向き、最後の力を振り絞って右手を伸ばしてユストゥスの名を呟いて息絶えた。


 


 

九月一日、防災の日。

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