街道の戦い 其の六
「死ねぃ!」
「それはこっちの台詞だぜ!」
ラウレンツの鋭い二連突きを紙一重で躱しつつ、シンは大剣で喉元を狙った突きを放つ。
だが、躱しざまに放った腰の入りきっていない突きは、ラウレンツの喉元に届く前に、柄で払われてその軌道を逸らされてしまう。
交差すること七度。シンとラウレンツの一騎打ちは、未だ決着の時を見ていない。
シンはラウレンツの槍術の腕前に、内心で舌を巻いていた。それと共に、その腕前を惜しんでもいた。
勿体無いな……堕落しなければ、帝国有数の使い手であったろうに……
ラウレンツの槍術にシンが着いて行けるのは、偏にザンドロックとの訓練の賜物であった。
剣だけでなく、武芸百般に通じているザンドロックに乞うて、シンは帝国式槍術を学んでいた。
ラウレンツの槍術は確かに素晴らしい技術を誇りってはいたが、残念なことに型に嵌り過ぎていた。
つまりラウレンツの槍術は、シンも習った帝国式槍術の規範のような動きの範疇内に留っており、実戦の中で磨かれ開眼する自己流の動きや、荒らさというものが無い、良く言えば上品な悪く言えば面白味のなく、動きが読めてしまう欠点を有していた。
だからといって、決して組し易い相手では無い。それでも、シンは己の勝利を確信していた。
ラウレンツが時折垣間見せるぎこちなさ、そこに勝機を見出していたのだ。
確かに凄腕だが、経験不足だな……まぁ、こんな馬鹿でかい大剣を馬上で振り回す奴なんて、そうは居ないだろうから仕方のない事ではあるが……時間が惜しい……そろそろ頃合いだな、決着を付けさせて貰うぞ。
七度の交差の度に、シンの攻撃は全てラウレンツの喉元を狙った突きを放っていた。
二度目に交差したときから、わざと喉元を狙い続けて温めて来た布石……それを活かす時が来たのだ。
「何度やっても無駄なことよ! 貴様のその生っちょろい突きでは、俺を倒すことなど出来ぬわ!」
馬首を翻しながら、ラウレンツがせせら笑う。
それを聞いたシンは、同じく馬首を翻して剣をラウレンツに向けて、その挑発に乗った振りを演じた。
「やってみなきゃわからねぇ! 段々とタイミングがわかってきたぜ……次こそお前の喉にこの剣を突き刺してやる!」
「ふん……愚かな……技量の差にも気が付かぬとは、竜殺しという大層な銘が泣くわ! もうよい、死ぬはよい!」
シンの演技に気付かず、終始自分の有利に事が運んでいると確信しているラウレンツは、槍を風車のように頭上で回し、気合いの雄叫びととも馬腹を蹴る。
同じように、気合いの雄叫びとともにシンも馬腹を蹴り、龍馬のサクラはそれに応えて力強く大地を蹴った。
馬上のシンは、懲りずに又しても両手で大剣を持ち、喉元を狙った突きの構えを取っている。
それを見たラウレンツは、鼻で笑いながら再び二連突きの構えを取った。
交差する刹那、シンは大剣から片手を離すと剣を引いて大きく振りかぶった。
突如構えを変えたシンを見て、ラウレンツは慌てて二連突きの構えを解き、柄を立てて防御の姿勢を取るがもう遅い。
野球じゃ散々ストレートを投げ、ストレート勝負に見せかけておいて、最後に変化球を投げるなんてのは、よくある事さ……剣も同じ、どう相手の裏をかくか……詰まりは、そこに尽きるってもんだ。
作戦が図に当たったシンは、ニヤリと犬歯を見せて笑いながら、雄叫びとともに片手ながら全力で剣を横に払った。
ラウレンツは柄を立てて大剣を懸命に止めようと試みるが、片手とはいえシンのブーストの魔法で強化された膂力の前に、それはあっさりと弾かれてしまう。
剣は勢いを殺さずにラウレンツのわき腹を斬り、相対的速度が生み出す力も加わって背骨をも断ち切り、そのまま身体を真っ二つに切り裂いた。
断末魔を上げる間もなく即死。真っ二つになった下半身を乗せた馬は、そのまま草原を走り去って行った。
シンは剣を払い血を飛ばすと、既に骸と化し地に転がるラウレンツの上半身に、その槍術の腕前を敬して帝国式の馬上礼を捧げた。
「思わぬ強敵に時間取られてしまった。レオナたちは、無事だろうか?」
一人そう呟くシンの耳に、聞き覚えのある笛の音が聞こえて来た。この笛の音は、シンがマーヤに与えた笛の音であり、それが吹かれたと言う事は陣の内部に敵の侵入を許してしまったと言う事であった。
しまった、有刺鉄線が破られ陣の中に敵の侵入を許したのか!
焦りがシンの肺腑を鷲掴みにし、心臓が早鐘を打つ。
「サクラ、疲れている所をすまんが、もうひと働きしてもらうぞ!」
シンの声にサクラはぐるると喉を鳴らす。この鳴き声は了承の意。長い付き合いで、言葉は通じずとも互いの意思は手に取るようにわかる。
囲みを破られたのは誰のところか? 手練れの多い、ハンクたちの所ではあるまい。ならばラングカイトの所か? いや、ラングカイトは自分の見た所では、どっしりと落ち着いた指揮の出来る男だ……そうなるとおそらくは、戦闘経験の経験の浅そうなヴァイツゼッカーの所だろう。
シンはレオナたちとの合流を諦め、一人戦場を迂回してヴァイツゼッカーの指揮する陣を攻めたてる敵の後背に回ろうと、馬腹を蹴った。
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「はい、これで骨は繋がったわよ! もうひと頑張りお願いね!」
腕を骨折した兵の治癒を終えたエリーは、治療を終えた兵の背中を力強く叩いて、再び戦場へと送り出す。
「ありがとよ……んじゃ、もうひと働きしてくらぁ!」
骨折を治癒魔法で治して貰った兵は、白い歯を見せながら笑い再びその手に剣を取り、戦いの場へと舞い戻って行った。
エリーにその背を見送っている余裕は無い。次から次へと運び込まれて来る負傷者の手当てに追われ、その額には玉のような汗が幾つも浮かんでいる。
部隊に配されているもう一人の治癒士と、幾人かの侍女にも手当を手伝わせてはいるのだが、一向に運び込まれてくる負傷者は減らず、その数は増えるばかりであった。
そんな中、エリーは冷静に非情の決断を下す。軽傷者を優先的に治して、即座に戦線復帰させる。
それは言いかえれば、手当に時間のかかる重傷者を見捨てるという事でもあった。
勿論エリーも心情的にはその事に納得してはいない。だが、ここは戦場であり形勢は劣勢である。迷い、悩んでいる暇は無い。
自分が治癒魔法を掛けてやれば助かる人もいるというのに……エリーは歯を食いしばって涙を堪える。
泣くのは全てが終わってからでいい。今は、自分に出来うる限りの最善を尽くす事……
エリーの護衛として配されたマーヤは、クラウスたちと共に敵兵を食い止めるために、既に前に出ている。
予備兵力など最早一人も居らず、負傷者を守るのは皇女であるヘンリエッテとエマ他二人の侍女のみであった。
眼前で繰り広げられる血みどろの殺し合い、そして担ぎ込まれてくる負傷者たち。
年頃の少女たちに怯えるなと言う方が無理である。ヘンリエッテを始め、侍女たちも嘔吐、失禁していたが、それを笑う者はいない。
握りしめる剣の先は絶えず動き、膝は笑い力が入っているのかどうかさえ定かでは無い中、それでもヘンリエッテは負傷者たちを守るように立ち続ける。
そしてそのヘンリエッテを守るように、侍女たちも震える体で剣を構えていた。
マーヤの吹いた笛の音を聞いたハンクは、戦力に余裕があるわけではないが、すぐさまカイルとハーベイの両名を援軍に向かわせた。
同じくラングカイトも、何とか五名の兵を抽出して援軍に向かわせていた。
「クラウス!」
「カイル!」
両名、剣を振るいながら互いの無事を確認する。
だが、悠長に互いの無事を喜んでいる暇はない。二人は、迷宮に潜っていた時のように互いの死角を守りつつ、阿吽の呼吸で連携し、次々と襲い来る敵兵を斬り伏せた。
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学生諸君、宿題は終わってるか? 今日が夏休み最後の日だぞ!
 




