街道の戦い 其の四
先鋒を務めるバーリンゲン麾下の騎兵が、ヴァイツゼッカー子爵が指揮する一角を目掛けて突撃を開始した。
ヴァイツゼッカーは弓兵による迎撃を指示するが如何せん人数が少なく、疎らに放たれる矢は数騎を脱落させる事しか出来なかった。
さらに逆茂木によって数騎を失ったが、敵騎兵は速度を落とすどころか益々足を速め、遂に有刺鉄線が張られている地点に到達する。
杭と杭の間に、何かが張られていると気付いた時にはもう遅かった。
先鋒が見えない何かにつんのめり、馬体や騎手が投げ出されるのを見た後続の騎兵は慌てて馬首を翻すが、急制動に着いて行けない馬の多数が横転し、騎手は投げ出されたり馬体に押しつぶされるなどし、少なくない損害を被ることとなった。
「何だありゃ? 何が起こっている?」
後に続いていたバーリンゲンも、馬足を緩めて杭と杭の間に目を凝らす。犠牲者と馬の血に濡れたことで、杭の間に張られた有刺鉄線の存在が浮かび上がって来た。
最初の突撃により多くの鉄線が切れてしまっていたが、騎兵たちは謎めいた鉄線の存在に気後れして、馬首を翻し後退した。
こうなってしまっては後に続くバーリンゲンも、体勢を整えるべく後退するしかない。
「ちくしょうめが! 体制を整える、騎兵は一時後退! 歩兵はそのまま突っ込んで逆茂木とあのよくわからん杭をどうにかしやがれ!」
歩兵たちから不満が出るかと思われたが、騎兵に取られてしまうと思っていた手柄が、自分たちの物になるやも知れない可能性に歩兵たちは湧きあがり、雄叫びを上げて勇ましく走り出す。
「矢を射掛けよ! もっと、もっとだ!」
雄叫びを上げて突っ込んで来る敵歩兵にヴァイツゼッカーは肝を潰して、射程距離を考えずに応戦の命を下した。
命に従い疎らに放たれた矢の多くは虚しく地に刺さり、二射目、三射目でやっと敵兵の少数を射倒すにとどまった。
「騎兵の突進は防げたが、数が足りん……神よ……」
まだ直接鉾を交えても居ない内から神頼みとはと、ヴァイツゼッカーの呟きを聞いた兵たちの顔が曇り出す。
手柄を頂戴しようと飢えた野獣の如く吶喊してくる敵兵が、味方の槍が届く寸前のところで完全に止まってしまった。
その理由は、地面に幾重にも撒かれた有刺鉄線によるもので、敵の歩兵の足にや靴やブーツに、服や装具に、そして剥き出しの肌などに刺さり、それを無理に振り解こうとして益々絡まっていったのであった。
怒号と悲鳴、後から後から押し寄せる敵は、次々と有刺鉄線に絡まって身動きが取れなくなっていく。
その様子を、ヴァイツゼッカーも麾下の兵たちも、ただただ茫然として見入ってしまう。
敵は必死に剣を振り有刺鉄線を斬ろうとするが、ピンと張られている状態ならいざ知らず、地面に緩く張られていたり、撒かれているだけの鉄線を中々切ることが出来ずにいた。
我に返った兵たちが、指揮官の号令を待たずして身動きできぬ敵兵に槍先を突き込み出す。
痛みと恐怖による悲鳴は絶叫に変わり、すぐさまそれは断末魔へと変わっていく。
「何だあれは……退却、一時退却!」
地面に絡め取られたかのようにもがく味方の兵たちを見たユストゥスは、これ以上の無駄な損害を防ぐべく素早く退却の命を下す。
その声を聞いた味方は、敵に背を向けて雪崩を打つようにして逃走に入った。
逃げ出す背に矢が降り注ぎ、数名の戦死者とその倍の負傷者を出しつつ、ユストゥスたちは弓の射程外へと退くと、部隊の混乱を静め隊列を整えさせるべく奮闘する。
「一体何だ、何があった? 何で突然崩れたのだ!」
最先鋒から退いてきた兵を幾人か捕まえ、矢継ぎ早に質問をすると、混乱をもたらした物の正体が段々と明かされていく。
「鉄の針が付いた糸が張られていた」
「針金だ! 生きた針金が俺たちの足に噛みついてきやがった! あれは、魔術に違いねぇ!」
「杭と杭の間にも、あれがびっしりと張られていやがる。足元にも張られているんだが、剣で斬っても柔らかくて切ることが出来ねぇんだ!」
針金だと……なんでそんな物が、たかが針金如きで兵の足が止まると言うのか? 馬鹿な、ありえん!
目の前で起きていたのにも関わらず、ユストゥスは事実を受け入れることが出来なかった。
「おいおい、どうするんだよ? このままじゃ埒が明かねぇぜ?」
あの程度の防御陣、突破は容易いと考えていたユストゥスは顔を歪め、ぎりりと音が鳴りそうなほどきつく奥歯を噛みしめて、苛立ちを隠そうともせずに敵陣を睨み付けていた。
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一方その頃、敵の騎兵隊を追うシンたちはというと……
敵の騎兵隊は、後ろに喰いつかれるのを防ぐべく陣の周りをぐるぐると駆けまわっていた。
「ちっ、案外しつこい……よし、予てよりの作戦通り、俺が竜殺しを引き付ける。お前たちは敵の騎兵を適当に引き摺り回して、陣地の援護に向かわせるな!」
ラウレンツは部下に隊を預けると、ただ一騎馬首を翻して槍をしごいて敵へと突っ込んで行く。
それに反応した味方の騎兵の一人が、槍を掲げてラウレンツへと迫った。
交差する刹那、味方の騎兵の槍より先にラウレンツの槍先が喉を抉り一瞬で勝負は決した。
やる……この護衛は熟練者揃い……それを軽々と屠るとは、かなりの使い手だな。
味方をやられ激昂する兵を抑えると、シンはレオナに声を掛けて隊の指揮権を預けた。
「俺はあの敵将の相手をする。レオナは、敵を追え。敵の騎兵に陣を攻撃させるな! 後ろに喰らいついて引っ掻き回してやれ」
シンは背から愛剣のグレートソードの死の旋風を抜き、それに合わせるように馬足を緩めた敵将と相見えた。
「……竜殺しのシン、久しぶりだな……」
そう言う敵将の顔に、シンは見覚えがあった。この顔、どこかで見た事があるな……はて、何処でだろうか?
必死に記憶を手繰り寄せているシンの姿を見て業を煮やしたラウレンツは、自ら高々と名乗りを上げた。
「俺の名はラウレンツ・フォン・ウーツデット……元帝国近衛騎士副団長が一人、貴様によってその地位を追われた者の一人よ! 貴様のせいで地位も名誉も奪われ、このように無様に落ちぶれてしまったわ……この屈辱と恨み、今ここで晴らさせてもらうぞ!」
顔に見覚えがあるはずである。シンは以前に幾度か宮中で顔を合わせていたのである。
「ちっ、何かと思えば逆恨みかよ……女々しい奴め! 貴様が上官であるマッケンゼンと組んで汚職のやり放題だったことは聞き及んでいるぞ! 屈辱? 恨み? 馬鹿馬鹿しい、自業自得じゃねぇか。相手してやるからさっさと掛かってこい」
あの槍捌きは尋常の者では無い。冷静さを失わせ、その綻びを突くためにシンは敢えて挑発したのだった。
「最早問答無用! 死ねぃ!」
シンの思惑通り激昂したラウレンツは、槍を頭上で風車のように振り回すと、馬腹を蹴って猛然と襲い掛かって来た。
それを迎え撃つシンも、ブーストの魔法を唱えて巨大な大剣を片手で軽々と振り回しながら、勇ましい雄叫びを上げ、龍馬のサクラと共にラウレンツ目掛けて駈け出した。
すれ違いざま、リーチの長いラウレンツの槍が凄まじい速さで突き出される。それを僅かに身を捻り躱すと、シンは体勢が悪いにも関わらず強引に、大剣でラウレンツの顔目掛けて突きを繰り出す。
ラウレンツもそれを悠々顔を背けて躱し、そのまま両者ははすれ違う。
「流石だな、竜殺し! 俺の槍を避けるとは見事なり! だが、俺の本気はこんなものでは無いぞ」
すれ違い、馬首を翻しながらラウレンツは嬉しげに口をゆがめる。
「てめぇの突きなんぞ、遅すぎて欠伸が出ちまうぜ。さっさとその本気とやらを見せてくれや」
馬首を翻しながら、シンはわざとらしく欠伸をして挑発する。
ラウレンツは、その安っぽい挑発に引っ掛かり顔を阿修羅のごとく歪めると、意味不明な叫び声を上げつつ槍を掲げ馬腹を蹴った。
そうだ、もっと怒れ……その怒りが貴様の技の冴えを曇らせる……
シンは一度のすれ違いで、ラウレンツの実力は本物であると見抜いていた。馬上での戦いの訓練も、ザンドロックに散々稽古を付けて貰ったが、ラウレンツの槍捌きはそれに勝るとも劣らぬ恐るべきものであった。
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