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帝国の剣  作者: 0343
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街道の戦い 其の三



 マーヤの目が一点を見つめ続けている。ピンと張った耳は、時折ピクピクと動くが視線は街道の先に釘付けとなっている。

 そのマーヤがおもむろに首から下げている笛を取り出すと、杯一杯に空気を吸い込んで、勢いよく吹いた。

 陣地中に鳴り響く笛の音。それを聞いた将兵は気を入れ直し、すかさず臨戦態勢へと移行する。

 街道の先から、騎兵が上げる土埃と共に地響きのような音が近付いて来る。

 まだお互いの距離が遠いので襲歩ではなく駈歩ではあるが、騎兵の一団が徐々に迫り来る様には、歩兵たちに圧倒的な恐怖感を呼び起こす。


「シンを信じろ。最初の突撃は必ず防げるとのお墨付きだ。前列は槍を持て、後列は弓を……まだ、射つなよ、もっと引き付けてから必中の間合いに入ってから射て」


 三角形の防衛陣地の頂点の一つを任されているハンクが、剣を抜きながら下知を飛ばす。

 ハンクの武芸の程は、迷宮で散々魔物を相手にして来ただけのことはあって、そんじょそこらの騎士などとは比較にならない冴えを持っている。

 さらに短期間とはいえ傭兵の経験もあり、また迷宮での対人戦闘の経験も豊富で、騎士にはない泥臭い戦い方にも慣れていた。

 護衛に付けられた兵たちは皆相当の熟練揃いではあったが、道中の合間の訓練の様子や、シンから魔物退治のエキスパートで、先の秘密作戦でも数々の武功を立てており、陛下より直々に騎士位を授かった猛者もさであると聞かされているため、兵たちはその指揮に従うを良しとしていた。

 敵の騎兵は遠巻きに陣地を一周しながら、こちらの様子を窺っている。

 弓の平均射程ギリギリのところを見極めている辺り、相当に手馴れていると見るべきだろう。



---



「おい、何だありゃ? 予定と違うじゃねぇか! 細い隊列の中央を食い破るはずが、どうなってんだよ!」


 ユストゥスは、馬を寄せながら怒鳴るバーリンゲンを宥めながら、敵の思惑を探るべく騎兵隊に敵の周囲を一周させる。


「弓の射程には入るな! 遠くからでいい、まずは一周して敵に隙が無いか確かめろ」


 程なくして防御陣地を一周して戻って来た騎兵隊の意見を聞いたユストゥスは、敵が三角形状の防御陣を敷いていると聞き、舌打ちした。


「チッ、こちらの存在に気付いていたか……しかし、報告にあった等間隔に撃ち込まれている杭と言うのは一体何だ?」


 その問いに答えたのは、実際にそれを見て来たラウレンツであった。


「俺もこの目で確かめたが、間隔が空いていてあれでは柵としては役に立たん。おそらくは柵なり壁なりを築こうとしていたが、俺たちの接近を察知して途中で諦めたのではないかと思われる」


「ふむ、それなら確かに納得がいくな。ならばその杭は無視しても良いか……逆茂木の数も少ないし、三角陣の頂点では無く側面から攻めるべきか?」


「それが奴ら、側面に壁として配している馬車だが、二重三重に配していて厚みがある。御者台に射手を配しているし、例え弓矢を掻い潜り接近したとして、苦労して表の馬車を動かしても次の馬車が現れるだけで、その間にこちらが受ける損害も馬鹿にはならないのではないかと考えるが……」


「そうか、それならば三角陣の頂点の一つに攻撃を集中させるべきか……」


「うむ、だが他の頂点にも仕掛けてそこの守備兵を釘付けにした方が良い。先ずは騎兵が突進、多少の犠牲は出るだろうが止むを得ん。その後直ぐに歩兵で肉薄して、数に物を言わせて波状攻撃を仕掛け、強引に一角を食い破るのが良いだろう」


「おいおい、まだかよ! こっちはもうやる気十分なんだぜ? 結局力押しなんだろ? だったら四の五の言ってねぇで、さっさとやろうぜ」


 気の短いバーリンゲンが、戦いを前に興奮し口角に泡を溜め、唾を飛ばしながら喚き出す。

 彼らの戦意高揚を狙って、もし皇女を生かして捕えたのならば首は何れ刎ねるが、一晩だけ好きにして良いと言ってある。また、皇女の世話をしている侍女たちも、生け捕りにしたのならば褒美として与えるとも言ってある。

 バーリンゲンやその部下たちは、普段手の届かない存在である皇女とその侍女たちを好きに出来ると知って、勇み立った。いま彼らの脳裏には、貴族となる明るい未来よりも、目の前の女を凌辱する事だけが強く思い描かれている。

 皇女と侍女たちの白い肌、柔らかな肢体……思い描かれているそれは若く美しくグラマーな美女であったが、実際は若く美しい事は美しいのだが、まだ幼さの欠片の残る少女たちであり、もしそれを事前に知っていたのならば、彼らの戦意は今一つ落ちていたであろう事は明白であった。


「よし、では貴公に一番手柄を譲ろう。貴公の騎兵がまず突進し、敵の備えを食い破る。騎兵に続いて、貴公の歩兵、その後ろに我らの歩兵が続こう。ラウレンツはそのまま騎兵を指揮して、敵の騎兵を警戒してくれ。他の二ヶ所の頂点にはそれぞれ五十名ずつの兵で仕掛ける。これらは陽動なので、あまり深くまで攻め入らずとも良い。ラウレンツは出来ればこいつらの援護も頼む」


「承知した!」


 ラウレンツは直ぐに馬上の人となり、麾下の騎兵をまとめて遊撃の任に就く。

 それと比べてバーリンゲンは、少し考える素振りをしてからその作戦を呑んだ。

 先鋒は戦の華であるが、それは勲功を賞してくれる者が居る場合であり、今回のような戦いでは先鋒は単なる貧乏くじである。

 だが、バーリンゲンは引き受けた。その理由は二つ。先ず一つ目は、皇女を抱く機会などこの先生きていても二度とないであろうこと、詰まり誰よりも先に皇女の身柄を確保し、己の肉欲を満たさんとしたのだった。

 そして二つ目は、事が済んで貴族となった場合、またそれに因んだ恩賞を受ける時に、手下の人数が少なければ少ないほど自分の取り分が増えると考えたのであった。

 ならば危険な先鋒を受けても、最終的に自身が生き残りさえすれば問題無いと考えていたのだった。

 それに部下たちも、皇女やその侍女たちを好きに出来る機会に勇み立っており、下手に後方に配しでもすれば、勝手な行動を起こしかねない。

 ならばその戦意の高さを利用してやろうとも考えた結果、バーリンゲンは先鋒を引き受けたのであった。

 

 一点突破を目論むユストゥスたちが狙いを付けた頂点を守る指揮官は、副使のヴァイツゼッカー子爵が守る陣であった。

 これは、陣地を一周した際にラウレンツが陣地をつぶさに観察した際に、ヴァイツゼッカー子爵が守る陣に僅かだが動揺の気配を察したからであった。

 これを見るに、ラウレンツは全くの無能では無い。寧ろ人並み外れた才覚を有しており、その才に溺れたが故に堕落してしまったのであった。

 だが野に降り辛酸を舐めたことで、堕落する前の才覚が再び少しずつではあるが、呼び起こされてきた。

 ユストゥスもまた、無能では無い。自身より軍事的経験豊富なラウレンツの進言を、積極的に取り入れるだけの器量は有していた。

 もし皇帝ヴィルヘルム七世が、ユストゥスの事を深く知っていたならば、自陣営に取り込もうとしたかも知れない。

 だが、そうはならなかった。西部の大貴族、ディーツ侯爵家の分家の分家のユストゥスにまで、皇帝の目は届きはせず、遂にはその存在をすら認知されることは無かったのであった。

 ともあれ、作戦は決した。部隊は四つに別れ、それぞれの目標に向かい進撃を開始する。

 進撃して来る敵を見て、動揺し前衛の構える槍先が揺れたのは、やはりヴァイツゼッカー子爵の守る陣であった。

 シン率いる騎兵三十騎は、敵の騎兵隊が本隊らしき部隊から離れたのを見て、その数が自分たちの倍以上居る事を知り、正面からの粉砕を諦めその騎兵隊を牽制すべく、敵の後ろを追うように駈け出した。


 こうして戦史にも残らないような小さく激しい、帝国にとっては極めて重要な戦いの火蓋が今、切って落とされたのであった。

ブックマークありがとうございます! 


 ~の戦いと題名に書いておきながら、前置きが長くて申し訳ありません。

 有刺鉄線やまきびしなどを主人公が大量配備し活用するために、帝国は鉄の産出が多いという設定にしました。

 銃などは、主人公にその知識があっても火薬やその他のハードルが高いために出てきませんのであしからず。

 大体、硝石作るのだって小便を土に引っ掛けてたら、何年も掛かっちまうしねぇ……

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