街道の戦い 其の二
「よし、早速行動開始だ。先ず、陣形はこう……三角形の頂点に兵を配置し、辺の部分は鉄を積んだ馬車を置いて固める。三角形の内側には糧食と皇女殿下を配して、それらを死ぬ気で守り抜く。騎兵は、予め本隊から距離を置いて配置。数に勝るであろう敵に正面からぶつかるのを避けて、敵の側面や後方から斬り込む。ここまでで何か質問は?」
「帝都とクニスペル子爵の援軍は何時来るのでしょうか?」
「影のもたらした情報から推測するに、クニスペル子爵の援軍が来るよりも、先に帝都を発った部隊が来る方が早いだろう。軽騎兵の即応部隊を事前に用意していたため、こちらの方が早いと思われる。正確な時間はわからんが、一両日中には着くのではないかと思うが……囮が襲われた時点で、陛下は直ぐにこちらに援軍を送っている。その後も二陣、三陣と続けざまに出しているはずだ」
「随分と早いですな……しかし、敵の意図が読めませぬ。帝国西部に入ってからなら未だしも、まだここは帝都の近く。援軍が数日で届く距離で仕掛けてくるとは、敵の動きが解せませぬな」
古強者で下からの叩き上げであるラングカイトの言にシンは同意した。
「俺もそう思っていた。人の往来の多い帝都近郊で敵が仕掛けてくる事など想定していなかったため、護衛の兵を厚くするのは次に訪れるクニスペル子爵からで良いと思っていたのだ。俺の油断だな……その油断を突いてきたとすれば、侮れん敵だ」
三角形の頂点の内の二点を副使二人に任せ、残った一点をハンクに指揮させることにした。
シンは騎兵を指揮し、レオナはそれに付き従う。使節団に配されている騎兵の数は三十余り……それを引くと、頂点一か所に配する兵は二十人程度である。
正直厳しいと言わざるを得ない。騎兵の側面や後方からの攻撃で、どこまで敵を散らすことが出来るかが鍵になるだろう。
「あれを使うか……念のために持って来ておいて良かったな」
「あれとは?」
「帝都で秘密裏に製造していた有刺鉄線という物だが、上手く使えば途轍もない効果を発揮するだろう代物だ。使い物になるかどうか、テストするには丁度いいかもな」
まさかの秘密兵器に一同は驚き、その目に希望の光が強く灯る。
「では、早速開始しよう。陣の周りに等間隔で杭を打ち込め。ある程度の数は馬車に積んであるが、足りない分は周りの木を切るしかない。時間が無いから急ごう。それと同時進行で、交代で食事。火を焚く暇が惜しいので、乾物で済ませろ。一、二杯なら飲酒も許可する。では、行動開始!」
全員が弾かれたように持ち場に戻り、それぞれ行動を開始する。
シンは、馬車に積んである有刺鉄線を取出し、使い方を説明する。有刺鉄線は使いやすいように、現代の地球と同じくドラムに巻いてある。
見た目は棘の付いたただの針金であるため、途轍もない新兵器だと期待していた副使の二人は、目に見えるように落胆した。
そんな二人に、やらないよりはマシだからと工事を急がせる。
空堀も掘り、土嚢も作り積もうかとも考えたが、時間も人手も足りないために諦めざるを得ない。
杭を打ち、その間に有刺鉄線を張り、足元にも有刺鉄線を撒いておく。これで少しは時間が稼げるはずだと、シンは豪語するが副使たちを始め、兵たちも懐疑的な視線を送るばかりであった。
余った杭などで逆茂木を作り、各兵たちに矢避けの盾を配る。こうして一応、陣は完成を見せた。
「索敵を密にしろ。火は焚くなよ、煙でこっちの場所がバレる。わざわざ自分から居場所を教えてやることもなかろう」
シンは出来上がった陣地を見廻ると、パーティメンバーを集めた。
「みんな、すまねぇ……ドジっちまった。竜殺しだの何だのと言われて浮かれてたぜ……今回は俺の油断が招いた失態だ。皆を危険に晒してしまい、申し訳なく思っている。これ程の大失態を犯しておいて言うのも何だが、皆の力を貸して欲しい」
今まで何度も共に死線を潜り抜けて来た仲間たちに、シンは深々と頭を下げた。
「気にするな、シン。パーティメンバーの失敗は、全員で補うもんだ」
「シン、後悔ハ戦イガ終ワッテカラニシタホウガイイ。今ハ目ノ前ノ戦イニ集中スベキダ」
ハンクの励ましと、ギギの忠告がシンの心に沁みわたる。
「そうだな……全てはこの危機を切り抜けてからだな。レオナは俺と一緒に来てもらう。俺に何かあった時には騎兵隊の指揮を執れ。ハンクには陣の一角を任せる。エリーはヘンリと一緒に中央で怪我人の手当てを。マーヤはそのエリーの護衛。カイル、ハーベイ、ギギ、ロラはハンクの指揮に従ってくれ。クラウス、お前は同僚のカールとライザと、ヘンリと侍女たちの面倒を見てくれ」
「ちょっと待ってくれよ、師匠! そいつはあんまりだ! そんな大人数のひよっこを、俺一人でどうしろってんだよ……」
嘆くクラウスの肩をシンはポンと叩きながら、シンはすまんなと謝る。
敬愛する師に謝られてしまってはクラウスも黙るほか無く、渋々ながらも承知した。
パーティメンバーたちもそれぞれの配置に付き、敵を今か今かと待ち受ける。元より使節団の護衛たちは熟練揃いで、さらに皇女殿下を守るという使命があるためにその戦意は高い。
シンは次にヘンリエッテたちの元へと赴いた。
「ヘンリ、戦だ。お前と侍女たちは中央から動くな。お前たちは、いくら厳しい訓練をしてきたとはいえ、初めての実戦だ。もし敵が来ても、決して一人では戦うな。一人の敵に、最低でも三人で挑め」
シンの言葉に、ヘンリエッテと侍女たちはぶるりと身を震わせた。
今から殺し合いに自分も参加するのだと思うと、足は震え、顔から一瞬の内に血の気が引いてしまう。
他にもいくつかの戦いに於いての注意点などを話すが、この様子では恐らく誰の耳にも届いてはいないだろう。
「ヘンリよ、自分たちの身は自分たちで守れ。冒険者ならば、それは当たり前の事だ。覚悟を決めろ」
その一言を聞いたヘンリは、唇を噛みしめて身体の震えを無理やり抑え込む。
そうだ、これはわたしが望んだ事……たとえこの場で死すとしても、皇女として冒険者として無様な振る舞いは出来ない。
「わかりました。御安心を師匠。自分たちの身は自分たちで守って見せます!」
覚悟を決めたヘンリエッテは、そう言って剣を抜き兜のバイザーを下げる。
ヘンリエッテがシンを師匠と呼んだのはこれが初めての事だった。
突然、ヘンリに師匠と呼ばれたシンは、目を大きく見開いて驚き、その後で一瞬だけ弟子を慈しむような優しげな視線を送った後、直ぐに元の厳しい眼差しへと戻る。
「覚悟は決まったようだな。よろしい……肩の力を抜け、今から気張っていては敵が来る前に疲れてしまうぞ」
シンはヘンリエッテの兜のバイザーを指で上げながら、もう片方の手で背中を軽く叩き、剣を鞘へ収めるよう言い付けると背を向けて自分の持ち場へと戻って行った。
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「なぁ、クラウス……本当に、本当に実戦なんだな?」
「だから何度も言っているだろう。敵は必ず来るって……ほら、深呼吸して落ち着けよカール」
初めての戦いを前にして、近衛騎士養成学校の首席であるカールは、落ち着きなくその場をウロウロと歩き回っている。
それに比べてもう一人の同僚のライザは、落ち着いているかに見えたが唇の色は青く、微かに震えている。
この二人の面倒を任されているクラウスは、自分も最初はこんな風だったのだろうかと思いながら、二人を落ち着かせる方法に頭を悩ませるのであった。
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