街道の戦い 其の一
「ラウレンツ無事で何よりだ。して、首尾は?」
「襲撃は成功。だが、肝心の皇女は居なかった。こちらは空振りだ……それに兵を二十ばかし失ってしまった。それにほら、この通り駆け続けてきたために馬も乗り潰してしまった」
ラウレンツの言う通り馬の口からは泡が出ており、使い物にならない事が一目でわかる。
「よくやってくれた、その程度の犠牲で済んだのは卿であればこそだ。心配するな、替え馬も用意している。長旅で疲れているだろう、まずはゆっくりと休憩を取って身体を休めてくれ」
自分の力量を褒められたラウレンツは、ユストゥスに礼を言うと、ではお言葉に甘えて横にならせて貰おうと、会合地点に幾つか張ってある粗末な天幕へと歩き去った。
戻って来た別働隊を加え、ユストゥスの率いる兵は三百を超えた。
実際には二百と少し、残りの百はバーリンゲンという荒くれ者が率いている者たちであった。
このバーリンゲンという男、本人は傭兵だと言い張っているが、恐らくは単なる賊の類であることは明白であった。
何とか数を数え、文字を辛うじて読めるほどの浅学の者であったが、異常なほど欲が深い。
この欲深さをユストゥスは刺激して、今回の襲撃軍に参加させたのであった。
勿論、戦力的な意味では、殆ど役には立たないだろう。こちら側が不利になれば、あっさりと見捨てて逃走する事は間違いないと見ていた。
だが逆に、こちら側が有利であり続ける限りは裏切る恐れはない。戦いに於いてアドバンテージを握っているのは常に襲う側である。ならば、終始そのアドバンテージを握り続ければ良いだけの事だと、ユストゥスは考えていた。
そのバーリンゲンがラウレンツと入れ替わるように近付いて来る。
「ユストゥスさんよぉ、この仕事を終えたら、俺たちが貴族になれるってのは本当なんだろうなぁ?」
バーリンゲンの呼気には多分なアルコールの匂いが含まれていた。
碌に沐浴もしていないであろう饐えたにおいにそれが混じり、ユストゥスは軽い吐き気を感じながらも頷いて見せる。
サブリーナはこの匂いに耐えられないのか、何かと理由をつけて素早くこの場を立ち去っていた。
「皇女殿下の御命を頂戴すれば、俺も貴公も貴族になれるのは間違いない。光り輝く未来を欲するのならば、精々奮闘することだ」
バーリンゲンの頬は赤みを差し酔っていて、目が据わってはいるものの、頭の中ではどうやって最大限の利益を得られるのかを、目まぐるしく計算している。
「その皇女殿下とかの護衛には、あの竜殺しがいるって話じゃねぇか……聞いた話じゃとんでもねぇ化け物だぜ。俺は、そんな化け物とやりあうのは御免だぜ。命が幾つあっても足りやしねぇ」
「安心しろ。竜殺しは俺たちが引き受ける。貴公は、その他を倒してくれればいい」
「それを聞いて安心したぜ。任せておけ、頂戴した金の分は働いて見せらぁ……へっへっへ……」
それを聞いたユストゥスはフンと鼻を鳴らし、この不快な男とこれ以上話すことは無いとばかりに、背を向けて立ち去った。
完全に立ち去ったのを見て、バーリンゲンの手下たちが集まって来る。
「頭ぁ、本当に大丈夫なんですかねぇ?」
集まった手下たちは皆、顔に不安と、幾ばくかの不満を浮かべている。
「何がだ?」
「いやぁ、竜殺しのことでさぁ……それに、恩賞の件……女の首一つで貴族になれるってのは、話が上手すぎるんじゃねぇですかい?」
「おめぇ、俺が騙されているってぇのかい?」
「いえいえ、そんな滅相も無い。ただ、あいつらの俺たちを見る目が、どうも気に喰わねぇんで……」
ユストゥスたちは、落ちぶれても元貴族や騎士たちが多く、ユストゥスも、その部下たちも口には直接出さずとも、バーリンゲンたちを見下す態度が度々見受けられていた。
「ふん、女の首一つで貴族ってぇのは確かに眉唾だがよぅ、その首が高く売れるってのは本当だろうよ。それに竜殺しは、あいつらが面倒みてくれるって話だ。俺もあいつらの態度は癪に障ってるが、首を高値で売りつけるツテを持っているのは、あのユストゥスだ。だから、今しばらくは我慢するしかねぇ。さてと、そんじゃぁまぁ、仕事に取り掛かるとするか……いくぞ!」
バーリンゲンたちは、早々に会合地点を後にした。バーリンゲンたちに与えられた仕事とは、街道の封鎖。
封鎖と言ってもごく簡単なもので、大きな木を街道に倒し通行を困難にするだけであった。
「あんな奴ら、本当に役に立つのかい?」
去って行くバーリンゲンたちを見ながら、サブリーナがポツリと呟いた。
「あんな奴らでも集まれば、それなりの力にはなる。俺たちが勝ち続けていれば、その尻馬に乗らんとして奴らも奮闘せざるを得まい。要は、俺たちが勝ち続ければいいだけの話だ」
あんな奴らの力を借りねばならぬ時点で、既に俺たちは負けているのかもしれないとユストゥスは思う。
顔にも出ていないその思いは、横に居るサブリーナにしかと伝わってしまっていた。
「替え馬とあいつらに払った金で、資金は完全に底を尽いたよ。笑おうが泣こうが、これが最後だね……」
「そうか…………では、その最後を最初に変える戦いに赴くとしようか……」
どこまでも着いて行くよとのサブリーナの声に、ユストゥスはどこまでも乾いた笑いを浮かべるのであった。
---
影によって帝都方面からもたらされた情報を受けたシンは、迷うことなく命令を下した。
「なに、囮が襲われただと? と言う事は、もう帝都から援軍は既に出ているな……よし、直ぐに早馬を出せ! この先のクニスペル子爵は完全にこちらの味方で、出迎えの兵を領境に配しているはずだ。領境を犯させてでもこちらに出迎えに来させろ」
シンの命令を受けて、早馬が街道を駆けて行く。
それと入れ違う形で、今度は街道の先から別の影が、驚くべき情報をもたらした。
「敵だと? 数は? こちらとほぼ同数で、街道の封鎖をしているだと! ええい、このままだとさっきの早馬が敵と鉢合わせになるな。もう一騎、早馬を出せ。時間が掛かっても良いから街道を迂回して、クニスペル子爵と連絡を取れ」
敵の数は百あまり。大規模の賊か? だが、街道に大木を倒して封鎖しているという、その行動が気になる。
直ぐに、副使二人と影の頭領のアンスガーを呼んで協議に入る。
「申し訳ありません。敵の動向をここに至るまで察知出来ぬとは……」
シンに会うなり頭を下げるアンスガーに、シンは首を振って自分の油断が招いた危機であると言った。
「影は発足して間もない若い組織だ。当然、構成員たちの経験も浅い。それに俺は影の発案者であるがために、その実力を少々贔屓目で見てしまっていた。これは俺の油断である。影のせいでは無い」
「如何致しましょうか? 街道を逸れて迂回しますか?」
若いヴァイツゼッカー子爵の言に、古強者のラングカイト準男爵が首を振る。
「それは無理だ。鉄を満載している馬車が、整備されていない荒れ地を進むことなど不可能に近い。貢物の鉄を諦めて遺棄するというのであれば可能だが、もしそのような事をすれば、たかが同数程度の賊を恐れ貢物を捨てた愚者として、末代までの笑いものになってしまうぞ」
「確かに……そのような事をすれば、この使節団を派した皇帝陛下の鼎の軽重を問われるな。帝都からも援軍は出ているはず。ここは、援軍が来るまでこの場で堅守するしかないか」
シンの言葉にラングカイトは頷くが、ヴァイツゼッカーは異を唱えた。
「この場に留まるのは危険ではありませんか? こちらも援軍といち早く合流出来るように街道を戻るべきではありませんか?」
「子爵の言には一理ある。本来ならばそれは正しい判断であるとは思うのだが、どうも敵の行動に引っ掛かりを感じてな……ただの賊が、街道の封鎖などをするだろうか? ここは人通りも多い表街道、こんな所を封鎖などしようものなら、直ぐに目撃され付近の貴族家から追討の兵を出されてしまう。そんなことになれば、ここいらでもう賊働きなんぞ出来なくなるぞ」
「詰まりは、一時だけでも我々の足を止めたいがための行動だと?」
ラングカイトの問いにシンは頷く。
「ああ、街道の封鎖は俺たちの足止めが目的だとすれば、他にも敵がいるだろう」
「ならば尚の事、急ぎこの場を離れないと危険ではありませぬか!」
「馬鹿を言え。先程も言ったように鉄を満載した馬車は足が遅い。その鈍い馬車で無理して戻っても如何ほどの距離が稼げるものか? それよりも無理をして戻ろうとして、伸びきった隊列のわき腹に斬り込まれでもしたら、分断され各個撃破されてしまう。ここは、この場に陣を固めて堅守する他はない」
シンとラングカイト、アンスガーの腹は決まった。それに引き摺られるようにして、この場を堅守するという案に反対のヴァイツゼッカーも、その作戦に従うのであった。
ブックマークありがとうございます!
今日は定時で上がれた代わりに、明日は出勤。深残業して週休二日と、残業そこそこで週休一日のどっちが良いのか俺にはわからねぇぜ!




