夢の潰える音
休憩や睡眠時間を極端に削り、強行に強行を重ねて会合点に到着したユストゥスとサブリーナたちは、既に集まっている武装した二百人を超える集団と合流した。
その集団を見たユストゥスは誇らしげに胸を張るが、逆にサブリーナは自身が抱いていた夢の潰える音が、耳にはっきりと聞こえてきた気がした。
武装した二百人を超える集団と言えば聞こえは良いが、その実は傭兵と賊徒の寄せ集め……ユストゥスの威勢の良い言葉に乗っかった、少し前の自分が哀れでならない。
自分を好色の目で見詰め、涎を滴らせている連中を見てサブリーナは確信した。これは、駄目だと……
この計画は、必ずや失敗するだろうと。大体この計画自体が、急ごしらえの行き当たりばったりのものであり、分の悪い博打のようなものである。
最初、シュライッヒャー準男爵家に半年前に潜り込んだのも、街道沿いの富んでいる貴族家の子供を誘拐して、その身代金をせしめるという計画であったのに、ユストゥスがどこかから仕入れて来た情報によって、急遽大幅な変更を強いられたのだった。
ユストゥスが纏め上げた傭兵団の、資金調達のための営利目的の誘拐が、皇女暗殺へとまるで違ったものへと変わった時点で計画の杜撰さに気付くべきではあったが、当時……いや、先程までの貴族としての復権に浮かれていた自分を顧みると、気付くのは無理だったと、自嘲気味な笑みを浮かべながら軽く首を振る事しか出来ない。
「どうだ、サブリーナ! これだけの兵力があれば、いくら相手に竜殺しがいても成功間違いなしだ。しかも、ラウレンツの別働隊が合流すれば、まだまだ兵力は増すぞ!」
誇らしげにごろつきどもを見渡すユストゥスの滑稽さに、自分自身を重ね合せたサブリーナは、そうねと言ってほほ笑みながら頷いた。
それに気を良くしたのか、ユストゥスは終わった後の景気の良い話をペラペラと話はじめる。
質の悪い兵を幾ら集めたとしても失敗する公算が大であると言っても、欲に駆られたユストゥスは耳を貸さないだろう。
適当に相槌を打つ虚しさに、サブリーナは疲れた笑みを浮かべるのが精一杯であった。
それを強行軍による疲れと見たユストゥスは、鼓舞のつもりだろうかサブリーナが予期もしない言葉と発した。
「疲れたか、サブリーナ? だが、あと少し……あと少しだけ我慢してくれ。これが終われば、俺は再び家を興し、お前を妻として迎え入れうつもりだ。だからサブリーナ、今少しの間だけこの辛さに耐えて、俺に力を貸してくれ」
まさかユストゥスの口から、自分を娶るなどという言葉が出るとは露ほども思っていなかったサブリーナは、驚きに目を大きく見開きながら、これまでの何処かで自分たちの運命を変える事は出来なかったのだろうかと考える。
傭兵だったユストゥスに金で抱かれたあの日、自分は元貴族だと言うユストゥスにつられてサブリーナも自分の身元を明かし、意気投合したあの夜。そしてその数日後、ただの一介の傭兵の他愛も無い寝物語だと思って諦めていたのに、身請け金を払い自分を地獄の苦しみから救ってくれた時に、もうすでに心は奪われていたのかも知れない。
その金はどこから? と問うと、現皇帝に反感を抱く者は大勢いる。その内の幾人かが、自分に資金提供をしてくれたのだと語った。
それからは同じような不遇の者たちを纏め上げて傭兵団を作りあげた。その時に仲間に引き入れたのが、今別働隊を率いているラウレンツたちであった。それからはその資金提供者である貴族たちの、文字通り犬として汚れ仕事を引き受けて来た。
元はただの貴族令嬢で、何の取り得も無いサブリーナは、一応貴族としての最低限の教育を受けており、文字の読み書きと簡単な算術をこなせることから、その傭兵団の出納係りを任されていた。
だが、そんな不平貴族たちも皇帝の権力基盤が思っていたよりも揺るがず、自分たちの不正に目を光らせていることを知ると、ユストゥスたちを簡単に切り捨てたのであった。
支援者を失ったユストゥスは、たちまち資金繰りに苦しむようになり、その結果として営利目的の誘拐に手を染めた次第である。
メイドとして雇われて潜伏し、誘拐の手引き役を言い渡されて、それを引き受けてしまったのが間違いだったのではないか? だがあの時は、資金がもう底を尽きかけており、あのままでは自分はまた体を売るしかなかったかもしれないと思うと、やはりどうにもならなかったのだとの結論に至った。
落魄し、娼婦にまで落ちぶれ薄汚れた自分を救い出し、娶るとまで言ってくれた男の夢に殉ずるのも、そう悪い事ではないか……サブリーナは地平線の彼方から近付いて来る一団、おそらくは別働隊のラウレンツたちの姿を見ながら、覚悟を決めたのであった。
「ラウレンツたちが来たよ……それと、今回はわたしも戦うわ……」
近付いて来るラウレンツの姿を見て口角を吊り上げ笑うユストゥスは、サブリーナの言葉を聞いて文字通り凍りついた。
「サブリーナ、一体何を! お前はいつものように安全な場所で……」
サブリーナはユストゥスの口に手を翳して、言葉を遮ると自分の決意のほどを示した。
「これはわたしの戦いでもあるんだよ、ユストゥス。わたしの人生の未来を賭けた大勝負、後ろで見ているだけなんて言わないでおくれよ……大丈夫、心配しないで……あんたの後ろから離れやしないからさ……」
ユストゥスはそれを聞いた後も、何度か口を開け何かを言いかけたが、結局は何も言わず承諾し自身の腰に差していた二振りの剣の一本を、サブリーナへと渡した。
実用面を損なわないようにと配慮されている細やかな、それでいてしつこくもない装飾を施された剣を受け取ったサブリーナは、受け取りながらユストゥスの顔を見る。
「これは?」
「それは、俺の家に代々伝わる二振りの剣の内の一本で、代々の当主の妻に与えられてきた剣だ。今では単に母の形見となってしまった物ではあるが、お前に是非受け取って欲しい」
「そんな大事な物を、いいのかい?」
ユストゥスは優しく目を閉じて、黙って頷く。
その仕草を見てサブリーナは全てを悟った。ユストゥスは、全てを悟った上でこの作戦を立てたのだと。
このユストゥスという若者は、今までずっと死に場所を探していたのだ。
碌な抵抗も出来ずただ家を取り潰されるのを見ていた自分自身を、許すことが出来ずにいたのだ。
貴族として、戦士として、そしてただ一人の男として、戦場を駆けて存分に勇を奮い、その上での死を望んでいるのだと……
皇女殿下の首をとって復権を目指すなどと言うのは、部下を……自分自身を騙すための方便に過ぎなかったのだ。
騙されていたと知っても、サブリーナの心には怒りどころか、かえって清涼感のある風が吹き抜けたかのような晴れ晴れとした感に包まれていた。
この傭兵団にいる者たちは、皆似たような者たちばかり……おそらくは大半がそれに気付いていたのではないだろうか……
「さぁやるよ、ユストゥス。一丁派手に行こうじゃないのさ!」
馬上で振り返って微笑むユストゥスの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
それは感謝の笑みか、それとも満足の笑みか、あるいはその両方か……気が付くとサブリーナも同じような笑みを浮かべていて、二人は声をだして笑い合った。
やがてその声に、付き従っている部下たちの声も混じり合う。やはり、皆知っていて覚悟を決めていたのだ。
――――これはもしかすると、一矢を報いるかもしれないねぇ……首を洗って待ってな、竜殺しのシンと皇女ヘンリエッテよ……わたしの最高の漢たちが、あんたたちの命を頂戴しに行くのをさ……
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今職場で盆休み中に出勤していた人たちが、遅れて盆休みを取っていて人手が少しばかり足りず、結果として仕事にちょっと追われておりまして更新が滞っております。
来週明け位からは落ち着くと思うので、それまではどうかご容赦下さい。




