殺人の先輩、後輩
シュライッヒャー準男爵の妻子を解放した一団は、予め指定されていた会合点に向かっていた。
「ねぇ、本当にこんなんで爵位が貰えるのかしら? それに相手はあの有名な竜殺しでしょ? 上手く行くとは……」
一団の頭と馬を並走させながら、そう聞くのはシュライッヒャー準男爵の監視役を務めていた女で、名をサブリーナという。
「なんだぁ、怖気づいたのか? 相手が誰であろうと、もう殺るしかねぇんだ。そうしなけりゃ、俺たちが失った爵位を取り戻す機会なんて金輪際訪れはしねぇ……それとも何か? お前さんは、見知らぬ平民どもに股を開くのが好きになったとでも言うのか?」
それを聞いたサブリーナは、男に馬を寄せると乗馬用の鞭を男の顔面に叩きつけようとした。
「おおっと、あぶねぇ……どうやら、あの生活に戻るのだけは勘弁って様子だな。だったら、四の五の言わずにやることをやるしかねぇぞ」
男に鞭を避けられたサブリーナはそれでも怒り醒めぬのか、射殺さんばかりの鋭い眼光で男を睨み続けている。
「わかってるわよ、ユストゥス。誰が、誰があんな生活に戻るもんかい! もう一度娼婦をやるぐらいなら死んだ方がマシってもんさ! いいだろうよ……竜殺しだろうと何だろうと、そのそっ首叩き落としてやるさ!」
「その意気だ。いいか……俺たちが失った爵位を取り戻すには、現皇帝に退位して貰わなにゃならん。そして第一皇子であるアルベルト皇子に即位して頂く。そうなれば、幼い皇子に代わって祖父のルードシュタット候が権力を意のままに操ることになるだろう。そのルードシュタット候に取り要るためには、それ相応の手土産が必要になる。一つは、先帝直系の血筋で、現皇帝の妹であるヘンリエッテ皇女の首……直系ゆえに高い帝位継承権を持つヘンリエッテ皇女は、ルードシュタット候にとっては邪魔者以外の何者でもない。今一つは、竜殺しのシンの首……現皇帝の懐刀でもあるこの男も、候にとっては目障り極まりない存在だ。この二人が警備の厚い宮殿を出て、少数の伴しか連れずに帝都を離れた今こそが、最大の好機なのだ! この機会を逃しては、我らは二度と立ち上がり陽の光を浴びることは出来ないであろう」
その言葉に、サブリーナも強く頷く。そして彼らの後ろを走る者たちも、同様に失った栄光と名誉を取り戻さんと、それぞれが胸に誓う。
「会合点に急ぐぞ! そこで兵力を再編して一気に使節団を強襲、二人の首を取るぞ!」
「相手はざっと見積もって百人あまり……それに比べてわたしたちは十人にも満たない……一体、どれ位の兵を集めたの?」
サブリーナの問いに、ユストゥスと呼ばれた男は口許を綻ばせながら答える。
「……三百……志を同じくするものは三百だが、他に金で雇ったごろつきどもを百ほどに、奴らの足止めをさせているところだ」
「そんなに……ふふふ……ふはははは、いいさ、いいじゃない。あたしたちが味わった屈辱と苦痛を、それこそ何倍にもして返してやろうじゃないのさ!」
フードがはだけて、そこに収まっていた金髪を風に靡かせながら、サブリーナは高々と哄笑する。
そう、彼らは現皇帝ヴィルヘルム七世とシンによって家を取り潰された貴族やその家族、仕えていた騎士などであった。
サブリーナは、帝国新北東領で失態を犯し処刑されたローレヌ伯爵家に連なる貴族の令嬢であったが、主家の没落により一家は離散、生きるために娼婦として屈辱の日々を送っていた。
この一団の頭であるユストゥスは、ゲルデルン公爵の与力の男爵家の長男であったが、皇帝に反旗を翻したゲルデルン公爵が敗死すると、その与力であったユストゥスの家も連座して取り潰されてしまったのである。
ユストゥスはその後、傭兵として各地を転々としていた時に、同じような境遇の者たちと出会い、それらの者を纏め上げて貴族への復帰の道と、皇帝とシンに対する恨みを晴らす術を探っていたのであった。
サブリーナとは、傭兵時代に立ち寄った娼館で知り合い、彼女の境遇を知ると同志として迎え入れるべく身請けをして今に至っている。
また、離宮へと向かう一団を襲った別働隊を指揮するラウレンツという者も、同じように現皇帝に深い恨みを持つ者である。
彼は元近衛騎士で、当時近衛騎士団長であったマッケンゼンの元で、収賄などに加担していたことを咎められて近衛騎士団を追い出されただけでなく、そんなに金が好きならば、騎士ではなく商人になるが良いと、騎士の位を奪われそれによって、余所の騎士団への再就職も敵わず、傭兵にまで身をやつすことになってしまったのであった。
彼も今、会合点を目指して部下を引き連れ懸命に馬を走らせていた。
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急ぎシュライッヒャー準男爵領を離れたシンたちは、無理をさせた馬たちを休ませるために、長い休憩を取らざるを得なかった。
丁度良い機会だと、シンはそれぞれの立場の者たちと今後について意見を交わし、対策を考えていた。
「クラウス、クラウス……それに、カールとライザもちょっとこっちに来い」
呼ばれた三人は、学校の時と同じように駆け足で急ぎ駆けつける。
「きな臭い事になった。おそらく、近いうちに我々に害を為そうとする者たちと一戦交えることになるだろう。そこでだ、クラウス……お前が、カールとライザを従え、指揮をしろ」
やはり……と、クラウスは自分の直感が正しかったことを知った。
我が師の往くところ、戦の気あり。この人は、良くも悪くも必ずや争点の中心に位置する、そんな星の元に生まれて来たのであろうと……
帝都を離れた時より既に覚悟定まるクラウスに比べて、同じ近衛騎士養成学校の生徒であるカールとライザは狼狽え、ごくりと喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。
「不服か、二人とも? 理由は簡単だ。クラウスは実戦慣れしていて、人を殺した経験もある。二人は殺人の経験は? まぁ、無いだろうな……恥じる事は無い。それが普通だ。いいか……一つ、人殺しの先輩としてアドバイスしてやる。相手を殺す時に、絶対に躊躇うな……そこで躊躇うような奴は、この世界では長生きは出来ん。それにお前たちは、候補生とはいえ騎士である。俺はお前たちに、皇女殿下の護衛の任を与えたはずだ。つまり、己の死はすなわち皇女殿下の死に繋がると知れ。騎士としての任務と本分を果たす為に、必ずや生き残れ」
カールとライザの顔は既に蒼白である。特にカールの膝は小刻みに揺れ、顔中から多量の汗が吹き出している。
「クラウス、初陣の時はどうだった? 俺の時は、最初の一人を倒した時に頭が真っ白になりかけてな……その時にベテランの剣士に声を掛けて貰わなかったら、命を落としていたかもしれなかったかもな……」
あれは忘れもしないアリュー村から、古都アンティルに向かう途中の出来事。あの時に、商隊の護衛隊長のエドガーに声を掛けられなかったら、一体どうなっていただろうか?
「俺の時は……隣にカイルが居た。あいつが居たから多分冷静になれたんだと思う。それに、師匠の厳しい訓練のおかげで意識しなくても自然と身体が動いたような気がした……」
クラウスは当時の事を思い出す。最初に人を斬ったのは迷宮の一層での事であった。相手は、初心者パーティを襲って金や装備を剥ぎ取るならず者たち……言わば迷宮の賊であった。
カイルと互いの死角を庇いあっている内に、シンとレオナが粗方片付けてしまっていたような気がする。
「初陣の時は、誰もが無我夢中で周りが見えなくなるもんだ。だからクラウス、お前が二人の分まで周りを見てフォローしてやるんだぞ」
クラウスから見れば、常に肝が据わり無敵にも思える師にも、そのような時があったのかと驚きつつも、二人の面倒を見る事を了承した。
シンはクラウスの目を見て頷くと、地図を広げ道の確認と掛かる日数及び、食料の計算をしている副使二人の方へと去って行った。
「ま、まさか、実戦とはな……ははっ、はははは……こりゃ、帰ったら自慢できるぞ……はは……」
そう軽口を叩くカールの膝はカクカクと笑っている。
それに比べ、ライザは目を瞑り神への祈りを捧げた後、目を見開き口を堅く結んで、ただの一言も言葉を発してはいない。
こりゃ、二人の緊張を解いて普段の実力を引き出すのは骨だぞと、クラウスは一人頭を抱えた。
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昨日ベランダのプランターに、大蒜を植えました。今植えて、収穫は来年の五月ごろ……今から楽しみで楽しみでなりません。収穫したらどうやって食べようか……薄くスライスして油で揚げて大蒜チップ、アルミホイルで包んでバター焼き……考えただけで涎がとまりませんね。




