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帝国の剣  作者: 0343
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大冒険の始まり



 使節団の出発の準備が整ったとの報を受けた皇帝は、いつになく落ち着かず宮殿内に設けてある創生教の祭壇へと向かい、交渉の成功と使節団の無事、とりわけ妹の無事を祈った。

 

 祈りの加護があったのか、使節団の出発はまごつくこともなく、すんなりといった。

 今回シンはゾルターンが抜けた穴埋めとして、実戦経験豊富なクラウスを同行させることにした。

 騎士養成学校の一生徒でもあるクラウスだけを贔屓すれば、クラウスにとって後々の災いと化す可能性を考慮して、全生徒の上位三名を随行させることにしたのだった。

 クラウスの成績は次席であり、これならば条件に合い、無用な誤解や嫉妬の原因とはならないだろう。

 主席はカール・ブランドルフ、子爵家の二男であるカールは品行方正、弱きを助け悪しきを挫く、正に騎士たらん人物で、貴族平民関わらず公平に接し、生徒たちからも人気が高い。

 弱点らしき弱点が見当たらない好漢だが、一つだけ挙げるとするならば、家や国の名誉にこだわり過ぎるところであろうか……事実、模擬戦では騎士として堂々と戦う事を旨とし、またそれに拘り過ぎてクラウスに後れを取り続けていた。

 次席のクラウスは、実技は間違いなく全生徒一であるが、やはり座学に於いてどうしても貴族の出自の者たちより後れを取ってしまう。

 取り分け苦手としているのは、国の成り立ちなどの歴史、宗教、そして礼儀作法であった。

 座学の中でも、算術は散々シンたちに鍛えられただけあって、成績は上の下をキープしている。

 また戦略や戦術などは、教官たちも舌を巻く程の優秀さを見せていた。それもそのはず、クラウスにはシンが自身の知る限りの兵法を教え込み、また実際に経験したこともつぶさに伝え、カイルや他のメンバーなどとも研究や意見交換などを密にしていたのだ。

 最後に選ばれたのはライザ・ヴェルノアという、貧乏士爵家出身の貴族令嬢であった。

 全生徒中数少ない女性生徒の中から、三位にまで登り詰めた実力は確かなものであり、男顔負けの精悍な性格から、雌獅子とあだ名されていた。

 本人はそれを気にもせず自然と受け入れたため、すっかり定着して雌獅子のライザと呼ばれるようになっていた。


 上気の三名を使節団の随行員に加え、更に影の頭領であるアンスガーと部下数名が加わり、使節団は総勢百十六名となった。

 わざわざ頭領であるアンスガーが加わったのは、腕の確かな者を一人でも多くヘンリエッテの護衛にとの、皇帝の配慮である。

 任務の一つに、要人警護も含まれている影……その頭領のアンスガーは、与えられた責務を全うすべく影の中でも手練れを揃えて参加している。

 とはいえ、影はまだ発足してからあまり時間が経っていない若い組織である。手練れと言っても、一騎当千とまではいかず、群を抜いた武勇を持つのは頭領のアンスガーのみであった。


「おう、三人とも来い」


 シンに呼ばれたクラウス、カール、ライザは、近衛騎士養成学校の教官でもあるシンの元へ、授業の時のように駆け足で駆けつける。


「お前たち三人は、俺の直接指揮下に入って貰う。俺はこの使節団の正使でもあるから、お前たちは正使直属と言う事になる。成績上位のお前たちには、様々な経験を積んでもらいたくて今回のような処置を取ったが、それとは別に、とある特別任務を課すことにする。それは、同行するヘンリエッテ皇女殿下の護衛だ。お前たちにはまだ知らせてはいなかったが、この使節団には皇女殿下が同行している」


 クラウスには事前に全てを話してある。だが、他の二人は突然与えられた情報と任務に、鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をして呆けてしまう。

 

「教官殿、あ、いえ……正使殿にお尋ねしますが、皇女殿下は先程我らに先んじて離宮へ、慰安と剣術の訓練のために赴かれたはずですが……」


 ヘンリエッテが慰安旅行に出るという話は、宮殿の内外に広く流布されていた。

 事実、先程使節団に先だって表門を出た一行は、ヘンリエッテ皇女の慰安旅行の一行であり、南東部にある離宮の一つをめざし街道を南下していた。


「あれは偽装だ。まぁ、複雑かつ様々な理由があって、皇女殿下は我々と行動を共にすることとなった。よって、お前たちは先程言ったように皇女殿下の護衛として傍に侍り、この責務を全うするように。特に、ライザ……お前は皇女殿下と同じ、女性である。四六時中傍に侍り、決して目を離さぬように」


 名指しで呼ばれたライザは、与えられた責任の重さに微かに震えながらも、背筋を伸ばし命令を復唱する。


「はっ、ライザ・ヴェルノア騎士候補生、皇女殿下の護衛任務、拝命致します!」


「さてと、堅苦しいのはここまでだ。俺は正使でもあるが、冒険者でもある。まぁ実質的な指揮権はレオナに預ける事になるが、俺には一冒険者として接してくれて構わん。だが、副使のヴァイツゼッカー子爵とラングカイト準男爵には礼を失しないようにな」


「はっ、肝に命じます!」


 三人を代表して、カールが一歩前に出て返事を返す。


 次にシンは、影の頭領であるアンスガーと協議する。


「久しぶりだな、アンスガー。影には主に斥候と連絡要員としての任に就いてもらう。勿論、事が起きた時には皇女殿下の護衛が一番だが、それでいいか?」


「はっ、シン殿、了解致しております。向こうにもわが手の者が随行しておりますので、何かありましたら連絡が来る手筈となっております。また、道中立ち寄る街や村にも先行して潜ませておりますれば、変事があればそちらからも連絡が来ましょう」


 シンは、相も変らぬアンスガーの手筈の良さを褒めた。斥候は影だけにやらせはせずに、使節団の護衛と碧き焔からも出す、言わば三つの目を以ってして警戒にあたることとした。

 次に副使であるヴァイツゼッカー子爵とラングカイト準男爵と、道中の確認をする。

 爵位こそ持たぬものの、職務上は正使として上司にあたるシンに、二人は十分な敬意を以ってして接した。

 特に、武芸優れたるラングカイトはシンを見るなり只者では無いと再確認することとなった。

 それとは別にヴァイツゼッカーも、皇帝の信任厚く、数々の優れた政策を打ち出すシンに深い敬意を抱いていた。


 大半をレオナに任せているとはいえ、綿密な打ち合わせはするにこしたことはないと、シンは碧き焔の面々にも細かく指示とその確認をした。

 碧き焔から出す斥候役は、経験豊富なハーベイ、そして耳と鼻が頼りになるマーヤ、さらに何故か貴賓であるはずのギギが、自らその役を買って出ていた。

 いくら耳と鼻が頼りになるとはいえ、マーヤは声を上げることが出来ない。そのため、シンはマーヤに銀製の笛を持たせていた。笛は首から下げられるように細かい鎖が通されており、それをシンから貰ったマーヤは、喜びを隠さずに周囲に見せびらかすかのように、常に首に掛けていたという。

 ギギは、まごうことなき戦士である。奥の方で誰かに守られていることなど、許容出来ようはずも無い。

 自ら率先して危険に飛び込み、困難を克服する生き方を今更変えられるはずも無く、斥候役を進んで引き受けたのであった。

 エリーとロラは、ヘンリエッテの護衛。レオナの補佐を、この手の経験豊富なハンクと、これから経験を更に積ませたいカイルに任せる。


 最後に、ヘンリエッテとその侍女たちのところへ行き、旅の間の注意事項などを説明する。

 大冒険に興奮を隠そうともせずはしゃぐヘンリエッテと、それとは正反対に望まぬ冒険に意気消沈の侍女たちの温度差は凄まじい。

 そんな不満気な彼女たちも、ヘンリエッテが久しぶりに見せる心からの笑顔を見てしまっては、それに逆らう事も出来ず、かえって主を守り通そうと心中に密かな闘志を燃やし始めていた。

 

 かくして使節団は帝都表門を抜け、神々の屋根と呼ばれる大山脈の麓にあるという、ゴブリン族の国を目指して街道を西へと進みだしたのであった。

感想、評価、ブックマーク、本当にありがとうございます! 大変励みになります。


先程、ベランダで洗濯物を干している数分間の間に、八カ所も蚊に刺されて殺意の波動に目覚めました。

明日、仕事帰りに蚊取り線香を買って来て、じわじわと煙責めにしてくれるわ! 絶対に許さんぞ……

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