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帝国の剣  作者: 0343
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北方辺境領チューク村

 地面に薄っすらと霜が立ち、本格的な冬の訪れを感じさせる。

 吐く息は白く、時折吹く木枯らしは容赦なく体温を奪っていく。

 シンは今、北方辺境領に居た。

 シンの陽動に引っかかった騎士たちは大半が東へと向かい、他の方向へ向かった少数の騎士たちは効果的な包囲網を敷くことも出来ずにいた。

 関所は封鎖したものの、そもそも街道を通らなければ関所には引っかからない。

 シンが古都アンティルを出奔してから二ヶ月程で追跡は中止された。

 東方辺境伯は騎士たちの不手際に怒りを隠さず、事あるごとに騎士たちの不甲斐なさを詰ったので、嫌気を差して主家を退転するものが続出した。

 シンの所属部隊の隊長であったスタルフォンもそのうちの一人である。


 北方辺境領に入ってから村を二つほど発見したが村は廃村となっていた。

 賊に襲われた痕が生々しく残っており、疫病やアンデッドモンスターの発生を防ぐため遺体は埋葬されていたが、焼かれた家屋や、打ち破られた扉などが激しい略奪と殺戮を物語っていた。

 井戸も長いこと使われておらず、淀んでいて使い物にならない。

 食料と水の当てが外れ、シンは苦しい旅を続ける。

 人が居なくなったことで野生動物が繁栄しているのか、かなりの多くの種類の動物の姿を見ることができた。

 頻繁に襲ってくるオオカミなどの肉を焼いて食べるが、オオカミの肉はこれでもかというくらいスジ切りをしてやっと噛み切ることが出来るほどに硬く、不味かった。

 寒さを和らげるため毛皮が欲しかったがなめし方がわからず、惜しいと思いつつも捨てるしかなかった。


 シンは思う、一年も経たずにこんなにも変化した生活、それに適応した自分は本当の自分なのかと。

 元の身体から移植されたのはほぼ右脳だけ、佐竹 真一がこの身体を占める割合は極僅か……それでも佐竹 真一なのだろうか?

 普通の高校生が多少優れた身体に移り変わって少し訓練しただけで魔物やザギルのような手練れと戦えるだろうか? それに考え方や性格も前とはかなり違ってきている気がするのだ。

 移植手術後の説明で、この身体は器だと言っていたが入れ物が変われば中を満たす精神も形をかえてしまうのだろうか?

 いくら考えようと明確な答えなど出ようはずもなかった。

 ただ改めて思ったことは、もうシンとして生きる他に道は無いこと、今の自分自身を受け入れなければならないこと、それらが出来ないならば近いうちに死ぬしかないことであった。

 迷うな、今の俺が精一杯生きる……ただそれでいい。

 逆に考えれば、地球に居たならばこんな濃密な生き方を味わうことはないだろう。

 これはこれで楽しいではないか、常に真剣勝負の世界、些細な失敗も命とりの厳しい世界ではあるが、己の力を高め試すには絶好の世界でもある。

 自分は何をして、何を成すのか……まだ見えぬ人生の道のりを考えながら旅を続ける。



---


 肉を斬り骨を断つ音が街道に響く、倒れた身体から流れる血は微かに湯気を放ち鉄錆の匂いを辺りに撒き散らす。

 シンを囲んだ男たちは仲間がただの一振りで真っ二つにされたのを見て、激しく狼狽する。


「失せろ、死にたいのなら掛かって来い」


 男たちに鋭い視線を向けながら魔剣、死の旋風に付いた血を振り払う。

 その鋭い音を聞いた男たちは我先にと背を向けて逃げ出して行った。


 街道に出てから頻繁に賊に襲われるようになった。賊が張っていると言う事は人の行き来があると言う事。

 先に人の住む村か街があると見たシンは期待に胸を膨らませ足を速める。

 やがて厚い城壁に守られた城塞都市ガモフィスに辿り着く。

 シンが閉ざされた大門に近づくと足元に一本の矢が突き刺さる。

 城壁の上から射られたのだろう、この距離で直接命中させないのは警告のつもりのようだった。


「そこの者、それ以上近づくことは許さん! 何者でこのガモフィスに何用であるか?」


 逆光でシルエットしか見えないが、声は若い男のようだ。


「俺はシン、傭兵だ。水と食料が欲しい。入れてくれるなら宿も取りたい、金なら持っている」


「怪しい奴を軽々しく中に入れるわけにはいかない、食料はこちらも余裕はないので売れない。立ち去るがよい」


「わかった、一つだけ教えてほしい。チューク村は知っているか?」


「…………チューク村に何の用だ?」


「戦友がチューク村の出身で遺髪を届けたい、よければ場所を教えて欲しい」


「チューク村は賊に襲われ廃村になった、行っても誰も居ないぞ」


「構わない、村の墓地に遺髪を埋葬したい。知っているなら教えてほしい」


「……この街の西門から続く街道を三日ほど進んだ所にチューク村はある」


「ありがとう、感謝する」


 シンは踵を返すと城壁から離れ、西門の方へ向かい西門から伸びる街道を歩きだす。

 補給が出来なかったのは残念だが、チューク村の正確な場所を聞けたのは思わぬ収穫であった。


 水が乏しい、魔法で大気中の水分を集め水を作ることが出来るがマナの消費が大きい。

 いざというときのためにマナはあまり使いたくないが、そうも言ってられない……自分はいつも水で苦労している気がすると思わず苦笑する。



--- 


「ここがチューク村か……着いたぜ、シオン」


 チューク村に着いたのは三日後の夜更けであった。

 時折聞こえる風の音の他は何も聞こえず静寂に支配されていた。

 シンは目にマナを流す、するとアイスブルーの瞳が真紅に変わり爛々と輝きだした。

 目にマナを流すことでより遠くが見え、夜も僅かな光源で昼のようにとは行かないまでも不自由なく動ける程度には見えるようになる。

 村に魔獣の類が潜んでいる可能性も考慮して用心に用心を重ね、ブーストの魔法を使用しながら村に入る。

 村の中央の広場に行くと、村全体に変化が訪れた。

 廃屋の中から、あるいは地面から、さらには空中から無数の半透明の人間……ゴーストが現れたのだ。

 流石にこれにはシンも驚き、微かに足が震えた。

 逃げ出さなかったのは、なぜかわかるのだが敵意が感じられないことと、シンを待っていた気がしたからであった。

 無数のゴーストに囲まれて戸惑っていると、一人の子供のゴーストがシンの胸を指差した。

 シンはハッとしてシオンの遺髪を懐から取り出す。


「俺はシン、シオンの戦友だ。遺髪を届けに来た、シオンの家族のとこに一緒に埋めてやりたいのだが……」


 子供のゴーストに話しかけると、ゴーストはある方向を指差した。


「あっちか、あっちにシオンの家族が居るんだな、感謝する」


 村はずれにたくさんの簡素な墓があった。

 シオンしか生き残らなかったと聞いていた、これを全部シオンが村人たちを埋葬したのだろうか?

 穴が浅かったせいか、動物に穿り返された墓もかなりある。

 シオンがやったんだな、これを全部……

 十四歳の少女が一人で村人たちの墓をどんな思いで作ったのか、考えるだけで胸が苦しくなる。

 墓場の中心に淡く輝く半透明の靄のような物が漂う。

 シンはまるでそこに導かれるように足を運んだ。


「シオンのご家族の方か、シオンの遺髪をお届けに参りました。シオンは立派に戦い、見事仇を取って最後を遂げました。シオンを守ることが出来ず、申し訳ありませんでした」


 遺髪をシオンの家族の墓と思われる横に深く穴を掘り埋める。

 バックパックからシオンが父の形見の品だと言っていたショートソードを取出し、墓標代わりに突き刺すと地面から淡い光が立ち上り、それはやがて薄っすらとシオンの形を成していく。

 シンは茫然とそれを見つめ、そして不意に涙が流れ出す。


「シオン、すまない。もっとお前と話し、もっとお前と一緒にいたかった。俺がしっかりしていれば……失ってからお前の大切さに気付くなんて……すまない、シオン」


 これからの二人だった……その先に育まれたのは友情なのか愛情なのかはわからない。

 もっとわかりあっていれば、あの時こうすれば……後悔はどの世界でもいつの時代であっても先に立たない。

 シオンの形をした淡い光がそっとシンを包み込む、少しだけ冷やりとした感覚を受けたが嫌では無い。

 シオンの声が聞こえた気がする、いやシンには確かに聞こえたのだ……


---


 数日かけて村人たちの荒らされた墓を直し、村を後にする。

 来た時と同じく夜更けに村を出たが、村にはゴーストは現れなかった。

 少し歩いた後、村を振り返ると無数の光が天に昇って行く。

 それを見て、胸の中で村人たちがそれぞれ信仰している神の元へ迷わず行けるように祈った。


「シオン、もう迷わないよ……俺はどんなであろうと俺だ。俺はシン、全力でこの世界を生き抜いて楽しむ者だ」


 シンの目が紅く、爛々と輝く。

 まるで時が止まったかのような静寂の中、一歩一歩力強い足取りで西を目指して行くのであった。












東から北へそして西へ

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