婚姻の申し出の行方は……
「いっそのこと、婚姻を結ぶ振りをして竜殺しを我が国に呼んで捕え、魔法剣の全てを聞き出すと言うのはどうか?」
「それは下策中の下策。そのような振る舞いをしたが最後、今後我が国と盟を結ぶ者は居なくなるであろうよ」
朝から始まった会議は、昼を過ぎ夜へと差し掛かっても、終わる気配を見せない。
婚姻によって帝国がエックハルト王国に要求してきたのは一つだけ……相互不可侵のみである。
攻守同盟を結ぶと言うのならば、ホダイン三世や重臣たちもこれ程までに悩まずに済んだのだが、魔法剣の事といい、あまりにもエックハルト王国に有利過ぎる条件に、帝国の真意をはかりかねていたのであった。
だが、それらを差し置いても魔法剣の技術は欲しい。エックハルト王国が何度も煮え湯を飲まされ続けて来た暴将ザギル・ゴジンを討った事といい、城塞都市カーンでの活躍、また近隣諸国に武名を鳴り響かせていたゲルデルン公爵を討ち、さらには二つ名の由来ともなった竜を倒し、ルーアルトの剣聖である銀獅子をも一騎打ちで討ち取った。
これらシンの数々の武勲の種は、この魔法剣にあると王も重臣たちも見ていたのだ。
このままでは帝国との間に、大きな軍事的技術の差が生まれるかもしれないと、危惧を抱き始めていた矢先に、この申し出である。
本来ならば喜んで飛びつくところだが、古来より美味しい話には裏があるというものである。
こと、国家の一事ともなれば、慎重に慎重を重ねるべきであり、容易に結論を出すべきではないと一同考えていた。
「帝国の真意は不明ではあるが、ここでにべもなく断れば魔法剣の技術は得られず、また、帝国との関係も悪化し国境に多数の兵力を配さねばならなくなるだろう」
エックハルト王国は現在、隣国のルーアルト王国とソシエテ王国の二国と戦争中である。
現在、それぞれの国境は落ち着いてはいるものの、国境沿いの城塞などに多数の兵を常駐させている。
そこへ更に帝国に対する備えまで加わるとなると、兵力、財政ともに大きな負担を強いられることとなる。
もし仮に、帝国との婚姻により相互不可侵の盟が結ばれれば、備えは最低限に抑えられいま現在よりも、幾らかは兵、財ともに余裕が出来る。
「余としてはこの話、受けても良いと思うておる。矢張り何と申しても、魔法剣の技術は欲しい。例え竜殺しの指導を受けたとして、我が国に魔法剣の使い手が現れずとも、指導を受ける事によってその秘密や、弱点や欠点などを暴き出せるやも知れないと考えれば、次期王妃の座をくれてやっても良いと思っておる」
重臣たちの一部、経済や兵站を担当している者たちの顔に、安堵の色が浮かび上がる。
他の者たちも、さすがは武門の国柄とも言うべきか、こと軍事に関する事になると実に冷静に実利を計算し出す。
「王よ、帝国の条件は相互不可侵のみでありましょうか?」
「うむ、使者はそう申している。余も最初は聞き間違いかと思い問い質し、さらに念を押したところ、親書に書かれているのみならず、使者の口からも相互不可侵のみであると……」
重臣たちが首を傾げる中、宰相が今一つ押しが弱く、確証が持てぬがと前置きをしてから自身の見解を述べた。
「先年、帝国はルーアルトに攻め入られ、その前後最中ともども相次ぐ反乱に悩まされております。もし仮に我が国と帝国が誼を結ぶとなれば、我が国をより一層警戒せざるを得ず、ルーアルトは最早帝国にちょっかいを出すどころでは無くなります。またソシエテについても同様。さらには、帝国の属国であるラ・ロシュエル王国が昨今近隣を侵し版図を広げ、帝国に反旗を翻し独立するのではないかという噂が流れておりまして……」
「その噂は余も聞いた。噂の出所は創生教であろう。それと先日、寄進をせびりに来た坊主どもが、何れ事があった際には創生教の総本山に味方するよう暗に求めて来おったわ」
吐き捨てるように呟くホダイン三世に、同じように嫌悪感を示す重臣も多い。
ホダイン三世はエックハルト王国の大多数の者と同じく、力信教徒である。
力信教の主神は、創生教の主神であるハルの従神であるがために、彼ら創生教は常に上からの目線で申し付けて来るのが癇に障って仕方がなかった。
「事と言うと、噂の聖戦の事ですかな?」
聖戦という言葉が出ると、うんざりとした倦怠感を伴った溜息の音が、そこらかしこから漏れ始める。
聖戦を大義名分として攻めよと創生教の総本山は言うだけで、兵も資金も兵糧も全部自分たちで用立てねばならず、彼らは決してそれらの支援をしないだろう。
さらには、帝国を倒したとしても、その領土の配分で揉めるのは目に見えており、結果、今以上の泥沼にはまる可能性が大である。
「ふん。我が国が大人しく奴らの手足となって働くと本気で思っているのやら……我が国の大多数は力信教徒ですぞ」
「だが、創生教徒も三割近くおる。その数は無視できまい」
「しかし本当に聖戦など起こすつもりなのだろうか? だとすれば時期があまりにも悪かろうて。我が国とルーアルトは最早仇敵と言っても良い間柄……いくら聖戦だのと申しても、そう易々と手に手を取るわけには行きますまい」
その一言が、俊英と名高いホダイン三世に閃きを与えた。
「そうか、読めたぞ! 帝国の小僧め、ラ・ロシュエルと雌雄を決するつもりだな! いや、ラ・ロシュエルだけでなく、創生教の総本山ともか!」
ホダイン三世が突然立ち上がり叫ぶのを、宰相、重臣共々驚きの目をもって注視する。
「王よ、その深慮遠謀を我らにもお聞かせ願いたく……」
「わからぬか? 帝国は近いうちに聖戦は起き、その的にされると踏んでおるのだ。その聖戦に参加する国は考えられる限りで五つ。総本山のあるラ・ロシュエル、ルーアルト、ハーベイ、ソシエテ、そして我がエックハルトだ。この内、我が国が聖戦のおりに動かなければどうなる?」
あっ、と言う声が重臣たちの口から飛び出す。
「なるほど……帝国め、考えましたな。我が国が動かなければ、ルーアルト、ソシエテも動けますまい。すると帝国の小僧は、残るラ・ロシュエルとハーベイだけならば聖戦に勝てると……」
その通りだとホダイン三世は頷く。なるほど、なるほど、魔法剣の技術という切り札を切って来たのもこれならば頷ける。
どうする? 真意が見えたところで、敢えて餌に喰らいつくべきか否か……
「ふん、随分と大きな賭けに出たな……ここで我らとがっちりと攻守同盟を結んでしまっては、ラ・ロシュエルが怖気づいて聖戦を起こさぬと踏んだのか……まぁ、良い。小僧の策に乗ってやるとするか……帝国が力を付けるのは癪ではあるが、今の堕落した創生教総本山が勢いづいては、百害あるのみで一利も無い。我が国はただ何もせずにいるだけで、巨利が転がり込んでくるとするならば、そうするまでのことよ」
これはホダイン三世の買い被り過ぎであり、帝国としては攻守同盟が結べるならそれに越したことはなく、また、聖戦も起きぬならばそれはそれで重畳であると考えていたのだが、そこまではいくら俊英と名高いホダイン三世にもわかりかねることであった。
しかし……とホダイン三世は思う。帝国の皇帝であるヴィルヘルム七世は確か二十を越えたばかりの若者。自分の息子はそれより五つ、六つ年下なだけ……資質は悪くは無いが、息子が二十歳になった時に、このような大胆な駆け引きが出来るだろうかと心配にはなる。
万が一、今後帝国が隆盛を極めるような事になっても、帝国の皇女を妃とするならば、帝国も容易に我が国に手出しは出来ぬかもしれぬとも考えての決断でもあった。
「皆も異論は無かろうな? 我が国は、くだらぬ聖戦にはのらりくらりと躱して加わらぬ。その見返りとして、魔法剣の全てを伝授してもらおうではないか……」
早速ホダイン三世は、この婚姻の申し出に臣民一同、乗り気である旨を使者に伝え、返書をしたためて使者へと託した。
使者は懇ろにもてなされた後、丁重に送り出され、この吉報をいち早く皇帝へ届けんとして帰路を急いだ。
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お盆休み、あっという間に終わってしまった……
 




