久しぶりの帰宅……
講義を終えたシンたちは、校長室に寄って校長のハーゼ前伯爵に挨拶をしてから学校を後にした。
ゾルターンはそのままハーゼ伯爵邸に厄介になると言うのでその場で別れ、シンたちは夕闇の迫る帝都を自分たちの夕飯を買いながら自宅へと急いだ。
「二人ともすまなかったな、長々とつき合わせてしまって」
シンの謝罪に、ギギとハーベイの二人は首を振った。
「いや俺は、結構楽しかったぜ。実はあの戦争のとき、俺たちはまだ迷宮に潜ってたから良く知らなかったんだよ。それにしてもそんなことになっていたとはなぁ……」
「コノ国ノ他ニモ、強大ナ国ガアルノガワカッタ」
三人で会話を楽しみながら歩いて行くと、無駄に庭の広い我が家が見えてくる。
「家ってのは不思議だな……殆ど留守にしているのに、帰ってくると妙に安心する。直ぐに二人の部屋も用意するからな。空き部屋はまだいっぱいあるんだ」
門を開け潜り、玄関の扉を開けると執事のオイゲンとその後ろに見た事のない美少女が立っていた。
「ただいま戻った。オイゲン、留守番ご苦労様。俺たちの居ない間に、何か変わった事とかはあったか?」
「お帰りなさいませ、お館様。お館様の留守中に、特に変わった事はございませんでした。お館様の留守中の収支報告を後ほどさせて頂きたいのですが、少しばかりお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「うん、わかった。それとすまないが、後ろの二人もこの屋敷にしばらく逗留することになったので、部屋の用意を頼む」
「はい、存じております。ギギ様とハーベイ様のお部屋は、すでにご用意致しております。お館様、御夕食の方は如何致しますか? 皆さま方、食堂で御待ちの御様子ですが……」
「おお、手際が良いな。先に帰って来た者から聞いたのか……夕食は食べる。食材が足りぬかと思って、色々と買ってきてしまったが……」
そう言って、買ってきてしまった食材を見せる。
「それはそれは……では、足が早い物は直ぐに使い、それ以外の物は明日以降にまわすという事でよろしゅうございますか?」
頼むといって食材の入った袋をオイゲンに手渡す。
それにしても、このオイゲンの後ろに控える美少女はいったい……
「お帰りなさいませ、お館様」
高く澄みきった優しげな声を聞いて、やっと目の前に居る美少女がハイデマリーであることを知ったシンは、驚いてハイデマリーの名を大声で叫んでしまう。
「は、ははっは、はいー!」
その声に驚いたハイデマリーは、飛び上がらんばかりに驚き、直立不動のまま固まってしまう。
「ハイデマリー、凄く背が伸びたな! それになんだか……」
その先の言葉を、シンは慌てて飲み込んだ。
我が子に与える母乳も出ない程に痩せ細っていた身体は、今や全身にバランスよく肉が付き、青白かった顔色も、健康的な朱が差している。
軽いウェーブの掛かった髪は綺麗に切りそろえて纏め上げてあり、出るとこは出て、引き締まる所は引き締まっている身体のラインが、給仕服によってこれでもかと劣情を誘う。
一児の母であるという事実も、同じようなこの年頃の少女には無い色香を与えており、それにあてられてしまったシンは、無意識の内に生唾を飲み込んでしまう。
「は、ハイデマリー……ろ、ローザは元気か?」
シンの心臓が戦の時のように早鐘を打つ。それが劣情によるものなのか、動揺によるものなのかはわからない。
取り敢えず平静を装うが、発した声は上ずり、背中にびっしりと熱い汗が滲み出て来る。
「はい、ローザもおかげさまで二歳になりました。お館様、親子共々命を救って頂き本当にありがとうございました」
深々と頭を下げたハイデマリーのつむじやうなじに、シンの視線が釘付けとなる。
拳を強く握って自制心を取り戻したシンは、礼には及ばない。早くローザに会いたいと言って、その場を逃げるように後にした。
――――溜まっているのかなぁ……旅の間や戦いの時には、そう言った感情が一切起きないんだが、これはやっぱり精神的に安心しているからって事なんだろうな……
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装備や荷物を置いて食堂に向かうと、食堂には既にシンたち三人集まっていたを除く全員が集まっていた。
「師匠、お帰り。それにしても師匠、遅いよ……俺は腹が減って死にそうだよ……」
「おい、クラウスよぉ……もう少し何かあるだろ? 久しぶりに顔を合わせるんだぜ? もっとこう感動の対面とか……まぁ、お前らしいや。元気そうでなによりだ。それに腹が減って死にそうってのには同意だ。早速飯にしよう」
オイゲンとその妻でこの屋敷の給仕長を務めるイルザ、そしてハイデマリーとそれを手伝うレオナとエリーによって、次々に料理と酒が運ばれてくる。
それぞれが祈りの言葉を唱えると、一斉に料理に酒にと手が伸びていく。
冒険者たちの食欲は凄まじい。次々に空になっていく皿と酒杯に、いつものことながら使用人たちは目を見開いて驚く。
食事中は言葉少なく黙々と目の前の料理を平らげ、全ての料理を胃に収めた後でシンたちは食後の酒を楽しみながら会話を楽しんでいた。
「いや~ハイデマリーの成長っぷりには驚いたな。身長がニ十センチは伸びているんじゃないか?」
「私もびっくりしました。ローザもすっかり大きくなって、もう立って歩き回るそうですよ。目を離すと直ぐに何処かへ行ってしまって大騒ぎになるとか……大抵は、山羊の所に行ってお乳にかぶりついているそうですけど」
あの死に掛けていた赤ん坊が無事にすくすくと育っているのを知り、シンはホッとする。
「そういえば買い物はどうだった? お金の価値と使い方はわかったか?」
そうマーヤに問いかけると、マーヤは席を立って自室に戻り、一枚の萌黄色に染められたワンピースを持って来た。
それを体に当ててシンへと見せびらかす。
「いい色合いだな。マーヤの髪の色にも合っているし、良く似合っているぜ」
そう言われたマーヤは、顔を真っ赤にして持っていたワンピースで顔を隠してしまう。
その後も、仲間たちと様々な事を語り合う。この時間が、今のシンにとっては何にも代えがたい貴重な時間であった。
「クラウス、そういや姫さんはどうなった? まだ訓練が続いているのか?」
「それが師匠、聞いてくれよ! ヘンリエッタは兎も角として、筆頭侍女のエマやその他の侍女までが訓練に参加してきてえらいことになっているんだ。師匠、助けてくれよ」
帝国の皇女を呼び捨てにするのは不敬極まりないが、何故かクラウスがそれをやっても不敬とは思わずに、何となく許されてしまう。そんな不思議な感じが、クラウスの魅力の一つかもしれない。
「近衛騎士になったら貴人と接する機会も増えるし、今の内に慣れることが出来ていいじゃないか。それに、何れは部下を育てる事にもなるだろうし、その練習だと思えよ……それにしてもエマか……結構色んな所で聞く名前だな。力信教の姫巫女、マーヤの保護者の名前もエマだし……」
すげなくあしらわれたクラウスは、ヤケ酒とばかりに酒杯を傾け胃にエールを流し込んでいく。
「ああ、シン様は異国の出なのでご存じないのですね。エマという名前が帝国の子女に多いのは、正にその姫巫女様のお名前だからですよ。かつて昔に姫巫女様にあやかって、産れた女の子にエマと名付けるのが流行りまして、それが今でも続いているのです。そのうちシン様の名前も同じように、これから産れて来る子供たちに付けられるのかも知れませんね」
レオナの話を聞いて、シンは顔面を真っ青にする。
――――ちょっと待て、冗談じゃないぞ! だいたい、帝国の名前はドイツ風の名前が多い。そんな中でシンなんて名付けられたら周りから浮くぞ……おいおい、勘弁してくれよ……
シンの嘆きも虚しく、後の時代でシンという名前は、各村や街に最低でも一人は居るようなスタンダードな名前になってしまうのであった。
まだドラクエの封は破ってないよ……お盆休みにやろうと思います。
ちなみに買ったのは3DS版です。理由は寝ころんでやれるから……




