得たもの、失ったもの
戦いは終わった。
戦場を吹く冷たい風が死臭を散らし寂寥感だけが残る。
討伐軍の死者、凡そ百八十人、重軽傷者多数、黒蛇騎士団の死者は百五十人あまりにのぼり事実上壊滅。
戦場を掃除し、無傷の兵六十人と騎士三名を当地周辺の治安維持に当て、残りの者は古都アンティルに帰還する。
シオンも他の戦死者と共に埋葬された。
シンは泣かなかった、正確には泣けなかった。
戦いによって高まり過ぎた緊張感と大切な者を失った喪失感が心の中で綯い交ぜになっており、自分の心の状態を掴みきれていなかったのだ。
シンは黙々と埋葬を手伝い、それが終わるとアンティルへの帰路についた。
シンは戦利品として、ザギル・ゴジンの魔剣、グレートソードの、死の旋風を手に入れる。
ザギルを討ち取ったのはシンであるため、自分の物にしても誰も文句は無い。
魔槍ブラッディー・ブリーズを失ったこともあり、遠慮なく頂き自分で使うことにした。
死の旋風は刃渡り百三十センチ、柄の長さ五十センチもあり、重さも五キロあり振り回すにはブーストの魔法を使いながらでないとすぐにスタミナ切れになる、癖の強い武器であった。
この武器の驚くべき特徴はその強度にあった。ザギルがあれだけ乱暴に扱っても傷一つ付いていない、切れ味も鋭く、欠点は馬鹿みたいに大きく重いという事だけであった。
シンは少し斜めに背に担ぎ紐で身体に固定した。この馬鹿でかい剣に鞘などはない、常に剥き身である。
討伐軍は粛々と帰路に着く、戦死者と負傷者の多さから敵の精鋭騎士団を破った割には喜びの色は薄い。
行きに街道沿いの賊は粗方掃討したので帰路で賊に遭遇することはなかった。
討伐軍が行きよりも二日程多くの時を費やし木枯らしが吹く中、古都アンティルに帰還した。
先触れが戦果だけを報告しており、帰還する討伐軍を民衆が歓喜の声で迎え入れる。
しかし戦死者の多さを知り、多数の負傷者を目の当たりにすると歓声の声が怨嗟の声に変わる。
領主が戦力を出し惜しんだ、傭兵だから使い捨てにしたなどという噂が民衆たちに流れ始めた。
民衆の噂は正鵠を射ていた。
戦力を出し惜しみ使い捨ての傭兵を主力としたのは事実であった。
東方辺境伯モーリッツ・ブラントは噂の揉み消しに一つの策を弄する。
英雄を作り民衆の目をそちらに向ける、つまり黒蛇騎士団団長ザギル・ゴジンを討ったシンなる者を英雄に仕立て上げる。
さらには臣下にして自分の名声を高める道具にすれば正に一石二鳥であると。
シンはまた森の恵み亭に部屋を借り、鍛冶屋グラッデン・ハンマーへ足を運ぶ。
魔槍を失ったことを詫びた。グラッデンは戦いの話を聞き驚き、逆に武器の不出来を詫びた。
黒鉄鉱製のナイフを研いでもらい店を後にして戻ると、森の恵み亭に馬車が止まっている。
シンが気にせず部屋に戻ろうとすると馬車から騎士が降りてきて呼び止められる。
「貴公が黒蛇騎士団団長ザギル・ゴジンを討ち取ったシン殿であらせられるか?」
シンは振り返りそうだと短く答えると、騎士に僅かだが顔に不満の色がでる。
「東方辺境伯モーリッツ・ブラント様は貴公の今回の手柄を特別に表彰してくださる。さらには貴公に騎士の位を授与すると格別の褒章をもって報いるおつもりである。謹んでお受けせよ」
シンは心底うんざりした。傭兵としての賃金とザギルを討ち取った褒章金の金貨5枚はもう受け取っている。
騎士になるつもりもなければ、辺境伯に仕える気もない。
それにシンは次にやるべきことをもう決めていた、この地に縛られては次の目的が果たせない。
元々日本人であるシンには身分制度自体がピンとこない。
上から恩着せがましく押し付けてくるのも不快であった。
「謹んでお断りします。俺は誰にも使える気はないので、では失礼します」
シンが不快感をなるべく表に出さないように短く返答して部屋に戻ろうとすると、辺境伯の使いの騎士は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「貴様! 傭兵風情の分際で伯爵様の格別の温情を断るとは何事か! 無礼極まりない、手討ちにされたいのか!」
シンは呆れて大きくため息をつく、その行為がさらに騎士を激昂させた。
「その態度、騎士に対する礼もわきまえておらんのか! 所詮は傭兵のゴロツキよな! 再び問う、伯爵様の温情を賜り忠節を尽くすか、ここで斬られるか選ぶがよい!」
「何度言われようと断る、お帰り願おう」
「き、貴様~! 慈悲で機会を与えてやれば調子に乗り折って! 無礼討ちに致す、死ねぃ!」
激昂した騎士が抜剣した瞬間、シンは懐深く飛び込み背負い投げの要領で宿の外に投げ飛ばす。
宿の階段を駆け上がり、荷物と死の旋風を背負うと下に降り宿の主人に詫びた。
宿のまわりには人だかりが出来ており、騎士の馬鹿でかい声は外に筒抜けで民衆たちは騎士の行為に呆れ、シンを応援する。
足をふらつかせながら起き上りかけていた騎士の顔に蹴りを入れ地面に倒れて貰うと、周りからわっと歓声が起こる。
シンは道を開けて通してもらい東門へ急ぎ足で向かう。
面子を潰された貴族が黙っているわけがない。
準備不足で食料などが乏しかったが、街を急いで出て行方を晦ましチューク村へ向かうことを決め、追っ手を警戒して街道を外れ北を目指して行った。
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「なに?! 儂の誘いを断っただけでなく儂の騎士に狼藉を働いただと!」
東方辺境伯モーリッツ・ブラントは報告を聞き激昂した。
計画が潰されただけでなく顔に泥を塗られた伯爵は直ちに追っ手を手配するよう指示を飛ばす。
「生かして捕えよ、もう一度だけ慈悲の機会を与える。だがもし抵抗するなら斬って構わん、絶対に取り逃がすことだけは許さんぞ、行け!」
苦虫をすり潰したような顔で近くの物に八つ当たりをする。
許さんぞ、儂の面子を潰した報い必ず受けさせてやる。
計画をの変更が必要だな、取り敢えずは討伐軍の指揮官のコアントローを持ち上げて行くか……忌々しい奴だ、貴族に逆らうとは厳しく処罰せねば秩序が保てん。
生かして捕えた場合民衆の前で派手に殺さねばなるまいて……
追っ手の騎兵たちが街道をひた走る。途中でいくつかの集団に別れさらに数騎が関所を目指して走り去って行った。
街道から少し外れた木の影からシンは追っ手の様子を覗う。
予想通り……騎兵が追って来た、騎兵だけなら森の中を進めばいい。
森林オオカミや賊と出会う危険はあるが仕方がない。東から大きく迂回して北に向かおう。
誰にも北に行くことは話していない、俺が東から来たことはアリュー村などを調べたらわかるだろう。 これを逆手に取る、俺が東の国から来て、自分の国に逃げ帰ると思ってる追っ手を東側に集中させてから北へ抜けよう。
シンは薄暗い森の中へと足を進めて行った。
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後年、史書にこう記される。伯爵は己の器もわきまえず、英雄に首輪を付けようとするも手を噛み千切られると……
また討伐軍従軍やアンティル出奔は吟遊詩人の歌や劇にもなる。
民草を守るため賊を狩り、貴族に靡かぬシンの生き方は民衆に絶大なる人気を博した。
良くも悪くもこの一件はシンが初めて世に知られる切っ掛けとなるのであった。
ブラッディー・ブリーズ、役すると血のそよかぜ、中二病的に書くと、血の戦風
武器の名前とかが一番苦労しますね。