学校見学
近衛騎士養成学校に着いたシンたちは、入口でゾルターンと別れた。
ゾルターンは校長室に直行し、弟子であるハーゼ前伯爵と旧交を温めるのであろう。
一方のシンたちは、校庭へと向かった。
「ここが例の近衛騎士養成学校ってところか~凄いな、こりゃ」
ハーベイは感歎の溜息を漏らす。この施設を一目見れば、どれだけこの学校というものに対して、国が本気であるのかが窺い知れるというものであった。
「シン、シン、ココハナンダ? 何ヲスルトコロカ?」
ギギが持久走で校庭を、ぐるぐると周回している生徒たちを見て首を傾げていた。
「ああ、ここはそうだなぁ……わかりやすく言えば、ギギのような優秀な戦士を育成する場所かな……」
シンに優秀な戦士であると褒められ満更でもないギギではあったが、ここが訓練場であると知り驚愕する。
ゴブリン族も若手を鍛えるだろと聞かれ頷いたギギではあったが、訓練の為の施設などを作ることは無く、各村の広場や空き地などで毎朝戦士や若者たちが訓練するのが普通であった。
わざわざ訓練用の施設を拵えるとは、それだけ国に余裕があると言う事……もし自国で同じように訓練用の施設を作ろうと言っても、空き地などで十分であると言われるだろう。
「建物ハ、アノ建物ハ何ヲスルトコロ?」
ギギは大貴族の居館に匹敵するような巨大な校舎を見上げている。
「ああ、あれは校舎と言って、あの中で戦術などを教える所だよ」
「戦術?」
「う~ん、簡単に言えば集団戦闘の上手いやり方などを地図を見たりしながら教えるのさ」
「ナラ、コノ広い空地ヲ使エバ良イデハナイカ」
「まぁ百、二百ならそれでもいいんだが、一万、十万の兵をここでどうこうするのは無理だからな。やっぱり地図を使ったりしながら説明するしかないのさ」
万の兵を操る術を教えているのだと聞いたギギは、言葉を失ってしまった。
ギギはシンにここは王族を育てているのかと問う。その意味を図りかねたシンは、詳しい話をギギから聞くことにした。
「我ラノシキタリデハ、万余ノ軍ヲ率イル資格ヲ持ツノハ王族ノミダ。ツマリココハ、王族ヲ育テル場所ナノダロウ?」
なるほどとシンは思った。ゴブリン族は案外数が少ないのではないか、それとも兵権が王族に集中しているのかのどちらか……あるいは両方なのかもしれないと。
シンはギギに、ここは別に王族を育てているのではなく、ギギのように戦士でありながらも王族のように巧みに兵を動かす人材を育てる所であると教えると、自国との国力差もさることながら、考え方の大きな違いを感じたのか校舎を睨んだまま、低く唸り唇を噛みしめ立ち竦んでしまった。
自分は戦士として氏族に信頼されてはいるが、この話をしても簡単に信じては貰えないであろうことに、ギギは頭を悩ませていた。
ゴブリン族の氏族全ての力を結集しても、帝国には到底及ばない。どうすればこの国力差を氏族の者たちに伝える事が出来るのだろうか?
何としてもこの力の差を理解してもらい、帝国との対立を避けねばならない……
「シン、シン、知恵ヲ貸シテクレ……国ノ者タチ、氏族ノ者タチ頑固。ギギ、コノ国ト争ウ気ハナイ」
険しい表情で知恵を貸してほしいと頼まれたシンは、顎に手を添えて何かゴブリンたちにもわかりやすく伝える方法は無いものかと頭を捻る。
「そういや、前にギギは鉄製の武器を買い占めようとしていたな……ギギの国では鉄は貴重か?」
「鉄、アマリ取レナイ。ギギタチノ武器、青銅多イ」
シンは先程の青銅貨があるとギギが言っていたのを思い出していた。
鉄が貴重……これは何とかなるかもしれない。鉄は鉄でも、更に良質な黒鉄鉱製の武器などは、彼らも喉から手が出るほど欲しがるかもしれない。
「ギギ、俺は明日もう一度皇帝と会う事になっている。その時に色々と話して見ようと思う。なに、心配するな……俺を信じて任せてくれ。帝国にもギギたちにも悪いようにはしないさ……」
「シン、シン、感謝スル」
ギギはシンの手を取り深々と頭を下げた。
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「おい、あれは何だ? 魔物……亜人か?」
「おい、あれはゴブリンだぞ! だが、横に居るのは特別剣術指南殿ではないか? 何やらゴブリンと親しげに話しているようだが……」
教官たちを始め、生徒達もシンとゴブリン族のギギを見て驚きざわめいた。
警戒と好奇心、それらの混ざり合った幾つもの視線が二人に突き刺さる。
教官の一人が、事情を聴くべくシンたちの元へと走り寄って行く。
「シン殿、御無沙汰しております。今日は、どうなされましたか? 授業を受け持って下さるのであれば、大歓迎ですが……それと、そちらの御方は一体……」
「ああ、騒がせてしまったようで済まない。校長にはゾルターンが許可を貰ってくれているはずなんだが……」
「賢者殿もいらっしゃておられるのですか!」
賢者ゾルターンの名は帝国にあまねく広まっており、その賢者もこの学校に来ていると知った教官は、ただでさえ興奮気味の顔をさらに赤くした。
「それとこちらは、ゴブリンの国から来た使節で国賓である。くれぐれも無礼の無いように頼む。学校の案内をしていたところだが、どうも生徒たちの邪魔になってしまったようだな……すまない」
シンの傍らに立つゴブリンが国賓であると知った教官は、慌てて帝国式の敬礼をする。
それを遠目で見ていた他の教官や生徒たちは、その様子からあのゴブリンが只者では無いと知った。
直ぐに他の教官も走って駆けつけて来て、ギギに対し敬礼をし挨拶を述べていく。
校舎の中を案内しても良いかと聞くと、あっさりと許可が下りる。
ギギとハーベイを連れて校舎に入り、廊下を歩いていると教室から好奇の視線が投げかけられる。
「へぇ~中も広いんだなぁ……それに貴族の屋敷みたいに金が掛かっているぜ、こりゃすげぇや!」
廊下を歩きながらハーベイが校舎の見事な作りに感心している。
無論、ギギも教室から壁、天井から床までまるで舐めまわすように、それでいて忙しく視線を動かし観察していた、
「ん~ここがいいか。丁度戦術の講義をやっているみたいだし」
扉をノックして担当の教官を呼び、事情を説明すると教官は喜んで見学を許可した。
見学を許可するだけでなく、シンに是非講義をして貰いたいと頼み込んで来た。
「丁度、先に起こったスードニア戦役について講義していたところでありまして……先の戦いでご活躍されたシン殿の話を、生徒たちだけでなくわたくしにもお聞かせ願えませんでしょうか?」
シンは内心でしまったと思い逃げ出す隙を窺って見るが、ふと後ろを振り返るとギギとハーベイの期待の籠った目と目が合ってしまい、逃げ場を失ってしまう。
仕方なく引き受けて教室に入ると、シンの姿を見た生徒たちは戦の立役者本人から講義を受けられると知って、歓声を上げた。
シンに付き従うゴブリンが国賓であると伝えられると、生徒たちは一斉に立ち上がり敬礼をする。
この学校は、近衛騎士を育成しているだけのことはあって、この手の作法にも厳しく躾けられているのだ。
黒板に貼られた地図に指揮棒を這わせながら、シンは敵味方の戦略目的、そして当時の状況を説明する。
講義が始まると、先程までのはしゃぎようがまるで嘘のように静まり返り、生徒たちはシンの言葉を一言も聞き逃すまいと集中する。
「当時、わが国は正面にルーアルト王国軍、そして後背に造反した貴族軍を抱えている非情に厳しい状況に置かれていた……」
シンの講義を、ギギとハーベイも最前列に椅子を用意されてそれに座り黙って聞く。
シンはスードニア戦役のおける作戦の立案者でもあり、実行者でもある。また、奇襲部隊の指揮官としても活躍しており、教官としてこれ以上のものはない。
講義は時間一杯行われ、何とか要点をまとめて伝える事が出来たシンは、額に滲む汗を拭いながら安堵の溜息をついた。
講義が終わっても生徒たちは誰も教室を去らずに、シンに駆け寄ると質問攻めにする。
その質問をする者の中に、ギギとハーベイの姿があったのは言うまでもないだろう。
ドラクエ発売日に買ったのに、まだ封も開けてない……いつやれるのだろうか?




