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帝国の剣  作者: 0343
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ギギ、帝都に驚愕す



 碧き焔全員に渡された革の小袋の中身は、ぎっしりと詰められた金貨であった。

 マーヤは袋の隙間から覗く黄金色の鈍い輝きを放つ金貨を見て、綺麗だとは思ったがそれだけであった。

 幼いころに攫われて奴隷となっていたマーヤにとって、貨幣自体そのものが縁遠い存在であり、銀貨や銅貨は碧き焔に入ってから買い物などで目にしたことはあったが、金貨はこの時初めて目にしたのだった。

 マーヤの身に着けている武具を買う時に、金貨で支払ってはいるのだが、その時マーヤは武具の方に気を取られており、シンが取り出して支払った金貨を見てはいなかった。

 受け取ったこれは、一体どのような物でどうしたらよいのかわからない。他の皆はこれの価値がわかっているのに自分だけがわからない。

 マーヤは不意に訪れた疎外感に、奥歯をぎりりと噛みしめる。

 誰かに聞きたくても、マーヤは声帯を切られており声を出すことが出来ない。

 では、筆談ならどうか? 奴隷時代には一切その手の教育をされていないマーヤは、最近になってやっとシンたちに文字を教わっている状態であり、筆談出来るようになるにはまだまだ時間が掛かるだろう。

 この金貨をいったいどうすればよいのか……皇帝陛下から直接賜った物を、どう扱えば良いのだろうか?

 どうしたらよいかわからず、誰にも相談できない苛立ちと不安がマーヤに襲い掛かる。

 シンはその、マーヤから溢れるピリピリとした感情を敏感に察知した。

 過酷な戦いを共にした者たちが有する目に見えぬ何か……おそらくシン以外の者たちも何かしら感じているのではないだろうか?

 

 シンは旅の疲れが蓄積しているからと、皇帝の話を切り上げた。皇帝は一瞬不満そうな表情を浮かべたが、シンが明日も来ると言うとすぐさま相好を崩す。

 機嫌を直した皇帝の元を辞し、カイルとエリーを追い立てるようにして、半ば無理やりデートへと送り出したシンたちは、そのまま帝都見物へと洒落込んだ。

 ゾルターンも後で近衛騎士養成学校に顔を出すと言うと、弟子であるハーゼ前伯爵の顔を見に行くと言って付いてきた。

 ロラのエスコートをハンクに任せ、先ずはマーヤに何か不満があるのかと聞く。

 するとマーヤは、褒美の金貨が詰まった袋を懐から取出し、シンへと手渡そうとしてきた。


「おいおい、それはマーヤの物だぞ。自分の好きな物を買ったりしていいんだ。でも、全部は使うな。何かあった時の為に、半分は残しておけよ」


 シンがそう言っても、マーヤの顔には疑問符が浮かんだままであり、小難しい顔をして軽く首を傾げている。

 それを見てシンはピンと来るものがあった。これはかつてのクラウスと同じなのではないだろうかと。

 冒険者として迷宮に挑むべくレオナ、カイル、エリー、クラウスの四人とパーティを結成したときにも似たような事を経験していた。

 それは金に対する認識や運用するための知識の差であった。

 曲がりなりにも貴族令嬢であり帝都で近衛騎士をしていたレオナの金の価値観などは、シンと左程変わらなかった。それは商家の娘であったエリーも同様だったが、僻地の寒村の出身で猟師の息子であったカイルは、村の中だと大抵の場合物々交換で済ましていたために、金に対する考え方や使い方が人よりも若干のズレがあった。

 そして同じく寒村の出身で貧農の末っ子だったクラウスは、成人するまで銅貨一枚すら手にしたことが無かったという。

 銅貨が何枚で銀貨に相当するか、また黒パン一斤のおおよその価値など金に関する知識が殆ど無く、これを教えるのに相当苦労をした経験があったのだった。

 おそらく奴隷であったマーヤも貨幣に関する知識は無いのではないかと思ったシンは、少し予定を変更して買い物をしながら金の使い方を教える事にする。


「マーヤは今まで金を使って物を買った事はあるか?」


 ぶんぶんと激しく首を振るマーヤ。買い物に着いて行ったことは何度もあるが、会計するのはいつもエリーを始めとして他の者であった。


「そうか、じゃあギギとロラの帝都観光を兼ねて金の使い方を教えるからな」


 そう言ってシンはマーヤの頭を撫で、手に持っている金貨の詰まった小袋を懐に収めさせた。


「なぁギギ、ギギの国には貨幣はあるのか?」


 そう聞かれたギギは、あると胸を張って答える。


「シンタチト変ワラナイ。ダガ、青銅貨トイウノガアル」


 なるほどとシンは納得した。おそらく日本円の五円や五十円、五百円玉みたいな物なのだろう。

 

「そんじゃ、小腹も空いた事だし屋台の多い市場の方へ行くとするか。でも先ずは両替屋だな」


 金貨のままだと細かい物を買うのには都合が悪い。特に小さな商店や露店、屋台などはお釣りが用意出来ないと言って突っ返されることも多いのだ。

 両替屋に向かう途中で、ギギとロラはあまりの人の多さに驚き目を回した。


「シン、シン、人多イ! ドノ位イル? 何故コンナニイル?」


「俺も正確な事はわからんが……そうだなぁ帝都近辺も含めりゃ十万以上いるんじゃないかな?」


 十万と聞いたギギは、あわあわと慌てふためいている。

 自国と帝国の人口比率に今更ながら気付いたのだ。この世界における人口の多さは国力に直結する。 

 帝国の持つ巨大な国力を直接肌で感じてしまったギギは、驚愕に震え体中から冷たい汗が吹き出すのを感じていた。

 ギギたちゴブリン族は、見た所狩猟民族だろう。大規模な農耕によって食料を確保することによって数を増やし繁栄して来た普人種と比べると、狩猟民族であるゴブリン族の数は比べものにならない程少ないものであった。

 これは後の時代に判明するのだが、この世界に住むゴブリン族の全てが狩猟民族というわけではなく、農耕を主とするゴブリン族も存在していた。だが少なくともいま現在の所、ギギの国は完全なる狩猟民族であり、畑を持ってはいてもそこで栽培するのは、薬草の類が主であった。

 ギギは震えが止まらない。先程会った男がこの大国を統べているという。

 もし敵に回してしまえば、自国はひとたまりもなく滅ぶだろう。だが、無条件で膝を屈するのはゴブリン族の誇りが許さない。と言うよりも、この話を国に帰ってしても誰も信じてくれないだろう。

 自国が生き残るにはどうしたら良いのだろうか? これ程までに国力に差があるのならば、対等な交渉など望めないのではないか? 隷属国になるしかないのか……考えただけでも屈辱である。

 そのあまりの悔しさに体中が強張りを起こす。そんなギギの肩をシンがそっと叩いた。


「ギギ、大丈夫だ。血の盟約を交わした俺を信じてくれ、決してギギにも……ギギの国にも悪いようにはしないと約束する」


 ギギは顔を上げてシンの目を見る。その目を見て、ギギは頷いた。


「ワカッタ。シンヲ信ジル」


 後日に予定されている会見にシンを同席させることを約束しといて良かったと。

 シンならば、自分と皇帝の間に入って上手くやってくれるに違いない。根拠は無いが、何故だかその自信だけが、今のギギに芽生え始めていた。



---



 両替屋へと来た一行は、次々に金貨を一枚取出して銀貨と銅貨に両替していく。

 マーヤの番となり、シンが手助けしながら両替するとマーヤの差し出した金貨一枚が、普段見慣れている銀貨、枚数は九十八枚へと変わる。

 その銀貨の小山を見てマーヤは初めて金貨の価値を知り、そのままその場で凍りついた。

 耳も髪も、尻尾の先の毛まで逆立っている。

 この懐に忍ばせている金貨の詰まった小袋は、とんでもない代物だったのだ。

 銀貨を回収し、呆然と立ち尽くすマーヤを連れて外に出たシンは、マーヤに金貨は一枚で銀貨百枚の価値があること、両替には手数料が掛かることなどを説明するが、余程衝撃的だったのか何を話しても上の空であった。

 そんなマーヤの手を引いて露店を練り歩く。肉料理や汁物を平らげ、女性陣はデザートに、男どもはエールを胃に流し込んでいく。

 賢者と称されるゾルターンでさえも、久方ぶりの帝都のエールをごくごくと喉を鳴らして楽しんでいた。

 ギギも自国には無い料理の数々に、興奮しながらその全てを平らげる。

 今頃カイルもエリーに色々と奢らされているに違いない。

 食欲を満たしたシンたちは、買い物をしに行くと言う女性陣にハンクを護衛に着けると、近衛騎士養成学校に顔を出すべく二手に別れたのであった。

 

  

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