魔法騎士
宮殿内の広々としたいつもの応接室に通された碧き焔の一行は、今回の働きを皇帝自ら声を掛け激賞されて戸惑っていた。
シンも首を傾げているのを見た皇帝は、碧き焔の功績がどれほどのものであるか彼ら自身が気付いていない事を知る。
「シン、お主知らぬのか? お主が暴れ回ったせいで、ラ・ロシュエルの北部の貴族たちが一斉に、南方の戦線から離脱したのだぞ」
「なんだって? 何でそんな大事になっているんだ? 俺は精々一万位の兵力が前線から抽出される程度だと思っていたのだが……」
自分の予想よりも遥かに大きな兵力が動いたことに驚いたシンは、目をパチパチと何度も瞬いてしまう。
そんなシンを見て皇帝は、口元に微笑を携えながら得た情報の全てを伝えていく。
「二度の討伐失敗に痺れを切らせたと言うのもあるが……伝説の悪魔が現れたとか、不死者の王が顕現したとか、そしてそれらに怯えてのことだとか色々な話が伝わって来たが……シン、お主また何かしでかしたのか?」
不死者の王と言う言葉が皇帝の口から出ると、パーティメンバーは一斉にシンの方を見る。
シンもハッとして、背負い袋の中から例の髑髏の仮面を取り出して見せる。
「ああ、これのせいだな……俺の正体がバレると拙いと思って、これを被って行動していたんだ。それに部隊の名前を不死隊と名付けて、隊旗に髑髏を描いていたからだろうなぁ」
皇帝はシンの手から髑髏の仮面を手に取り、しげしげと見つめた後でポツリと呟いた。
「これは使えるな……聖戦の折にハッタリをかますにはちょうど良いではないか」
「おいおい、だけど不死者の王とか呼ばれているんだろ? それが手下としていたら、まるっきり悪役になっちまうぞ?」
皇帝はカラカラと笑い、問題無いと答えた。
「大体、余はラ・ロシュエルの創生教に魔王と呼ばれているのだぞ。不死者の王の一人や二人、配下に居ようともどうってことはないであろう」
それもそうだとシンも笑った。
その後、皇帝自らの手でそれぞれに恩賞を与えていった。宮仕えをしたことのある三人、シンとレオナとゾルターンは緊張もせずにそれらを有り難く受け取ったが、初めて皇帝に会ったエリーはガチガチに緊張しており、皇帝と以前に話したことのあるカイル、ハンク、ハーベイですら緊張に強張っている。
マーヤは耳が痛い程ツンと上を向いて立ち、尻尾も興奮のあまりいつもの倍ほどに膨らんでいる。
「エリー殿には導士の称号を贈りたいと思うのだが、受けて貰えるだろうか?」
導士とは国が認めた魔法使いのことであり、簡単に言えば魔法使いにおける騎士位のような名誉称号である。
この称号を得ていると、大っぴらに弟子を取ることが許されるようになるのだが、昨今はこのような制度は有名無実化されており、魔法使いでも好き勝手に弟子をこさえているのが普通であった。
名誉称号とはいえ、あるのと無いのでは明らかな違いが出て来る。
例えば店を開いたりした場合、ただの魔法使いと魔導士では客の入りが大幅に違って来るだろう。
何故なら実力の無い者に、この称号が与えられることはないからである。
因みにゾルターンは導師の更に上の、大魔導士の称号を得ており、この大魔導士の称号は帝国ではゾルターンのみが有している。普段呼ばれている賢者と言うのは、尊称であり称号では無い。
エリーは困ったような顔をしてシンの方を見る。
「くれるってんだから貰っとけよ。箔が付くし、何かしらの役にも立つかもしれないのだから。治癒魔導士エリーか……いいじゃねぇか、なぁみんな」
エリーが仲間たちを見回してみると、みんな笑顔で頷いていた。エリーは皇帝の前に跪くと、首を垂れてその申し出を受けた。
「つ、謹んでお受け致します」
「感謝する。では、後日改めて導士号の授与を行うものと致す。次に、ハンクとハーベイの両名には騎士位を授けたいのだが、両名ともこの申し出を受けてくれるであろうか?」
「お、俺たちが騎士に!」
ハンクとハーベイは驚きの余り、皇帝の前だというのに大声で叫んでしまい、我に返った二人は畏れ多い事をしてしまったと顔を青ざめさせた。
「うむ、卿ら両名は報告によれば帝国南部のギルボン村とウルスト村の解放の際にその武勇を振るい、大いに功績を示したと聞き及んでいる。更に、これはまだ公言出来ぬがラ・ロシュエルにおいての数々の活躍も聞き及んでおる。それらを考慮した結果、ハンク、ハーベイ共に十分に騎士位を授けるに値する功績だと余は思っておる」
寒村の農民出身の自分たちが騎士になるなど、考えたことも無かった二人は、皇帝を目の前にして目を白黒させるばかりである。
そんな二人にシンは助け舟を出してやる。
「二人ともくれるってんだから貰っとけ、持っていても腐る物でもないしな。それに二人が碧き焔に入ってくれて本当に助かったし、今回の作戦でも周囲も納得するほどの十分な手柄を立てているし、何も問題は無い。堂々と受ければいいさ」
シン二そう言われた二人は、互いの顔を見合わせた後で頷くと、エリーと同じように跪いて皇帝の申し出を受けた。
「最後になるが、シン、レオナ、そしてカイルの三人には、今度新設される魔法騎士の位を授ける事となった。すまんが、これは拒否しなでくれ。色々と話し合ったが、やはり魔法を使える騎士やそれに類する者と、普通の騎士を同じに扱うのはちと問題があってな……故に、新しく位階を新設することとなったのだが……」
皇帝は困ったような顔をして、上目づかいでシンの顔を見る。
その実に人間臭い態度にハンクたちは驚くが、シンはそれを見て大きな溜息をついただけであった。
「……わかったよ。俺とレオナは受ける。だが、カイルは本人の意志を尊重してくれ」
「うむ、助かる。カイルよ、無理強いはせぬゆえ……」
「謹んでお受けいたします!」
カイルの凛とした声が応接室に響き渡る。その声にシンの表情は険しくなる。
結局カイルをこの帝国のしがらみに縛りつけてしまったかとの思いが、シンの表情を重く暗くさせていく。
そんなシンを見て皇帝は、その心情を悟り言葉を続けた。
「シンよ、心配致すな。何も余はレオナとカイルを縛る気は無い。この二人は今まで十分に帝国のために働いてくれた。功績を考慮しても、今後帝国を離れることになっても誰も義理を欠いたと後ろ指を指されることはあるまいて……だが、シン……お主には今しばらく余に付き合ってもらうぞ。よいな?」
シンは友の配慮に感謝し、謝意を示し深々と頭を下げた。
「他にはザンドロック卿と、ヴァルター・フォン・ハーゼ前伯爵が授与を受けることになっている」
「ザンドロックはともかく、爺さんもか?」
「うむ、爺の千里眼と呼ばれている魔法は、敵味方あまたに知られておるでな……他にもザンドロック卿の麾下に配した魔法と剣の素養のある者の中からも何れは、この号を授かる者が出てくるやも知れぬ。授与式は後日に、日取りが決まったら連絡するゆえ、帝都で待機していて欲しい」
最後にエルフの国、シュバーラ王国の元貴族の令嬢であるロラと、ゴブリン氏族の戦士であるギギだが、二人は国賓として招かれることが決定した。
後日、会談を行い両名とも詳しい事情や、各種の対応をすることが決定する。
ロラは、もうシュバーラ王国の貴族ではないので、国賓として遇されるわけにはいかないと申し出たが、皇帝は笑ってこう言い放った。
「確かにあなたはシュバーラ王国の貴族ではないのかもしれない。が、しかし今はラ・ロシュエルに対し抵抗するエルフたちの取り敢えずの代表として振る舞って頂きたいのだ。そうすることにより、我が国は流浪のエルフ族に対して保護の名目を得ることが出来る。どうか、あなたと同じように苦しんでいるエルフ族の同胞のために、今だけは代表者として振る舞っては頂けないであろうか?」
皇帝の言を受けロラは暫く悩んだあとで、今だけならばとその役を引き受けた。
次にギギであるが、皇帝の会見の申し出にとある条件を付けた。それは、会見に際しシンを同席させることであり、勿論のこと皇帝はそれを快諾したのであった。
あつはなついぜ、今日から八月だーい!
本当クッソ暑いんです、そして今年はなんか蚊が凄く多くて困ってます。




