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帝国の剣  作者: 0343
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峡谷殲滅戦 其の三



「おらぁ!」


 ブーストの魔法により、髑髏の仮面の奥の両目が真っ赤に燃えるような輝きを放つ。

 シンの掛け声とともに片手で軽々と振り回す大剣が、唸りを上げて敵兵を振り下ろされる。

 それを剣の腹で受け止めようと試みた敵兵は、剣を叩き折られてそのまま鎧ごと両断された。

 恐るべき剣の切れ味、そしてそれ以上に恐るべきシンの膂力。

 敵軍の力自慢、腕自慢たちが複数で襲い掛かるが、そのことごとくをシンによって討ち取られた敵軍の士気は、落ちる所まで落ち切っている。これ以上交戦しても損害が増えるだけだと判断したのか、敵の前線指揮官は撤退の命を下した。


「退け~! 一時撤退する!」


 敵の前線指揮官の声と共に、敵兵は潮の如く後退する。その引き際の見事さに、シンはラ・ロシュエル王国軍将兵の実戦経験の豊富さを垣間見た気がした。


 敵の第二陣は最初、多数の弓兵を先頭に配して矢を以ってシンを討ち取ろうとしたが、放たれた矢はレオナの呼び出した風の精霊シルフによって、その身に届く前に上から叩きつけるような強風によって失速させられて地に叩き落とされてしまった。

 矢が効かぬと判断した敵の指揮官は、先と同じように数を頼んだ肉薄による力押しで戦局の打開を図ろうとするも、シン以下の奮戦により一時撤退を余儀なくされた。

 だがシンたちも先程とは違い、手痛い損害を受けていた。第二陣の兵は、先の第一陣の兵よりも明らかに精強であったのだ。

 元々、ラ・ロシュエル王国軍の兵は、あちこちで戦争をしているだけの事はあって、一兵卒まで戦いに慣れている。

 それに比べて、ガラント帝国の南部の兵は戦意は高いが、敵に比べると些か経験が不足しているように思えた。

 強力な魔法を行使したレオナと、シンと共に殿しんがりを務める予定のマーヤを後ろに下げ、実戦経験を積ませるために多数の兵を交代させながらその穴を埋めたが、精強な敵兵により多数の戦死者を出してしまった。

 手柄を立てようと、シンに敵軍の猛者たちが次々に襲い掛かって来たために、細やかな采配を振るう事が叶わず、自身も兵たちの援護に向かう事も出来なかったために損害が増えてしまったのだった。


 ――――これが狭い峡谷だから何とか凌げたものの、もし広々とした平原だとしたら、俺たちは間違いなく負けていたな……前線に出過ぎるのも考え物だ、敵と剣を交えながら全体の士気なんて出来るはずもない。その事がわかったのが、俺にとっての最大の収穫だな……


 敵の退却を見届けたシンは、直ぐに新たな下知を飛ばす。

 即ち、総員撤退。自軍の負傷者と戦死者を担架に乗せて、速やかに後方へと撤退する。

 この世界で軍隊により組織的に担架が使われたのは、この戦いが初めてであったが、この戦いは帝国史に於いても非公式な戦であったために、担架の戦での使用は後の聖戦が最初であると記されることとなった。

 また、シンは後の聖戦の折りに担架だけでなく軍医や衛生兵、野戦病院などをこの世界で初めて組織して、大規模に運用したことでも知られることになる。

 今までの戦でも、後方に治癒士を配する事は度々あった。先年のスードニア戦役などもそうである。

 シンはその治癒士だけでなく、医療知識がある者……即ち医者や、薬師などを加えて医療チームを組ませて、組織的に負傷者の治療にあたることを提案。

 英邁な皇帝ヴィルヘルム七世はそれを即座に取り入れた。最初、プライドの高い治癒士たちの一部の者たちは、身分の低い医者や薬師と一緒に働くのを嫌がったが、エリーと一部の者たちによって実に効率よく負傷者が手当されていくのを目の当たりにして、段々と意識改革が進みこの制度が浸透していくこととなる。


「負傷者を優先しろ! 味方の遺体も一人残らず回収するぞ! 共に戦った戦友たちを置き去りにするな! 急げ、時間が無いぞ!」


 負傷者だけでなく、戦死者の遺体をも担架に乗せて回収する。

 戦死者の遺体から何らかの情報が漏れるのを防ぐためであり、今回の戦に限りそれは徹底して行われた。

 そんなシンの思惑とは別に兵たちは、例え死者となったとしても戦友たちを置き去りにしないという、その言葉に感激するものが多かった。

 使い捨て同然の兵、それも死した兵にまで情けを掛ける慈悲深き英雄であると、後に兵たちは褒めそやした。

 実際アメリカ軍は、これを徹底することによって過酷な戦場でも高い士気を維持することが出来るのだと言う。

 

 最後尾をシンとレオナ、マーヤの三人が守り、後方に作った崖の上へと登ることが出来る急なスロープを目指して全軍で走る。

 担架を先頭とした長い行列が狭い峡谷をひた走る。シンは何度も追っ手を警戒して振り向きながら、声を上げて先行く者たちを叱咤激励した。

 


---



「なに! またしても失敗だと!」


 前線からの報告を受けたシラー将軍は、自身ではどうしたらよいか判断が付かず、傍に居る高級将校たちの顔を不安げに見回した。


「将軍、多少の損害は最初に覚悟したはずで御座います。ここは、更に損害を出そうとも次々に兵を操り出し、敵の体力の消耗を図るのが良策かと存じ上げます」


「こちらは、二回の攻撃が失敗し損害を被ったとはいえ、未だ二千七百以上の兵がおります。相手は二百、それも二度の攻撃によりその数を減らしておりましょう。ここは、間断なく攻撃を仕掛けて敵に息つく暇を与えない事が肝要かと存じ上げます」


 二人の将校の積極的な攻勢案に、シラーは頷き早速第三陣を編成し、直ちに攻撃を仕掛けるようにと命令しようとした矢先に、前線から斥候による報告が届けられる。


「敵が、退いただと?」


「おお、矢張り敵は二度の攻撃により消耗していたのですな……将軍、直ちに追撃の命を! この峡谷、情報が少なくどこまで奥深いかはわかりかねますが、奥に行くにつれ段々と狭くなっておりますれば、早急に敵に追いつき喰らい付きませぬと、今以上に戦い辛くなるやも知れませぬぞ!」


「それが狙いか! よし、全軍で直ちに追撃する!」


 全軍追撃の命が下ったラ・ロシュエル王国軍は、勝利を確信した。部隊を追撃用に再編し、急ぎシンたちを追う。

 勝利を信じている将兵の足取りは軽い。敵の背を追うラ・ロシュエル王国軍の中に、断崖絶壁の上に思いを馳せる者は今や一人たりとも居なかった。

 駆け足と言っても良い速さの追撃により、遂に敵の後背を拝んだ追撃部隊は、歓声を上げて更にその足を速める。

 前方から聞こえる微かな歓声と、少し遅れて届けられた敵の発見報告を受けたシラー将軍は、腫れぼったい唇をニヤリと持ち上げる。

 だがそのニヤケ顔は、長くは続かなかった。

 部隊のほぼ最後尾に位置するシラーら、首脳陣のすぐ後ろを爆音と共に地鳴りが鳴り響きいて、岩と大量の土砂によって道を塞がれてしまった。

 

「な、ななな、何だ! 何が起こったのか!」


 さっきまでの余裕は一瞬に消飛び、塞がれてしまった後ろを振り返ると悲鳴じみた声を上げた。

 

「ほ、崩落でしょうか? これは……まさか……しまった!」


 将校の一人がようやく罠だと気付くがもう遅い。カイルの地裂斬によって引き起こされた崩落により、退路は完全に断たれてしまっている。

 迷彩布を被り長い間伏せていた伏兵たちは、待ってましたと言わんばかりに勢いよく立ち上がると、用意していた岩を落とし、矢の雨を降らせ始める。

 直ぐに指揮官が弓兵に応戦を命じるが、結果はやるまえから目に見えている。

 命じられた弓兵たちも応戦どころでは無く、必死に岩を避け身を屈めて矢を凌ぐばかり……僅かな矢が峡谷の底より崖上に向けて放たれるが、お返しにその何十倍もの矢の雨を呼び寄せてしまう結果となる。

 

「あの白い服を着ている指揮官とその周りに矢を集めよ!」


 混乱する敵軍の中で目ざとくシラー将軍を見つけたカイルは、麾下の弓兵たちに素早く命を下す。

 シラーとその周囲に向けて一斉に幾十もの矢が放たれ、逃げ場のないシラー将軍は全身からハリネズミのように矢を生やして落馬し、驚愕の表情を浮かべたまま断末魔も上げることも出来ずに、そのまま息絶えた。

ブックマークありがとうございます! 感謝です!


ちょっとだけ早く起きたので、そのまま投稿……ぽちっとな

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