死闘
晩秋から冬に変わったことを示す冷たく乾いた風が草原を吹き抜ける。
シンは相手の間合いに少し入りは出てをゆっくりと繰り返す。
ザギル・ゴジンはニヤリと笑うとシンを目掛けて巨剣を振り下ろす、焦れたのか? 余裕の表れか?
どちらにせよそれが死闘の始まりの合図であることに変わりは無い。
シンは後ろに下がらずむしろ勢いをつけて左前に突っ込んだ。
巨剣、死の旋風が巻き起こす砂塵と砂礫がシンを襲う。
これは目くらまし、両手で剣を振るのをしかと見た。
この後来るのは蹴り……ならば!
撒き上がった砂塵の目くらましの中から読み通り蹴りが飛んでくる。
さらに左に大きく躱しながら天国丸の刃を寝かせ太腿を叩き斬る。
体制が悪く深手は与えられない、だが筋肉まで届けば動きを鈍らせることが出来る。
皮を切る感触が手に伝わり、次は筋肉を切り裂く手応えが……
「っつ!!」
大慌てで刀身を引き戻す、ほんの僅かに切り裂いた筋肉に刃をさらに深く通そうとした瞬間、筋肉は鋼の様に固まり刃を咥えこもうとする。
くっ! 全てワナか、最初の目くらましも蹴りも囮、奴の狙いは最初から肉を切らせて俺の武器を奪う魂胆だったのか! 手強い、勝つためなら平気で自分の身体をも囮にする。
こいつは戦いに関しては天賦の才がある、大体この世界で刀はポピュラーな武器じゃない、わずかな時で刀の特性を見抜き自分の身体を活かして対応してくるとは……
「ぐふっ、ぐふふふっ」
口の端から僅かに涎を垂らしながらザギルは笑う。
「何が可笑しい……気色の悪い奴だ」
「おまえ、づよい。おで、おまえのにぐをぐえばもっどづよぐなる、ぐふっふふ」
「チッ、そんなんで強くなるわけねぇだろうが!」
「いや、なる、おまえ、まな、いっばいある。おいじぞうだ、ぐふっふふ」
シンのこめかみからつつーっと冷や汗が流れる。今の言葉ははったりか? それとも真実か? こいつ俺の体内のマナが見えるのか? それとも感じるのか? どちらにしても拙い、もしマナの減少に気が付いたら猛攻をしかけてくるだろう。
クソ、隙が無いのに速戦を要求されるとは……クソっ!
「いぐぞ、じょぐじのまえのうんどう、ぐふふ」
ザギルが動く。
死の旋風を力任せに滅茶苦茶に振り回す、型も何もあったものではない。
ただシンのいる方へ力のままに小枝を振るうかの如く軽々と振りおろし、地に叩きつけ、横に薙ぐ。
風切り音の後からくる剣風に体を持って行かれそうになり、掠めただけで死を予感させる、さながら巨剣の台風と言った所か……シンはただただ必死に躱す、余裕も何も無い。
顔を引き攣らせ汗まみれになりながら躱し続けるがザギルは一瞬も動きを止めることなく剣を振り続ける。
服が汗を吸って重く感じ、これ以上汗をかいたら干からびてしまうのではないかと錯覚する。
鳥肌は全身に立ちっぱなし、口の中はカラカラで息が苦しい。
この体力馬鹿め! このままだとこっちが先にバテちまう。
仕掛ける、死中に活路を見出す!
シンは躱しながら黒鉄鉱のナイフを腰のホルダーから抜くと、縦振りをしてくるタイミングで顔目掛けて投擲すろと同時に前に踏み込む。
あの巨大な刀身を恐るべき速さで引き戻すとナイフを弾くためにほんの一瞬動きが止まる。
シンはその隙を見逃さない、裂帛の気合いと共に上段から右手の指を目掛けて力いっぱい振り下ろした。
手応えあり! 右手の中指、薬指、小指の三本を切り落とす。
シンは一旦後方へ大きく下がり様子を覗う。
これで両手で剣は振るえまい、片手で振るスピードなら中に潜り込める、後は如何に体制を崩して急所を狙うか……シンは右半身を前に半身に構える。
ザギルの頭に血が上り顔が赤色になりさらにどす黒く変化した時、耳をつんざくような雄叫びが草原中に響き渡る。
近くで見ていた者の中にはあまりの音量に失神して倒れる者もいた。
一番近くで雄叫びを浴びたシンは右耳の鼓膜が破れ、大音量に脳を揺さぶられ意識朦朧としている。
視界が狭まり揺れる、足に力が上手く伝わらない。
ザギルの顔を見る、顔色はどす黒く、鼻息は荒い。
口の端には僅かに泡を吹き、両の目は大きく見開き復讐の炎が揺らめいていた。
言葉にならない雄叫びを上げながらザギルが突進してくる。
シンはふらつきながらも相手の右へ右へと回り込み左手一本で滅茶苦茶に振り回す死の旋風を躱し続ける。
足がガクガクと震え、ついにシンは尻もちを着いてしまった。
万事休す!
だが運がシンに味方をする。
ザギルは何を思ったのかシンを足で踏み殺そうとしたのだ。
転がりながら無造作に刀を振る、何かを切り飛ばす手応えがあったが確認してる余裕はない。
さらに転がって距離を稼ぎ膝を着きながら立ち上がると、ザギルが片膝を着いていた。
状況が今一つ飲み込めないが、チャンスと見たシンは奥の手を出すことにした。
懸命に足に力を入れてザギルの方へと走り出す。
手の平にマナを集中させ、火炎放射器をイメージする。
「喰らえ、フレイムスローワー!」
手の平から一直線に炎が伸び、炎はザギルの顔面に直撃し瞬く間に頭髪や衣服に燃え移った。
声にならない叫び声と共にザギルは巨体を大地に投げ出し転がって必死に火を消そうと試みる。
もうマナが底を尽きかけている、消費がでかい一か八かの大技が決まってくれて助かった。
そろそろ限界だ、終わりにしよう。
最後の力を振り絞りシンは駆けだす、シンに気づいたザギルが上半身をお越し死の旋風を横凪に払うが、シンは足に力を込めて横凪をジャンプして躱すと、そのままの勢いでザギルの右目に刀身を突き刺し抉る。
ザギルは細かく痙攣しながら両手で刀身を掴み引き抜いた。
ザギル・ゴジンの左目に最後に映ったのは、自分の愛剣、死の旋風を振りかぶるシンの姿だった……
静寂が草原全体を包み込む。
それを破るのは、死の旋風を右手に掲げ左手にザギル・ゴジンの首を持ったシンの雄叫び……
両軍ともしばしの間、完全に動きが止まる。
一種の虚脱状態から先に回復したのは討伐軍であった。
黒蛇騎士団は団長の死を現実として受け入れることが出来ない。
力と死の象徴、騎士団にとっては暴虐の神ともいえる存在を失い一瞬のうちに戦意を喪失する。
呆けている者は直ちに斬られ、背を見せて逃げ出す者にも追い討ちがかけられる。
シンは首も巨剣も打ち捨て、重たい足を引きずるようにしてシオンのもとへ歩み寄る。
シオンの死に顔は壮絶な死と裏腹に、何かを成し得た誇らしい笑みを浮かべていた。
優しく頭を撫で、髪を一房切ると布に包んで懐にしまう。
敗走する敵を追い、戦場は移動しており剣戟の音は遥か遠くで微かに聞こえるのみである。
「…………シオン、帰ろうか…………チューク村に……」
シンはそう呟くと立ち上がり、風の吹く方向……北を見つめ、長い時間佇んでいた。
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