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帝国の剣  作者: 0343
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峡谷殲滅戦 其の二



「斥候に出した兵が、敵を見つけたようです。敵の数は五十騎ほどで、我らの姿に恐れをなしたのか剣を交える事無く峡谷の奥へと退いたそうです」


 報告を受けたシラー将軍は、直ちに追撃の命を下す。

 斥候に見つかったシンたちが干戈を交えず後退し、またその数も少なかった事からラ・ロシュエル王国軍は、敵を弱敵と侮ってしまった。

 南方でも小国家群相手に非対称戦争ばかりを繰り返して来たラ・ロシュエル王国軍の将兵たちの間には、敵を侮る下地が既に出来上がってしまっていたのだ。

 ましてや今回の敵は、ただの賊である。そのような悪しき風潮が流れているラ・ロシュエル王国軍が、シンたちを侮らぬはずもない。

 髑髏の騎士だの何だのと騒がれていても、その兵力は多く見積もっても高々二百程度。

 見慣れぬ魔法を使うようだが、そもそも魔法は連発出来ないものであるという、シンたちからすれば古い固定観念によって多少の被害は出ても、魔法使いの一人や二人ならば容易に倒すことが出来るであろうと高を括っていたのだった。


 シンたちは人が十人も並べぬような狭い場所まで下がる。そこには騎兵の突進を阻む逆茂木が設けられており、その逆茂木から更に少し下がったところで下馬し陣を敷いた。

 馬たちを後方へと送り、兵を集め二百人ばかりの集団とし、その先頭でシンは髑髏の仮面を被り敵を待っていた。

 多数の逆茂木が配されているのを見た敵は、狭い峡谷の中で苦労しながら隊列を組み直し、歩兵を前列へと配し数を頼んでひた押しに迫って来る。

 シンの号令で後列から疎らに矢が放たれる。放物線を描きながら敵の頭上に降り注ぐ矢によって、敵は一瞬怯み足を止めたが、指揮官の叱咤により盾を頭上に掲げ身を隠しながら、足早に接敵を試みる。

 三度の斉射により数十の死傷者が出るも敵は退かず、喚声を上げて敵は吶喊する。

 歯を剥き出しにして大声を上げ、何かに憑りつかれたような血走った目を大きく見開きながら走って来る敵兵を見たシンは、仮面の下で無意識の内に口角を吊り上げていた。

 突進して来る敵に負けじとシンも大声で吠え大剣、死の旋風を一度大きく頭上から振り下ろす。

 力によって空を斬り裂く轟音と、地面から舞い上がる土埃を見た敵は露骨にシンを避けて、その左右を守る二人の女戦士へと標的を変えた。

 シンの左斜め後ろには細身の長剣である月光を構えたレオナが、右斜め後ろには両手に黒いナックルダスターである星砕きを嵌め身構えるマーヤの姿があった。


「何度か敵の突撃を退けてからこちらも退く。敵を深追いするなよ……来るぞ!」


 何度か敵の突撃を防ぎ、敵の頭に血を登らせ、周りに対する注意力を失わせることで頭上に配した仕掛けや兵の発覚を防ぐ腹である。

 敵兵は、不気味な髑髏の男よりもその左右にいる女の方が遥かに組し易いと見て、二人に殺到する。

 だが、それは誤りであった。シンが自分の左右に弱兵を配すはずもない。

 女と見て舐めてかかった敵は、己の命を代償に貴重な教訓を得ながら、地獄へと旅立って行った。


 最初にレオナに斬りかかった敵は、身の丈六尺を越えるであろう大男であった。

 だがレオナはその巨体に臆することなく自分からも飛び込み、露わになっている相手の太腿に軽く剣を這わせた。

 綺麗に引かれた直線から赤い血が溢れ出し、大男は堪らず姿勢を崩してしまう。

 その姿勢が崩れて出来た僅かな隙を、レオナは見逃さない。

 一瞬だけがら空きになった喉元に、剣先を数センチだけ突き刺すと手首を返して僅かに捻りを加えた。

 筋肉のある所に綺麗に突き刺しそのままでいると、相手が力を入れた時に剣が抜けなくなる恐れが生じてしまう。

 そうならないためにレオナは、剣で突き刺すと間髪入れずに手首を捻り、剣が抜けやすいようにと僅かなではあるが隙間を作っていたのである。

 勿論この行動によって部位はより甚大な損害を被り、ダメージは加速度的に上昇する。

 それが普通の剣ならば、剣が痛み折れる可能性が生じるのでやらないが、レオナの持つ魔法の掛かった名剣である月光ならば、その心配は無用であった。

 

 レオナに首を突かれた大男は、剣を地へと落とし両手で慌てて首を抑えるが、指の隙間から溢れる血はその身を赤く彩っていく。

 完全にその場で動きを止めた大男は、次の敵に取り掛かるレオナを恨めしそうに見た後で、吐血し白目を剥いて仰向けにどうと音を立てて倒れ絶命した。


 ナックルダスターというリーチの無い武器を構えるマーヤは、レオナよりもさらに組し易いと敵は見たのか、まるで飴にたかる蟻のようにマーヤへと群がって来る。

 マーヤは武器を嵌めた両の拳を打ち合わせ、ガチンと大きな音を鳴らすと、姿勢を低くしながら逆に敵の群れへと突っ込んで行った。

 その姿は、まるで獲物に襲い掛かる狼そのものであり、地を這うように身を屈めて走る彼女の尻尾は、バランスを取るためにピンと張られ、左右に小刻みに揺れている。

 剣戟を潜り抜け、互いの息が顔にかかる程にまで近付かれた敵兵は、ボゴンという奇妙な音とともに宙を舞いながら後ろへと吹っ飛ばされていった。

 マーヤの放ったボディブローにより、板金鎧には人が付けたものとは思えないような凹みが出来、それを着ていた敵兵は口中から血と臓物を吐き出しながら死んでいった。

 マーヤもまた、レオナと同じく血に飢えた獣のように次から次へと敵兵に襲い掛かって行く。

 股間を蹴り上げ、必殺の拳を叩き込む。マーヤが拳を振るうたびに、死が生産され、それを見た敵兵たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 彼女の拳は鎧兜では防げない。兜の上からでも頭を割られ、鎧の上からでも骨を折り、内臓に致命傷を与えて来るのだ。

 初めての戦場に興奮し、逃げる敵を追おうとするマーヤの首根っこを、シンは慌てて駆けつけ掴んだ。


「落ち着け! さっきいった事を忘れたか? 深追い無用だ、下がれ!」


 シンはそのままマーヤを後ろへと放り投げると、斬りかかって来た敵兵とそのまま切り結ぶ。

 結構な使い手なのだろう。一合、二合と剣を合わせてくる。

 試合ならば未だしも、戦場で長々と一人の兵に付き合ってはいられない。

 シンはついにはブーストの魔法を掛け、片手で大剣を振り回しながら、腰の刀を抜き放った。

 恐るべき剛剣の旋風の合間に訪れる鋭い剣閃の前に、さしもの敵兵にも抗う術は無く、首を刎ねられ討ち取られた。

 そのままシンは暫くの間、変則二刀流で暴れ回り、多数の敵兵を血祭りに上げる。

 三人の異常な戦いぶりに肝を冷やした前線指揮官は、恐れ逃げ惑う兵たちを静めつつ一時後退を命じた。


「よし、これで一息つけるな……今の敵の頭の中は俺たちのことで一杯のはず。誰も崖上のことまで気が回らないだろうなぁ……」


 シンがそう呟きながら転がる敵の死体を数えていると、こちらを窺うマーヤが申し訳なさそうな顔をしているのが見えた。

 首を竦め、尻尾を垂らし両の耳をぺたりと伏せながら、上目づかいでこちらの様子を窺っているマーヤに毒気を抜かれたシンは、気を付けろと、よくやったとの二言だけを投げかける。

 厳しい声で叱責された後に、優しい声で褒められたマーヤはニッコリとほほ笑み、耳と尾を立てて再び闘志を燃やし始めた。

 他の兵たちも力戦し、敵兵の死者四十に対し、こちらは死亡二名、負傷六名と圧倒的勝利を飾った。

 だが、この谷底に配した兵は僅か二百。抗戦も長くは続かない。

 もっとも、シンの踏ん張り次第ではもっと粘ることは出来るのだが、敵には冷静さを失って敗走を演じるシンたちを追い掛けて貰わねばならない。


 ――――もっと深く、峡谷の奥まで罠だと悟らせずに敵を誘いこまねば……結構骨だな、こりゃ……


 シンが剣を地面に突き刺し、革の水筒を取出し水を口に含んで一息ついていると、敵の第二陣が逆茂木乗り越えて来るのが見えた。


「よし、隊列を組め! もう一度、もう一度だけ敵を押し返すぞ!」


 普段なら誰にも見向きもされないような辺境の峡谷の底で、血で血を洗う凄惨な戦の二幕目が、今切って落とされた。

評価、ブックマークありがとうございます!


総合評価2000ポイント超えることが出来たのも、ここまでこの作品を書くことが出来たのも、皆さんのお蔭です、本当にありがとうございます!

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