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帝国の剣  作者: 0343
253/461

トンプの戦い



「斥候に出した兵が、複数の人馬の足跡を見つけたとの事。いずれの足跡も湿地の方へと向かっているとの由に御座います」


 報告を受けたペグー子爵は、その報告に満足気に頷くと全軍に再びトンプ湿地帯に向けて進軍の命を下した。

 斥候の熟練兵も、最初はあまりにもあっさりと痕跡を見つけることが出来て疑念を抱いたが、新しい足跡の下に古い足跡を見つけたことにより、その疑念を解いてしまった。

 新しい足跡はつい先日にシンが騎兵のみを率いて付けたもので、古い足跡は荘園を襲った帰りや演習に赴いた時のものであった。


 進軍を命じたペグー子爵は、辺りを見回して溜息をついた。

 国王の勅命、そして楽に手柄を稼げると最初は喜び勇んでこの地に赴いたものの、辺境区と言うだけあって開拓も進んでおらずほぼ手つかずの原野ばかり。

 北部辺境区で栄えている方であるル・ケルワの街など、王都の賑わいに比べれば村以下である。

 急ぎ、任を果たしてこんな片田舎から一刻も早く王都に戻りたい……そんな思いが胸中を占めていた。

 それは何もペグー子爵だけでは無い。この一千の兵たちは王都配属の兵たちの中から抽出されており、王都に配されていたというエリート意識が強い。

 いくら手柄を立てられるとはいえ、このような辺境にまで足を延ばすことを嫌う兵も数多くいた。

 兎に角、部隊全体にさっさとこの件を片付けて王都に戻りたいという、浮ついた意識が蔓延しており、下準備から情報収集、斥候に至るまで拙速であった。

 これは敵がたかだか自軍の半数にも満たないと言う油断と、ある種の怠慢であった。

 そして部隊はトンプ湿地帯へと足を踏み入れると、その湿度やぬかるみによってその思いをさらに強くするのであった。


「ん? 霧か? このような暑い日中に霧とは面妖な……如何いたしますか?」


 ただでさえ夏の暑さで茹だっているところに、生暖かい霧……というよりも蒸気のようなものが身体に纏わりつき不快感極まりない。


「ええい、不快な! だが、ここまで来て引き下がれぬ。前進せよ!」


 不自然に発生した霧は、不自然にも足跡を辿れるようにとそこだけは晴れており、将兵を気味悪がらせたが、部隊の総指揮官であるペグー子爵の命により更に湿地帯の奥へと兵を進めた。



---



「結構きついな、こりゃ……ゾルターンの方は大丈夫かな? 結局のところ囮部隊も他人ひとに任せちまったが、上手くいくかな?」


 額から大粒の汗を滴らせながらシンは傍らのレオナに呟く。だが、レオナからの返事は無い。

 レオナもまた額に頬にと汗をびっしりと掻きながら、目を瞑り精神を集中させていた。


 この不自然に発生した霧の正体は、霧では無く蒸気の煙であった。

 シンは魔法を以って湿地の地面を温めて湯気を立たせ、その湯気をレオナが風の精霊を使役して湿地帯に籠らせていたのだった。

 シンとレオナは騎兵隊をこれによって隠し、ゾルターンとロラは伏兵を同じようにして隠していた。

 そのシンたちの耳にも、多数の人馬が湿地帯を歩くねちゃねちゃとした音が入って来た。

 蒸気の壁の向こう側の直ぐ近くに敵が居る……騎兵たちは緊張により総毛立ち、ぶるると武者震いを繰り返す。



---



「前方に賊らしき人影を発見! 数はおよそ五十ほどで全員徒歩とのことです……どうなさいますか?」


 敵発見の報にペグー子爵を始め麾下の将兵までもが喜色を表す。


「どうもこうも、賊を葬るのが我らに与えられた使命ではないか! 騎兵による突撃で、一撃のもとに粉砕せよ!」


「はっ、直ちに。騎兵隊、前へ!」


 ペグー子爵の供廻りを除いた百八十騎が、部隊の先頭に立つ。

 喇叭手により突撃喇叭が吹かれると、騎兵たちは雄叫びを上げ槍を掲げながら敵歩兵に対し突撃を開始した。

 馬の脚に泥土が絡み付き、思ったように速度が上がらない事に騎士たちは苛立ちながらも、足を止めること無く敵との距離を詰めて行く。

 その後ろから歩兵たちも騎兵の後を追いかけ突撃を開始する。

 敵は槍を構えた兵が前に立ち、槍衾を作るが兵力の少なさゆえ穴だらけであった。

 それを見て騎兵たちは鼻で笑いながらも、自分たちの勝利を確信する。

 槍兵の後ろから弓兵が疎らに矢を放ち、数名がそれによって落馬するものの、全体には何ら影響を及ぼさない。

 敵まであと二十メートル……十五メートル……正に目と鼻の先、敵を無残にも馬蹄に掛けてやろうとする騎兵たちの凶悪な笑みが、一瞬にして驚愕に変わった。

 先頭を走っていた騎兵たちが、突然馬から放り出され放物線を描いて地面へと激突する。

 だが地面だと思っていたそれは地面では無く、泥沼の上に草が撒かれていただけで、放り出された騎士たちは放り出された姿勢のままズブズブと泥沼に沈んでいく。

 慌てて馬を竿立たせて制動を掛けるも遅く、後ろから押し寄せる味方に押し出されるようにして次々と泥沼に落ちて行く。

 板金鎧を着た騎士たちは、うつぶせのまま泥によって窒息し、仰向けに落ちた者も恐怖と絶望の悲鳴を上げながら泥に沈んでいく。

 騎士たちの悲鳴と馬鎧を着せられ、その自身とその重みにより沈み身動きの取れなくなった騎馬の悲痛な嘶きが湿地帯に響き渡る。

 後続の兵は、突然騎兵隊が乱れたことに戸惑い驚き、突撃の足を緩めたその時!


「撃て!」


「突撃準備!」


 左右を覆っていた蒸気の壁が取り払われ、中から弓兵と騎兵が現れる。

 突然現れた敵に恐慌をきたした王国軍は、弓兵の一斉射で脆くも崩れ去った。

 弓に続いて魔法の炎弾が複数撃ちこまれて敵への隊列に穴が開くと、その穴目掛けて騎兵隊が突撃を開始する。


「狙うは敵の大将! だが、追うのに夢中になって沼に嵌るなよ! では、突撃開始せよ!」


 シンの号令と共に騎兵たちは雄叫びを上げて突撃を開始する。

 王国軍は完全に戦意を砕かれ、最早応戦どころでは無い。

 各指揮官たちが声を張り上げ抗戦を叫ぶが、一度崩れた部隊を戦闘中に再び纏め上げるのは、どんな名将であっても不可能である。

 最後方に待機していたペグー子爵たちは、霧が晴れるまでは聞こえて来る悲鳴や怒号が敵のものであると勘違いをしていた。

 勝利を確信し、これでやっと王都に戻れるわと、供廻りたちと馬上で談笑するほどの余裕があった。

 それが霧が晴れ、湿地帯全域が見渡せるようになるとその顔から笑みは消え、驚愕の表情を顔に張り付かせたまま身動きも出来なくなってしまう。

 

「な、なぜ味方が……味方が崩れておるのか! 誰か、誰か説明せよ!」


 その問いに誰も答える者は無い。誰もが眼前に起こる惨状に肝を冷やしていた。

 複数の爆音と共に泥と兵が宙に舞う。


「ま、魔法使いがおるのか! そのような話は聞いておらぬぞ!」


「子爵様、ここは危険です! 速やかに退却を!」


 眼前の凄惨な戦場に目が釘付けとなってしまっているペグー子爵に、供廻りの者が進言するが、もう遅かった。

 爆炎によって無理やり開けられた隊列に、まるで強引に剣を突き刺しねじこむように、シン率いる騎兵たちが突撃して暴れ回り、王国軍後方部隊の傷口を広げていく。


「ど、髑髏の騎士だ!」


 誰が発したか定かでは無い叫び声は、後方部隊の全員に恐怖を与える。


「ば、ばばば、馬鹿な、髑髏の騎士だと? ば、馬鹿な、噂は本当……あ、ありえぬ」


 熟練の将であれば、即座に撤退命令を発し退却し兵を纏め上げ再戦の機会を覗っただろうが、王都でぬくぬくとし姉の七光りと自身の容貌により今の地位に就いたペグー子爵には、碌な軍事経験は無い。

 付随する各指揮官も、部隊を纏めるので手一杯、或いは既に戦死しており事実上、指揮官不在と何ら変わらぬ有様であった。


 そんなところにシンの最後の手が襲い掛かる。

 迷彩布を被り地に伏せ息を殺して機を窺っていたカイル率いる部隊が、俄かに立ち上がると部隊の側面後方より奇襲を敢行したのだった。


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