髑髏の仮面
「本当に帝国の人だったんだね……あたし、これからどうなっちゃうのかな?」
虎猫族の少女スーラが、ハーベイを見上げるようにしながら不安げに呟く。
「心配ないぞ、もう奴隷じゃないし自由の身だ!」
ハーベイはスーラの不安が少しでも和らぐように、わざと明るい口調で言った。
「自由ったって……父さんも母さんも……村のみんなも殺されちゃったし、帰る所も行く場所もないよ……」
「働く場所も、住む場所も帝国が用意する。奴隷じゃないから働きによって給金もちゃんと貰えるぞ。もしその仕事が嫌だったら辞めてもいいそうだ」
どんな好条件を並べ立てても、スーラの表情が明るくなることが無いのは分かりきった事だった。
小さな手が、ハーベイの服の裾を遠慮がちに掴む。
その手は小刻みに震えており、スーラの薄緑の美しい目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
スーラの口から声にならない声が発せらた……いっしょにいてと……
ハーベイは少しでも関わってしまったこの少女を、どうしても突き放すことが出来ない。
困り果てた表情のまま自分の服を掴む小さな手に、そっと自分の手を重ね合せる。
絶望の中でもがき苦しんでいたスーラの心の闇の中を、やわらかな優しさの光が差し込んだ。
それは小さな小さな光であったが、スーラにとってはその光は何よりも眩しく、縋りついてでも手離したくないものに思えた。
「ごめんな……一緒に行くことは出来ないんだ。まだやらなきゃならない事があるんだ」
全てを失った絶望とこれから先に対する不安が、震える手を通して痛いほどに伝わって来る。
反対の手でスーラの頭をそっと撫でる。柔らかな耳がぺたりと倒れ、両目から熱い涙がこぼれ落ちる。
「そうだなぁ……死ぬかもしれねぇから絶対にとは言えねぇが、生きていたら必ず会いに行くよ」
裾を握りしめている手をそっと解くと、スーラの返事を待たずにハーベイは背を向けてその場をゆっくりと離れる。
スーラは嗚咽を上げながら、ハーベイの姿が見えなくなるまでずっとその場に佇んでいた。
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「いいのか? ここで辞めてもいいんだぜ?」
「シン、俺は中途半端ってのは嫌いなんだ。自分から首を突っ込んじまったんだし最後までやらねぇとな……」
虎猫族の少女の元から戻って来たハーベイを見て、シンはもしかするとこのままハーベイが抜けてしまうのではないだろうかと不安を感じていた。
だが、ハーベイの今まで以上のやる気を見てシンは一安心する。
「で、シン。次の作戦は? 俺たちは何をすればいい?」
「慌てるなよ、出発は明後日。一日完全に休んで疲れを取ってから行動開始する。次の作戦目標は創生教の荘園、貴族の荘園それと関所を焼く」
「関所を? 大丈夫なのか?」
「砦や城に手を出す訳じゃない。それに多数の兵が詰める大きな関所は狙わない。関所を焼くのは、俺たち以外の賊どもが暴れやすいようにするためだ。まぁ、細かいことは明後日話す。今はしっかりと休んで鋭気を養ってくれ」
翌日を完全なる休息日としたシン率いる不死隊は、野営地を後にすると再び国境を越えラ・ロシュエル国内へと忍び込んだ。
「作戦を説明する。最初の目標はここから半日ほどの距離にある創生教の荘園だ。抵抗する者は殺しても構わんが、無抵抗の者と女子供には絶対に手を出すな。俺たちは見かけは賊だが、なにも心まで賊に成りきるつもりはねぇ。奴隷とされている人々を救出し、賊の仕業に見せかけるためにも金品も略奪、最後に荘園に火を放って撤収する。その後は再び国境を越え野営地に赴き、救出者の引き渡しと補給を受ける。まぁ、それの繰り返しだと思ってくれればいい。それと……」
シンは鞄の中から、事前に用意していた髑髏の仮面を取り出して被る。
「万が一にも俺の正体がバレると拙いから、今後はこれを被ることにする。呼ぶときはバットとでも呼んでくれ」
スケルトンなどの魔物が跳梁跋扈するこの世界では、髑髏は不吉なものとされる事が多い。
シンが髑髏の仮面を被っても、いつものように真似をする者は現れなかった。
髑髏の旗をはためかせた不死隊は、髑髏の仮面を被ったそのシンの異形の姿によって、やがてラ・ロシュエル王国の人々を、恐怖のどん底に陥れることとなる。
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「ば、化け物だーーー!」
創生教の荘園を守る守備兵たちは、先頭を突き進んで来るシンの姿に恐怖し、ほとんど剣を交える事無く逃げ散って行く。
所詮は雇われ者、僅かな賃金で命を懸けるような者は皆無に等しい。
シンは不死隊を大きく三つに分けた。護衛達を蹴散らす部隊、奴隷を解放する部隊、そして賊の仕業に見せかけるために略奪や荘園や建物に火を掛ける工作部隊の三部隊は、事前の打ち合わせ通りに事を進めていいく。
「拍子抜けだな……まぁ、敵とはいえ流れる血が少ないに越したことはないか……」
「団長、奴隷たちの確保が終わりました」
「数は?」
「全部で四十六名、今急いで馬車に乗せているところです」
「そうか、急げよ」
「はっ」
奴隷の解放を指揮する指揮官の一人の報告に、シンは満足気に頷いた。
ル・ケルワの街の奴隷商人であるブノワから聞き出した情報では、その内の二十名ほどが帝国南部から攫われた人々のはずであった。
「団長、建物の制圧が完了しました」
「金目の物や食料は奪ったか? 奪い終わったら火を掛ける準備を、だが、直ぐには点けるなよ。火を点けるのは逃げる準備が全て終わってからだ」
「はっ、物資の積み込みを急がせます」
急げよと部下に発破を掛けたシンは、逃げ散った敵たちに注意を払いつつ撤収の準備に取り掛かった。
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「あれは何だ? あの化け物は一体何だ? 巨大な剣を片手で軽々と振り回していたぞ!」
「ゴブリンだ、あの化け物にゴブリンが付き従っていたぞ……」
逃げ散った守備兵や創生教の神官たちは、シンの被り物を本物と間違え、新手の魔物の襲撃と勘違いした。
彼らはそのまま近くの村や街へと逃げ込み、そこで統制の取れた魔物たちの襲撃を受けたと話したが、村や街の守備兵たちは彼らが恐怖の余り気が触れて見間違えたのだと、まともに取り合わなかった。
一応、領主の元にまで報告は上がり、調査のために兵が派遣されたが食料や金品を略奪した跡があることから、たんなる賊の仕業だと断定された。
シンたちは一度野営地に戻り救い出した人々を受け渡すと、また一日だけ完全に休んだ後、再び越境してラ・ロシュエル国内へと戻って行った。
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「賊だ、賊の襲撃だ!」
シン率いる不死隊が次に襲ったのは、北部辺境区に多数ある小さな関所の一つであった。
兵が二十名ほどしか詰めていない関所は、抵抗らしい抵抗も出来ぬまま陥落し火を掛けられた。
今回、シンは髑髏の仮面を外し顔の下半分を白い布で覆っていた。
不死隊の掲げる旗も髑髏の旗では無く、前の戦であるスードニア戦役で手に入れた、どこぞの貴族の物かもわからぬボロボロの旗をわざわざ用意して使っていた。
このような旗をあと幾つかシンは用意させている。
もちろんこれらの偽装は、複数の賊が暴れ回っていると思わせるためである。
大体が旗という物は、己の存在を示す象徴のような物であり、周りより目立つために掲げるのが普通で、まさかそのような物がまったくの偽物であるとは、この世界の常識では考えられない事であった。
シンは旗をとっかえひっかえしつつ、小さな関所をいくつも襲った。
多数の賊が暴れ回っていることに危機感を抱いた領主たちは、幾つかの貴族家が合同で捕賊のための騎士団を結成し対処することにした。
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蒸し暑いっす! 早くも台風シーズンに突入。
ところで、何で台風っていつも通勤時間の時がピークなんですかね?




