奴隷の受け取り
「ピエール様、街の方から近付いて来る集団があります!」
「来たか! よし、打ち合わせ通りにやれよ。品の無い傭兵を演じろ、だが面倒は起こすなよ」
貴族服に着替えたシンは、大人しく馬車の中で待つ。
そのあまりにも似合わないシンの姿に、報告をしに来た指揮官の表情がたちまち曇り出す。
「……心配するな、これで前は上手く行ったんだ」
その表情を見て不安に駆られたシンは、その指揮官に対してのみならず自らにも言い聞かせるように呟く。
馬車の扉を閉じて、しばらく待つ。コンコンと軽いノックと共に奴隷商人と奴隷の到着を告げる声が掛けられた。
そのまま扉を開かせ外に出ると、使いに送り出したハンクとハーベイの姿とその横に揉み手をした奴隷商人ブノワの姿があった。
さらにその奥には、武装した男たちに囲まれた多数の奴隷たちの姿が見える。
「これはこれはピエール様、ご壮健そうで何よりでございます。このブノワ、再びお会い出来る日を指を折り楽しみに待っておりました。こちらがご所望なされた奴隷たちで御座います。さぁ、どうぞご覧くださいませ! このブノワの自慢の品々で御座いますれば、きっとお気に召す物かと……」
奴隷商人ブノワは、その顔に下卑た薄ら笑いを浮かべながら、大仰な動きでその場に跪いた。
シンはその顔に唾を吐きかけてやりたい気持ちを抑え、こちらも顔に作り笑いを張りつけながらわざとらしい大声を上げて後ろに控える奴隷たちの質を褒めた。
「うむ、ブノワよ。それはこちらも同じことよ。それにしても流石であるな、数ある奴隷商人の中からお主を選んだ儂の目に狂いは無かったという事であるな。後ろにおる奴隷にしても、こちらの想像以上。大分集めるのに骨を折ってくれたものと見える。礼を言うぞ」
「ははーっ、このブノワ、お褒めの御言葉を頂き、感無量で御座います」
「普段ならば互いの再会を祝して共に祝杯でも上げたい所ではあるが……不作法を許せ。あまり人目にはつきたくないのでな、商談に入ろう」
「はっ、ではこちらを……」
ブノワは、己の懐から取り出した羊皮紙を捧げるようにしてシンへと渡した。
シンはそれに目を通すと、追加で集めた奴隷の人数、種族、男女、年齢、値段などが事細か書き記されており、最後にそれらをまとめた値段が書かれていた。
老若男女、種族入り混じった奴隷の総数は二百十七名。
ハンクを呼び、その羊皮紙を見せてそこに示されている代金を用意するよう命じる。
「ピエール様、我々は更に追加の奴隷を用意する事が出来ますが……」
太客を逃がしたくないのだろう。取引が無事成立したブノワが満面の笑みを浮かべて話しかけて来る。
だが、シンとしてはこれ以上危ない橋を渡るつもりは無い。
「……お前は信用できる男ゆえ、此度の取引の真相を話そう。此度、当方が何故急に多数の奴隷を欲したのかと言うと、それは遅々として進まぬ南部の小国群の征伐のせいなのだ。陛下は各貴族に兵の増員を御命じになられた。我らとしても陛下の御下命に喜んで従いたいところではあるが、如何せん無い袖は振れぬ。兵は既に限界まで徴兵しておるのだ。そこで我らは緊急の策として領内の奴隷の内、戦えそうなものを奴隷兵として送り出すことにしたのだ。そうすると今度は当然、領内の労働力が減る。それを補うべく集めたのが今回の奴隷だ」
なるほどと、大口の取引の成立に浮ついているブノワは、微塵も疑いもせずに頷いた。
この話は、諜報がもたらした情報に基づきシンが大幅にアレンジを加えた作り話である。
だが、所々に真実が混じりそれが嘘にリアリティを与え、容易に嘘と見破らせない説得力を与えていた。
ではどれが嘘で、どこまでが真実なのか?
ラ・ロシュエル国王が、兵の増員を命じたのは真実である。
だが南部の貴族たちが徴兵しても兵が集まらず、奴隷を兵として送り出したと言うのは真っ赤な嘘であった。
「儂はこやつらを送り届けた後、再び戦場へ赴かねばならん。それ故、取引はしばらくお預けとなろう。しかしお主には色々と世話になったゆえ、一つ良い事を教えてやろう。貴様も商人だ、先々の投資に興味はあろう?」
更なる大金の匂いを嗅ぎつけたか、ブノワの目が嫌らしく歪む。
「ピエール様、先々の投資とは一体どんな? 宜しければこのブノワめにも、富の御目こぼしを……」
揉み手をしながら恭しく首を垂れるブノワを尻目に、シンことピエールはまたしても真実を交えた嘘を語る。
「国境警備の者たちまで南部の戦線に駆り出されたのは知っているか?」
「はっ、国境警備のみならず近隣の貴族様方にも相当数の動員が掛けられたとか……」
ほぅ、いい事が聞けたとシンは心中でほくそ笑んだ。
北部辺境区の貴族にも動員が掛けられたぼが本当ならば、今後の作戦もやりやすくなると言うものである。
「流石に耳が早いな。まぁ全土から集められた将兵が南部戦線に投入されれば、じきに南部の小国群も征服されるであろう。そうすれば市場に大量の奴隷が出回るであろうな。お主は今日得た金を直ぐには使わずに貯め込み、その時に備えよ」
「な、何故でございましょう? 宜しければ愚鈍なわたくしめに、ピエール様の深慮遠謀をお聞かせくださいまし」
「ちと、耳を貸せ」
そう言ってシンはブノワを手招きする。
ブノワはそれに従い、シンに近寄ると言われた通りに耳を差し出す。
「南が終わった次はな、北を攻めるのだ。つまり我が王国は帝国に戦いを挑むことになる。だから今無駄遣いをせずに貯め込み、機をうかがうが良いぞ」
話を聞き終えたブノワは、神妙な顔をして何度も頷き、シンに対して何度も礼を述べる。
――――この話を信じて広まれば、帝国に傭兵を送り民衆を攫うよりも今は無駄な投資を抑え、金を貯めこもうとするだろう。その結果、帝国南部を荒らす傭兵や賊が減れば万々歳だな。
ハンクが羊皮紙に示されていた代金を用意してシンへと渡す。
シンは渡された代金の入った袋の紐を解き、中身を確認する振りをした後でブノワの手へと渡した。
ブノワは、失礼ながら確認させて頂きますとその場で代金を確かめた。
「不足は無かろう? ブノワよ、良い取引であった礼を言う。次に会うのは北伐の時になろう、その時も良い取引が出来ることを祈っておるぞ」
「はっ、ピエール様もこれから戦地に赴かれるとの事……このブノワ、ご武運をお祈りし再会出来る日を楽しみにお待ちしております」
貴様に祈られたら武運どころか戦死するわと、シンは心の中で毒づきながらハンクを始めとする部下たちに出発の用意を命じて自分も馬車へと乗り込んだ。
シンたち不死隊は奴隷たちを囲むようにして一路東へと向かう。
その後ろ姿を見てもブノワは、東に大回りしてから南下するのだと思い何ら疑念を抱くこともなく見送るのであった。
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ル・ケルワの街から遠ざかる馬車の中、シンと同乗するハンクは今後の進路や予定より多い人数の食料の配分計画などに追われていた。
「ブノワの野郎、よほど必死にかき集めたと見える。まさか二百人を超えるとは思っても見なかったぜ」
揺れる馬車の中で羊皮紙に食料の配給などの試算を書きながらシンが呟くと、ハンクもそれに同意して頷いた。
「一日二食としてここから奴隷を連れてだと予定の地点まで最低でも一週間は掛かる。そこまでは何とかなるが、予定地点で長い事待機させられると拙い事になるぞ」
馬車に積まれている食料に決して余裕があるわけではない事実に、ハンクは渋面を作る。
「そこはもうどうにもならん、伯爵様を信じるしかないだろう」
「それはそうと、これはどうする?」
ハンクは懐から例のオーベルヌ家の紋章の刻まれている短剣を取り出して見せる。
シンはそれを興味無さそうに一瞥すると、再び視線を羊皮紙へと戻した。
「ああ、それはもう用済みだ。短剣その物は一級品だから、拵えを直せばそのまま使えるな。そいつはハンクにやるよ。好きにしていいぜ」
「そうだなぁ、この薄気味悪い紋章は消して記念に貰っておこうかな」
それがいいとシンが言うと、ハンクは再びその短剣を懐に仕舞った。
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