買い物
「このゴブリンのか? お前のではなく?」
ガンゲルは素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、金に糸目は付けなくていいから、飛びっきりのを頼む。あと副装備として短剣を二振り。一本は彼女が使う」
シンは首だけを動かして後ろのロゼに視線を送る。
「わかった。おい、お前さんの得意な得物は何だ?」
ガルゲンがギギに問うと、ギギは壁に立て掛けてある長剣を手に取った。
そして身振り手振りを交え、ガルゲンにあれこれと注文をする。
「コレ長イ。長サ、ココマデ。握リ、太イ。モット、細イガイイ」
要望を聞き終えたガルゲンは、一旦奥へと引っ込んで行った。
その間、シンはガルゲンの弟子の店員と会話をしていた。
「この店には、弓は置いてないのか?」
「申し訳ないが、ウチの店では弓はやってないんです。鏃は作りますけど……あっ、でもうちも参加している組合に、腕の良い木工職人が居ますんで、そちらに頼めばいい弓が手に入りますよ」
「鎧の仕立て直しは?」
「ウチは金属専門でして、板金鎧ならウチでやりますが」
「革と鱗なんだが……」
「でしたら、組合に参加している店を紹介しますんで、そちらに回して貰えるとウチも助かるんですがね。いやぁ、ウチらみたいな小さな店は寄り合い所帯にならないと、大店には抗しきれないんでさぁ」
大店とは、表通りにある武具屋の事であろう。
シンは店員から、その組合に属している木工職人の店と皮革職人の店を教えて貰う。
「待たせたな。おい、これはどうだ?」
ガルゲンが持って来たのは、肉厚の山刀だった。
柄には真っ赤な宝石が埋め込まれており、本当に山刀なのか疑わしい。
ギギはその山刀を手に取ると、驚きの表情を浮かべた。
鞘から抜き、その場でブンブンと縦に何度も振る。
「すまんが、握りはそれ以上細くは出来んぞ。柄に魔法回路が埋め込まれているんでな」
やはり柄の赤い小さな宝石は、魔法回路だったのかとシンは納得する。
「魔法の効果は?」
「軽量化と硬質化。こいつは、儂が若いころに作った失敗作じゃ。いや、武器としては失敗作ではないが、商品としては失敗じゃった……」
ギギが嬉々として振り回している山刀を見て、ガルゲンは渋い顔をする。
「失敗とはどういう意味だ?」
「この山刀はな、太い枝をぶった切ったり、突然現れた魔物に対しても武器として使えるようにと、従来の山刀よりも大きく厚みのある作りにしたんじゃが、山刀として使うには重くなりすぎた。仕方ないので、魔法回路を組み込んで軽量化と更なる頑健さを求めて硬質化させたのだが……山刀としては、馬鹿みたいな値になってしまってな……山刀ごときにそのような値段を払えるかと、当時は散々馬鹿にされたもんじゃ」
「幾らなんだ? こいつは」
「金貨四十五枚」
ぶーっと、後ろの方で吹き出す音がしたので振り向いてみると、ハンクとハーベイ、そしてエリーが吹き出していた。
ハンクとハーベイは腹を抱えて笑い、エリーは、自分の身請け金より高いなんてと、ブツブツと呟いている。
「すまんすまん。でもよ、山刀なんて安物なら銀貨数枚で買えるんだぜ? それが金貨四十五枚って言われたらよ」
ハーベイが笑いながらガルゲンに謝るが、ガルゲンは慣れているのか特に顔色も変えずに黙っている。
シンは仲間の非礼を詫びた。そして詫びたついでにある質問をする。
「他にも似たような物があるんじゃないのか?」
「…………」
ガルゲンの巌のような顔が、ピクリと動く。
「まだ他にも、商品としては失敗でも武器としては成功している物があるんだろう? そいつを見てみたい。あの山刀は実に良い出来だ、確かにコストが掛かりすぎだがその方向性は間違ってねぇと思うぜ。何度も振るう事を考えての軽量化と、多少の事ではぶっ壊れないための硬質化。山刀という物の本質を捉えた珠玉の一品だ。ギギも気に入ったようだし、買うぜ!」
馬鹿にされるどころか、ここまでの称賛を受けるとは思っていなかったのだろう。
ガルゲンは目を見開き、そして口許に僅かな笑みを浮かべた。
「いいだろう、見せてやる」
奥に引っ込んだ、ガンゲルが次に持って来たのは一振りの包丁だった。
これも柄に紅い小さな宝石が埋め込まれている。
「こいつはすげぇぜ。魔法の包丁か!」
「うむ。こいつには硬質化しか掛かっとらんがな……ちなみにこいつの値段は金貨十五枚だ」
シンはその包丁を手に取り、軽く振ってみる。
「いいね、これも……買った! 合わせて金貨六十枚だな」
シンは懐から金貨の入った小袋を取り出して、金貨を数えはじめた。
あまりにも常識はずれな行動に、店内の空気は凍りついた。
「いやいや、ちょっと待てシン! 武器は兎も角として包丁はいるのか? いや、武器も金貨四十五枚だぞ!」
ハンクとハーベイが身を乗り出すようにして、シンを止めようとする。
シンはそれを手で押しとどめた。
「二人だって、相当の業物振り回しているじゃねぇか。それに武器は冒険者の命だぞ。武器と防具を疎かにする奴は長生き出来ないって言うだろ?」
そう言われてしまうと、二人はもう何も言えなくなってしまう。
二人の装備は、シンが倒した地竜の素材を売った金で揃えた物でかなりの業物である。
シンはそのまま強引に支払いを済ませてしまう。
まさか二つとも売れると思っていなかったガンゲルは、あんぐりと口を開けたまま暫しの間、放心状態となってしまう。
我に返ったガンゲルは、店の奥から二振りの短剣を持ってくると、半ば強引にシンに押し付ける。
「不良在庫を買ってくれたオマケみてぇなもんだ、遠慮せずに持ってけ!」
シンは受け取り、礼を言う。渡された短剣は、黒鉄鉱をふんだんに使って作られた上物であった。
次に店員に教わった木工職人の居る店に行き、二人の弓をオーダーメイドして貰う。
ロラはロングボウで、ギギはやはりショートボウを選んだ。
矢筒と矢も買い、次にギギがあれこれと注文をして吹き矢も作って貰う。
最初はギギがゴブリンと知って、恐れ忌避していた職人もシンがその手に金貨を数枚握らせると、途端に顔色を変えて慇懃な態度に変わった。
吹き矢の制作を頼み、店を後にしたシンたちが次に向かったのは、皮革職人のいる店であった。
ここに用があるのはロラとギギ、そしてレオナである。
ロラとギギは、それぞれ自分用の革鎧を買う予定であった。
レオナが現在装備しているのは、ワイバーンの革で作られたレザーアーマーである。
だが幾ら良質の革で作られていても数々の戦いを経て、あちこちが傷んでしまっていた。
「いいのでしょうか? 私がこれを使ってしまっても……」
「みんなで話し合って決めただろ。いいんだよ」
レオナが言うこれとは、キマイラの竜の首から剥ぎ取った鱗の事であった。
希少な竜の鱗を市場に流せばその出所を探られ結果、シンたちの行動や存在が明るみに出てしまうかも知れないと考えたシンは、いっその事パーティの強化に仕えないだろうかと考えた。
皆で話し合った結果が、レオナの痛んでいた革鎧に鱗を張り付けてスケイルメイルにしてしまう事だった。
カイルは今より僅かでも重くなるのを嫌い、ハンクとハーベイは生粋の迷宮冒険者であるが為に音が出る鎧を嫌った。
エリーは滅多に前に出ないからと辞退し、ゾルターンとマーヤはそもそも鎧を着ていない。
結果、前に出る機会が多いレオナの鎧を強化する事になったのだ。
店に入りガルゲンの紹介で来たと告げると、ロラとギギの革鎧を見繕ってもらう。
ゴブリンのギギに職人は驚いたが、シンが先程のようにその手に金貨のチップを握らせると、皮革職人も満面の笑顔になった。
二人の鎧を買い、本題に入る。レオナの革鎧を仕立て直してほしいと頼み、傷んだ革鎧と竜の鱗が入った袋を渡す。
袋を覗き込んで、その中に希少な竜の鱗を見た職人は、その場で固まってしまう。
「わかっているとは思うが、この事は他言無用。もし無暗に言い触らしたりでもしたならば、その命は無いと思え」
ドスの効いた声で職人を脅し、脅した後で報酬を弾む事を約束した。
職人はシンの脅迫に、顔を引き攣らせながら何度も頷いた。
仕上げに三日の時間が欲しいとの事で、それに了承したシンたちは店を後にして再び表通りへと戻り、雑貨などを買い求めた。
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蒸し暑いわ、ちょっとほっといただけでパンにカビが生えるわ、梅雨は大嫌いです。




