ザギル・ゴジン
クローズ村と隣のトケラ村を結ぶ街道を異様な雰囲気の一団が歩いていた。
身に纏う装備は疎らで統一感は全くない。
全員が歩兵で掲げる槍には人の生首や手足が突き刺してある。
出会う者は皆殺し。
人だろうが魔物だろうがお構いなし、殺戮と略奪がこの一団を動かす原動力である。
その一団の中で頭三つ分飛び抜けている大男、それがこの一団の長、ソシエテ王国黒蛇騎士団長のザギン・ゴジンである。
この一団は賊ではない、ソシエテ王国の正式な騎士団なのである。
だがこの騎士団は通常の騎士団とは何もかもが違っていた。
全員が死刑宣告の犯罪者で構成されている所謂囚人兵である。
この騎士団を退団することは死以外は認められない。
逃亡しようものなら団長の苛烈な拷問の末、命を落とすことになる。
戦場での殺戮、略奪は他の騎士団でも当たり前のように行われるが、黒蛇騎士団は違う。
戦場や敵国内だけで無く自国内でも好き勝手に殺戮や略奪を欲しい侭にする、異常な集団だった。
罰せられないのは単に戦争に強く、使えるから。
団長であるザギル・ゴジンはオーガとのハーフと言われているが真偽の程は不明。
身長二メートル四十八センチ、体重百三十五キロの巨体が振り回すグレートソードは死の旋風と言われる魔法武器で板金鎧を纏った騎士を馬ごと真っ二つにする。
生粋のサディストで殺戮、拷問が大好き、さらには強い者を食べると自分も強くなる、美しい者を食べると自分も美しくなると言ったように、文字通り人を喰らうことで自分自身の力が増すという妄執にとりつかれていた。
このこともオーガのハーフ説が噂される原因の一つにもなっていた。
今までの数々の戦で手柄を立てており国王や貴族達は頭を悩ませながらも使えるうちは、国内での略奪も大目にみてきた。
だが、元々国王や貴族どもなど屁とも思っていない黒蛇騎士団はこともあろうに国王直轄領の荘園を略奪した。
これは流石に見逃されず、どう黒蛇騎士団を処分しようか国王と重臣たちで協議された結果、大飢饉で発生した流民と共にルーアルト王国に送り込み好きに暴れさせ、敵国に処分させるという謀が決まるとすぐにルーアルト王国北方辺境領に送り込まれた。
小うるさく頭を押さえつけてくる国王や貴族の枷から解き放たれた黒蛇騎士団は、まるで水を得た魚のように生き生きと村や町を襲い殺戮と略奪を繰り返した。
街道を歩けばまさに手当たりしだい、行商だろうが旅人だろうが関係なし、同じソシエテ王国から流れて来た流民や賊ですら出会えば皆殺しにした。
ルーアルト王国北方辺境伯ヨーキス・バーフィールドは最初、たかが賊と舐めて掛かり騎士団の戦力を小出しにしてことごとく打ち破られ騎士団は壊滅した。
打つ手もないままに好き勝手に荒らしまわられ、北方辺境領はもはや辺境伯独力での維持は不可能なほどまで荒れ果て、仕方なく北方辺境伯ヨーキスは中央に泣き付くが、中央もたかが賊ごときと舐めて重い腰を上げようとはしなかった。
ルーアルト王国の無能さにも助けられ、黒蛇騎士団は戦果と略奪を重ね北方辺境領を事実上壊滅させることに成功する。
最初は三百人いた黒蛇騎士団も流石に度重なる戦で減り今は二百人を切る程度に減っていた。
だが、元々死刑囚で国に戻っても殺されるし何より団長のザギル・ゴジンの目から逃げ出せもしないのでそれならばと一時的な快楽を求め戦う彼らの戦意は下がることはない。
黒蛇騎士団にとってザギル・ゴジンは力の象徴であり、また恐怖そのものでもあった。
ザギル・ゴジンが討ち取られるまでは彼らは死ぬまで戦うだろう。
略奪する村が北に無くなると南下しはじめ、ついに黒蛇騎士団の毒牙は東部辺境領に伸びまず最初にクローズ村が襲われたのであった。
「団長、明後日には次の村に着きます。後ろから着いて来る奴らがいますがいつも通りやりますか?」
ザギル・ゴジンは鷹揚に頷く。
その口は何かを咀嚼しており、よく見ればそれは人間の幼児の足であった。
だが、報告した男の顔色も態度も変わらない。
ここで怯えたり不快感を表せば、残忍なこの男に嬲り者にされ殺されるからだ。
「ようし、野郎どもお客さんだ。もてなしの準備をしろ、いつも通り派手に優しく歓待してやれ!」
一斉に鬨の声が上がる。
彼らは既に血に酔っており、これから流れる敵の血を想像して歓喜の声と震えが止まらない。
先の村で絞り取った人の血で顔にペインティングをする者や、首から数珠のように干した生首を掛ける者、その行動の一つ一つが常軌を逸している。
これまで数々の戦場で武勲を上げて来た歴戦の強兵、いや狂兵とでも言うのか、彼らに怯えの影は見えず戦いの始まりを待ちきれず体を疼かせていた。
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斥候が戻って来る。
「スタルフォン様、村を襲ったと思われる敵集団を発見しました。数は多くても300程かと思われます」
「わかった、ご苦労。大隊長と協議に入る。全員に一時の休憩を許可する」
去っていくスタルフォンの背中を見てシンは今までにない敵の数と何か嫌な予感に微かに体を震わせる。
シオンを見ると目が血走っていて体中に力が入りすぎているのが外から見てもわかる。
流石にこれは……と思ったシンが声を掛けるもまるで聞こえておらず、生返事が返ってくるだけだった。
やがてスタルフォンが帰ってくる。
「全軍で攻撃と決まった! よもや賊に後れを取るような者はおるまいな? 第一部隊は正面から一気に突撃し敵の首領の首を獲る。他の部隊に手柄をくれてやるなよ! 敵の頭領の首を獲った者には金貨五枚を約束しよう、皆励めよ!」
金貨五枚と聞くと皆目の色が変わった、鬨の声を上げ戦意が高まる。報酬の多寡で戦意が上下するのは実に傭兵らしかった。
シンですら金貨五枚か、太っ腹だな狙ってみるかと思ったほどである。
数の上では四百五十対三百、実際の敵の数は二百だが味方優勢で今までの賊の弱さから誰もが皆勝利を疑わない。
傭兵達の中には敵の頭領の首の報酬を何に使うか話している者までいた。
流石に浮つきすぎだと思うシンは、せめて自分だけはと気を引き締めて行軍を再開するのであった。
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行軍を再開して一時間ほどで賊と会敵する。
場所は街道脇の草原で敵陣の中央は小さな丘の上に置かれていた。
地形的に若干不利であったが、数の差で圧倒できると踏んだ大隊長のコアントローは当初の予定通りに動くことに決める。
最初はお決まりの矢合わせ、この時点で騎士たちは違和感を感じてはいた。
賊のくせに戦場慣れしているように思えたのだ。
陣の取り方、矢の防ぎ方とても賊とは思えない動きを見て不安がよぎるが、まだこの時は大隊長と同じく数の優勢を信じてひた押しにすることにした。
双方被害は殆ど無く、徐々に距離が詰まって行く。
距離が近づくと敵の異様な姿に皆が度胆を抜かれた。
先述の通り、血のペインティングや生首のアクセサリーを身に纏う者、奇声を上げ涎を垂らしている者もいた。
双方の距離が五十メートルを切った時
「突撃! 突撃せよ!」
各部隊の騎士達の号令と共に突撃を開始する、敵はそれに合わせたように雄叫びを上げ突撃してきた。
槍と槍、剣と剣、武器が、防具がぶつかる音が戦場に響き合う。
今までの賊とは違い、手応えある感じに傭兵たちも驚く。
手応えどころではない、徐々に敵に圧倒され始め出した。
総崩れにならないのは各部隊の騎士の奮闘と頭領の首に掛かった金貨五枚の報奨金のおかげ、傭兵の欲が恐怖に勝っていたからである。
シンのいる第一部隊は何とか踏ん張っていたが、左右の味方が押され始めると敵に突出した形となり当然ながら敵の猛攻に晒される。
騎士スタルフォンが最前線で勇戦しているも左右から流れてきた敵に一人ずつ確実に戦力を削り取られていく。
シンとシオンは第一部隊の左端に配置されており、左翼部隊が押され始めると正面の敵と左翼からの敵に攻められ厳しい戦いを強いられる。
拙い、誰もがそう思うが今は何の打開策も無い、進むことも退くことも出来ないからだ。
もしここで背を見せて退けば追い討ちで全滅することはどんな馬鹿でもわかっていた。
後方の見方が前線を迂回し、左右から挟撃をしかけるとようやく敵の攻勢が落ち着く。
誰もがこのまま数で押し切れると思っていたその時、敵の中から味方を弾き飛ばすように出て来た大男によって戦況は一気に傾いたのだった。
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