安心と信頼のドワーフ印
シンたちは、表通りで買い食いをしながら色々と物色する。
だが表通りにある武具店で、シンが気に入った店は無かった。
確かに客入りも良く、売れ筋の品ぞろえも豊富ではある。だが、それだけである。
滅多に売れない種類の武器などは、店員に言わねば出てこないし、出て来てもがっかりするような出来栄えの物が多い。
詰まりは売上優先主義。これでは変わった品や掘り出し物などは望むべくもない。
表通りにある店を三軒見てシンは諦め、仕方なく裏通りへと足を延ばす。
人通りも疎らな寂れた裏通り、そこでもシンが望むような店は無い。
ならば裏の裏だと、街を虱潰しにするつもりで歩き回った末にその店を見つけた。
雑然と積み上げられた品々、棚には薄っすらと埃が積り、店内は薄暗く内装も荒れ果てたまま。
店員はカウンターに足を乗せて、昼寝を楽しんでいる。
「シン様、ここはちょっと……」
埃っぽい店内を見たレオナが顔を顰める。
「いや、ここが良い。見ろ、雑然と積まれてはいるが手入れは行き届いている。埃まみれになっているのは一つもねぇぞ」
あっ、とカイル、レオナとエリー、そしてロラが声を上げた。
経験豊富なゾルターン、手練れの冒険者であったハンクとハーベイは、シンがこの店を選んだ理由を直ぐに悟った。
ギギは積み上げられた何の変哲もないロングソードを手に取り、シンに対しニヤリと笑う。
マーヤも匂いで察したのだろう。
そう、ここはドワーフの経営する武具店なのである。
「ふぁ~あ、客だ……いらっしゃい」
昼寝をしていた店員が、欠伸をしながら対応する。まるでやる気の無い姿に、シンは一瞬だけ自身の判断に疑いを抱いた。
「表通りの店のが安いよ」
全く商売っ気のない発言に、シンをはじめ皆が苦笑を漏らす。
商品のディスプレイといい、店員の態度といい、ここまで徹底しているとある意味清々しさすら感じて来る。
「いや、この店がいい。積み上げられた剣を見てわかったが、これはドワーフが作った剣だ」
シンの発したドワーフという言葉を聞いた店員の目が、すぅと細まる。
それは決して眠いからでは無い事を、その場に居た皆が感じた。
「……お客さん、目利きかい? だったら知っているだろう? 冷やかしは御免だぜ」
やはりここはドワーフの店、若しくはドワーフに関わりのある店だろう。
シンは雑然と積まれている一本の長剣を手に取り、鞘から引き抜いた。
その刀身を見て、シンはやはりと思った。値札に付いている値段は表通りの三倍。
この長剣も数打ちの量産品には違いないが、その作りはまるで違っていた。
数打ちの量産品でも全く手を抜いていない見事な作りは、間違いなくドワーフの手によるものだと確信する。
シンが今まで会った武具店を営むドワーフは、とっつき難いが仕事に対しては一切の嘘や妥協を許さない者たちであった。
安物でも一切手を抜かない、抜かないがために制作に時間が掛かり費用が嵩んでいく。
故に数打ちの量産品でも相場の何倍もの値段になってしまい、その値段がネックとなり客足が遠のいてしまうのだった。
素人は武器を消耗品と考えがちで、ついつい安い店に流れて行きがちであるが、武器を消耗品でもあるが、己の命を預けるパートナーでもあると考える者たちにとっては、幾ら数打ちとはいえ作りの荒い品など怖くて使えないのだ。
シンは勿論後者である。カールスハウゼンの迷宮を制すことが出来たのは、武具の力に寄る所が大きいと肌身で感じてわかっていた。
それはレオナやカイルやエリー、そしてこの場には居ないクラウスも同様で、彼らも武具には一切の妥協をしない主義である。
元冒険者だったゾルターンや、ハンクとハーベイもそれはわかっており、カールスハウゼンでハンクとハーベイに勧められたのがドワーフのグンターの店、鍛冶屋アイアンフィストであった。
シンは長剣を鞘に収め、元の場所に戻す。
「良い剣だ……作りに妥協が無い。ドワーフ製で、さらにこの出来栄えで銀貨六十枚は安いとも言える値段だ」
「若いのにだいぶ目が肥えているようだな……傭兵か?」
「そう見えるか?」
「他にどう見えるってんだ? その目は、何人も斬った者の目だぜ……」
「惜しい、でも無いか……冒険者だ…………一応……な」
「ふふっ、一応か……まぁ冒険者も傭兵も大差はねぇ……で、何が要る?」
底冷えのするような低い声とギラついた眼。先程まで昼寝をしていた店員本人とは思えない。
「こいつが欲しがる武器。金に糸目はつけねぇ」
そう言ってギギの背を押す。
ギギが外套のフードを外すと、流石の店員も一瞬ではあるが顔色を変えた。
「ほぅ、……ゴブリンか、珍しいな」
「お、親方!」
店の奥から屈強なドワーフが出て来た。
さっきまでの強気な店員はどこへ行ったのやら、目の前にいるのはそのドワーフを師と仰ぐ敬虔な青年の姿に変わっている。
青年に親方と呼ばれたドワーフは、ギギをしげしげと眺め、次にシンを頭の先からつま先まで舐めるように見回した後、腰に差している刀……天国丸に目が釘付けとなった。
「やっぱりドワーフだな。アンティルのグラッデン親方も、カールスハウゼンのグンター親方も、まずこの刀に興味を示したよ」
「なにっ! グンターを知っているのか! すると、お前さんは……もしや、もしや!」
目の前のドワーフが急に狼狽えだしたのを見て、今度はシンが慌てた。
竜殺しのシンの名は帝国中に知れ渡っているが、劇のイケメン俳優のイメージがすっかりと定着しているのか、容姿で見バレすることが殆ど無かった。
だが、ドワーフたちは違う。どういうネットワークを持っているのか、シンの差している刀が神の送りしアーティファクトであることが伝わっていて、そこから正体がバレるのだった。
ここに竜殺しのシンがいる事を知っている者は、少なければ少ない程いい。
今まで付き合って来たドワーフという種族を鑑みるに、このドワーフが声高に騒ぎ立てるとは思わないが、念のためにシンはこのドワーフに口止めをする。
「おっと、そこまでだ。今はとある事情によりお忍びで行動している。この街に俺が居るのを言い触らさないと約束するならば、好きなだけこの刀を見ていいぞ」
ドワーフは一も二も無く頷いて、両手を前に出した。
それを見たシンは、苦笑しながら腰に差した刀を鞘ごと抜いて手渡す。
鞘からして作りが違うと、ドワーフの手が小刻みに震える。
そして刀身を鞘から抜くと暫しの間、呆然としその両目に涙を溜めた。
「これが……これが、あいつの言っていた完成形か……なるほど、なるほど……この遥かな高みへと我らはのぼる事が出来るのであろうか……」
ドワーフは刀を鞘に戻すと、シンへと恭しく差し出す。
もういいのかと聞くと、もういい、神のお力をこの目で見れただけでも後世までの誉となると言って首を振った。
「あなたはグンターを知っているのか?」
その問いにドワーフはゆっくりと頷いた。
「儂の名はガンゲルと言う。あやつ、グンターと儂は同じ庄の出身じゃ。あやつから珍しく手紙が来たと思ったら、神を見たと書き記してあっての。刀と言うたか、その剣の事が事細かに書いてあった。模造品を作ったが、それに遠く及ばなかったとも……」
「ああ、俺が無理言って作って貰った。今は俺の弟子がグンターの力作である刀、岩切りを使っているよ。ドワーフの目から見れば遠く及ばないのかも知れないが、岩をも断ち切る凄まじい刀だぜ。」
それを聞いたドワーフは天を仰ぎ、儂が打っても恐らくそこら辺までじゃろうなぁと呟く。
弟子である青年は、師のそのような姿を今まで見た事も無かったのか、ポカンと口を開けている。
「で、何しに来おった? もうわかっとるじゃろうが、その刀より優れた武器などこの店はおろか、国中隈なく探してもあるかどうか……」
「今日は俺の武器じゃなく、こいつの武器を買いに来たんだ」
そう言ってシンはギギの肩をポンと優しく叩いた。
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酷い二日酔いで土曜日丸一日無駄にしてしまった……私は下戸なので、酒に強いドワーフに憧れますね。




