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帝国の剣  作者: 0343
233/461

ロラ・ドーエニャス



 窓から差し込む陽光に、ほんのりと橙が混じり始め、室内の明暗の境目が段々とあいまいになっていく。


「返答は如何に?」


 シンがギギに返答を求める。

 だが、ギギが口を開く前に、エルフの女性が口を挟んで来た。


「あなたは……いえ、あなたたちは一体何者ですか?」


 その言葉にシンは困ったように頭を掻いた。


「俺たちの正体を明かした後で、協力を拒まれたらあんたたちを始末しなきゃならない。だから最初に、協力の意志があるのかどうかを確認したい。勿論、協力してくれるなら足枷も外すし、奴隷では無く客分として扱う。事が済みさえすれば、解放もする」


 シンの提案を聞いてからむっつりと考え込んでいたギギが、一歩前に出る。

 足枷の鎖が擦れる音が、静まり返った室内にこだまする。


「……シン……オ前ハ戦士カ?」


 上辺だけの言葉ではこのゴブリンの信用を得ることは難しいかも知れないと、シンは無言でギギに自分の手のひらを見せた。

 その手は剣を握り、振り続けて来た証しである、何度も出来ては潰れを繰り返して来た痕がある。

 まじまじとその手を見たゴブリンの戦士ギギは、歯を剥きだしてニッコリと笑う。


「シン、我ト同ジ、戦士ノ手。戦士、嘘言ウ、罰当タル。ダカラ、戦士嘘ツカナイ。我オ前、信ジル」


 どうやら信用を得られたようだと感じたシンは、ハンクにギギの手を縛っている縄を解くように命じ、自分はしゃがんで足枷に鍵を差し込んで外した。

 全ての拘束を解かれたギギは、腕を摩りその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「さて、あんたはどうする? 失礼、そう言えばまだ名前も聞いてなかったな」


「私の名前はロラ・ドーエニャスと申します。協力と言っても何をすれば良いのでしょう? それを聞かない事には、お返事は致しかねます」


 夕日を浴びたロラの顔は、先程までの生気の抜け落ちた青白い顔とは違い、その赤みによって俄かに活力を取り戻したようにも見えた。

 チラリとハンクを横目で見ると、魅入られたかのようにうっとりとして少し上気している顔があった。


「エルフの国の貴族の娘だと言う話を、あの奴隷商人から聞いたが本当か?」


 その問い掛けにロラはゆっくりと頷く。


「私はシュバーラ王国に仕えていたバルメドロ・ドーエニャス子爵の娘です」


「そうか、そのシュバーラ王国の貴族の娘だと言うなら話は早い。シュバーラ王国と我々との交渉の橋渡し役をお願いしたいのだ」


 ロラは悲しげな表情を浮かべた後、俯きながら首を横に振った。


「そういうことでしたら、私はお役に立てません」


「どういうことだ? 良ければ詳しい事情を聞かせてくれないか?」


 ロラは深い溜息を吐くと、淡々とした口調で語り始めた。


「シュバーラ王国は今、ラ・ロシュエル王国に攻められ苦境に陥っています」


「知っている」


「私の先祖は国から子爵号と、ラ・ロシュエルに近いツバルツィカという土地を賜り、代々守護してきました。ラ・ロシュエルとの戦端が開かれると、私の故郷であるツバルツィカは最前線となり、日夜激しい戦闘が繰り広げられるようになりました。当初は互角だった戦況も、兵力差により次第に押され始め、父は王に援軍を求めました。王は援軍が到着するまで絶対の死守を命じ、その命を受けた父はそれに従い撤退せずに必死の抵抗を続けました。ですが衆寡敵せず、ラ・ロシュエルの侵攻を抑えることが出来ず、父は領内の女子供を後方へと逃がし、自身は生き残った僅かな兵たちと共に、文字通り命尽きるまで戦い果てました」


 薄いグリーンの瞳から一筋の雫が流れ落ちる。

 その深い悲しみの涙は次の瞬間、激しい怒りの涙へと変貌する。


「後方に撤退したツバルツィカの領民たちを待ち受けていたのは、あまりにも無慈悲な王の命令でした。王は死守を命じたのに、なぜ領民たちはその命に従わなかったのかと激しく怒り、撤退して来た領民を武器を向けて脅し、再び前線へと追いやったのです!」


「……愚かな」


 ゾルターンは窓の外の沈みゆく夕日に目を向けながら、そう一言だけ呟く。


「味方であるはずのシュバーラ王国に武器を向けられ追われた私たちは逃げ惑い、一人また一人と殺されていき、母も幼い弟も殺されてしまいました。私だけが捕らえられて、奴隷として売られたのです」


 シンの後ろからすすり泣く声が聞こえて来る。

 振り向くとエリーが大粒の涙を流し、しゃくり上げていた。


「シン、これは期待しない方が良いのぅ。儂が居た頃よりもっとあの国は酷くなっておるようじゃ」


 ゾルターンは手に持っていた杖を壁に立て掛けながら、落胆の声を上げた。


「ゾルターンは、シュバーラ王国の出身だったのか。なら」


「無理じゃ。少し長い話になりそうじゃ、その娘の枷を先に解いてやると良い」


 シンはロラの足元にしゃがみ込み、スカートを捲り上げた。

 ほっそりとした白い美しい足が現れ、しばしの間、目が釘付けとなってしまう。

 そんなシンを見たレオナは眉間に皺を寄せながら、わざとらしい咳払いをする。

 レオナの咳払いによって我に返ったシンは、慌てて足枷の鍵穴を探して鍵を差し込み足枷を外す。

 外した足枷を手に持ったまま、恐る恐る後ろを振り返ると怒りの表情を浮かべたレオナとハンクの顔があった。

 シンは二人の顔を見なかった事にして、部屋の隅に足枷を無造作に放り投げる。

 ギギとロラを含む全員を着席させ、着席が終わるとゾルターンは口を開いた。


「そう言えば皆には儂が、シュバーラ王国の出身だとは言っておらんかったのぅ。娘御よ、儂も貴族の生まれでのぅ。スカノバー地方のマンツィーニ家と言えばわかるかのう?」


 フード付きの外套を脱いだゾルターンの顔を見たロラは、ゾルターンがエルフで、しかも同国人だと知って驚く。


「マンツィーニ家と言えば、北の名家。勿論存じております」


「ふふっ、どうやらまだ残っているようじゃな。まぁ、尤もマンツィーニの名はとうに棄てた……いや、儂が捨てられたと言うべきか……シン、儂はこの娘御と同じく国に捨てられたのじゃ。儂らを交渉の窓口にするというお主の考えは諦めよ」

 

「……ゾルターン、聞きたいことが山ほどある。あんたはどうして国を追われた? それとシュバーラ王国とは一体どのような国なのか聞かせて欲しい」


 ゾルターンは頷く。


「シン、儂がレオナの嬢ちゃんのような強力な精霊魔法を使った所を見た事はあるか?」


 そう言えば、ゾルターンが精霊魔法を使っている所を誰も見た事は無かった。

 シンは素直に首を振った。


「そうじゃろう。何せ儂は精霊魔法が苦手じゃからのぅ」


 ゾルターンの言葉に、皆が驚き目を見開いた。

 まさか賢者とも称されるエルフの大魔導士が、精霊魔法を苦手としているとは……

 シンはその言葉で大凡の事情を悟った。


「精霊魔法を碌に使うことの出来ない儂は、エルフの貴族に相応しくないと蔑まれた。だが、儂は精霊魔法を苦手とする代わりに通常魔法や儀式魔法の才があり、若くして頭角を現したのじゃが……エルフと言うのは長生きで知識深いが、頭が固く排他的でな……他と違う儂を異分子として国から追放したのじゃ。それからは、皆の知る通り生きるために冒険者となり、名を上げた後は帝国に仕えることとなったのじゃ」


 シンは顎に手を添えて考え込む。

 今の話を聞く限り、排他的で頑固なエルフと帝国が手を組むのは難しい。

 しかもロラの話を聞く限りでは、暗君である可能性が高い。

 シンはこれまでとんとん拍子で来た自分の策に、大幅な変更をする必要性を感じ顔を曇らせた。


 ――――策士、策に溺れるか……現実では小説やお伽話のように、敵の敵は味方とはならないか……


「俺はラ・ロシュエル王国の脅威に脅かされている国々を糾合して対抗勢力を作り上げるつもりだったが、今の二人の話を聞く限りではどうやらシュバーラ王国と手を結ぶのは難しそうだ。まぁ、やるだけはやってみるつもりだが……」


「お力になれず、申し訳ありません」


 ロラは力なく頭を下げた。


「いや、あんたの……ロラのせいではない。で、どうする? 今の話を漏らさないと約束するなら、このまま解放しても良いが……」


「私はまだ最初の疑問に答えて貰ってはおりません。大体の察しはついていますが、あなた方は何者なのですか?」


 ロラの薄緑の瞳が、真っ直ぐにシンの碧い瞳を捉える。


「俺たちはガラント帝国の工作員、もっと格好つけるのならば特殊部隊といったところだ」


 シンの目がギラリと光る。やはり目の前の男は只者では無かった。

 鋭い眼光に晒されたロラの背筋に、震えが走る。その震えを振り払うように、ロラは目を瞑って一拍置いた。再び開けられた目には、強い意志の光が宿っていた。

 だが、その光は暗く湿っている。シンは直ぐにそれが、復讐者の目だと気が付いた。


「やはり…………あなた方は、ラ・ロシュエルと敵対しているのですね? だとするならば、私もあなた方と一緒に戦います! 私を……私を仲間に入れてください。父の……母の……弟の仇、殺された領民たちの仇を討ちたいのです!」


 ――――やっぱりな。復讐者二名様ご案内っと……ギギとロラがどの程度戦えるのかわからないが、少なくとも裏切られる可能性は低そうだ。

 

ブックマーク、評価ありがとうございます!


今開催しているモーニングスター大賞の副賞の資料本100冊に凄い惹かれるんですが……

あの手の本は買うと高いんですよねぇ……

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