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帝国の剣  作者: 0343
231/461

取引は続く


 

 驚くのがさも当然といった風にブノワは受け止め、またしても自分の手柄のように得々と、このゴブリンを如何にして手に入れたかを語りだした。


「何でもこやつらは、最初は西部辺境区に現れたそうで……追い立てられてこの北部辺境区へと来た次第で、ホワティエ辺境伯様は懸賞金を懸けて追ったのですが、残念ながら捕えることが出来ず、フォア士爵様が自領にて捕え、その一匹を我々が買い取った次第でありまして……」


 一匹とブノワが口にした瞬間、シンの胸の内の火山が盛大に噴火した。


 ――――いっぴきだと! 目の前に居るゴブリンは、姿かたちは違えども紛れも無く人間だ。それをまるで魔物のように数えるのとは……許せん! 


 握りしめた拳がワナワナと怒りで小刻みに震える。しかし、今ここで暴れる訳にはいかない。

 内に秘めた怒りを悟られぬようにそっと手を後ろに組みなし、ブノワから更なる情報を聞き出そうとする。


「最初は何人いたのだ?」


「最初は六匹だったと……捕えるときに二匹っが死に、残りの三匹はフォア士爵様がホワティエ辺境伯様に献上し、余興で魔獣と戦わせて見世物にしたとか……その時の盛り上がりようは凄まじく、コロシアムの観客も総立ちで大興奮、辺境伯様も大いに面目を施したそうで」


「見世物になった者たちはまだ生きているのか?」


「いえ、その時に全員とも魔獣に食い殺されたそうで……まぁ、辺境伯様も今では戦で捉えた獣人を使っての興行に忙しく、ゴブリンのことなど忘れておるでしょうが」


 決めた。こいつらはいずれ全員殺す。生かしておくべき理由は無い。


「そうか、こいつが最後の一人か……」


「左様でございます。ところで、ホワティエ辺境伯様はご存じですかな? 辺境伯様が催すコロシアムでの興行は一度見たら忘れられませんな」


「会った事は無い」


 シンは不機嫌を装い、そっぽを向きながら吐き捨てるように言った。

 もっとも、不機嫌を装う必要も無い程に、シンの機嫌は悪かったが……

 そんな態度のシンを見たブノワは、オーベルヌ家とホワティエ家もまた仲が悪いと勘違いをして、一人で勝手に頷いていた。


「話をこのゴブリンに戻そう。幾らだ?」


 シンは再びゴブリンに目を向けると、ゴブリンは話の内容を理解したのか、こちらを睨み殺さんとばかりに赤く輝く両の目を大きく見開いていた。


「そうですな……最後の生き残りと言う事を考えて、先程のエルフと同じ金貨百枚で如何でしょう?」


 これから先の事を考えると、あまり大きく吹っ掛けるべきではないとブノワは判断した。


「ふっ、随分と吹っ掛けたものだな……だが、良かろう。その値段で買い取ろう」


 シンは出来るだけ口の端に厭らしい笑みを浮かべるよう努力した。

 その口許に浮かぶ笑みを見たブノワは、その真意を必死に探ろうとする。


「貴公とは長い付き合いになる。先行投資と受け取って貰えれば良いのだがな……」


 シンの口から出た長い付き合いという言葉に、ブノワは相好を崩して喜びを顕にした。


「ありがたきお言葉……このブノワ、感謝の念に堪えませぬ。今後は、ピエール様とお呼びしても?」


 シンが鷹揚に頷くと、ブノワは畏まって感謝の意を示した。


「では、商談が成立したと言う事で、この様な黴臭い場所に長い事ピエール様が居られるのは体に毒というもの。一度、応接室にお戻りになり、そこで改めて……ささっ、どうぞどうぞ」


 実はあのゴブリン、売れ残りでブノワはいささか持て余していたのである。

 ホワティエ辺境伯に高値で売れるかと思って手に入れたものの、辺境伯にゴブリン如きを金を出してまで買う程ではないと突き放され、他の貴族に当たって見たが、どの家も相次ぐ戦争による戦費に家計が火の車であり、とてもではないが酔狂に大金を払う余裕は無かったのだった。

 それを仕入れ値の三倍以上で売れたのだから、堪らない。

 再び応接室へと案内をする、ブノワの足取りは軽かった。


 シンたちは再び応接室に戻り、先程まで腰かけていたソファーに再び腰を降ろす。

 ブノワが何かを言う前に、シンはハンクにある命令を下した。


「おい、あれを持って来い」


「はっ、直ちに!」


 ハンクは深々と頭を下げると、応接室を飛び出していく。


「な、なにか? なにかこちらに不手際でも……」


 シンはいやいやと顔の前で手を降ると、再びブノワが呼んだ給仕の煎れたお茶を入ったカップを、顔の前に持ち上げてその香りを楽しむ振りをした。

 しばらくそのようにして茶を楽しんでいると、ハンクが装飾の施された小箱を抱えて戻って来た。

 シンはブノワに人払いをするように言うと、ブノワは即座に給仕の少女を応接室から追い出した。

 少女が深々と頭を下げ、扉を静かに閉めて歩き去る音が聞こえなくなって初めて、シンはハンクから小箱を受け取り、蓋を開けてブノワへと差し出した。


「こここ、これは!」


 小箱の中には王国金貨と帝国金貨が混ざってぎっしりと入っていた。

 窓からの陽光を受けて鈍く黄金色に光る金貨を見たブノワの目は、金貨に釘付けとなり、その目には最早他の何物も映りはしない。


「王国、帝国の金貨合わせて千枚ある。先程買った奴隷二人の代金と、その他の者どもの代金。足りるであろう?」


 足りるどころか多すぎる。何か裏があるのではないかと、ブノワは額から興奮の為に滲み出た汗をハンカチで拭いながら、慎重に疑問を口にした。


「い、いささか多いとは思いますが……」


「ふはははっ、それには口止め料も入っておる。今から話すことも他言無用ぞ、良いな?」


 猛獣のような鋭い目で睨まれたブノワは、生唾を飲み込みゆっくりと頷いた。


「実は今日はお忍びで来ておるのだ。考えてみれば当然であろう? オーベルヌ家の者が北部辺境区を大っぴらにうろつくことなど出来ぬからな。であるからにして、本日買い上げた奴隷どもを今日全て引き取るのは無理だ。わかるな?」


 ブノワは黙ってコクコクと頷く。


「今から故郷くにに帰り、奴隷商人か傭兵に偽装する用意をして受け取りに来ようと思う。おっと、貴公は動くな。こちらが引き取るための用意をする。貴公は極力周囲の貴族に怪しまれるような動きはするでないぞ。その時間はおそらく二、三ヵ月は掛かると思われる。その間の奴隷たちの世話賃も含まれておるのだ。それでも金貨三、四百枚はゆうに浮くであろう?」


 三ヵ月分の奴隷たちの食費など、多少の贅沢をさせてもこの大金に比べれば微々たるものである。

 ブノワは頭の中で素早く算盤を弾き、すぐに満足のいく数字を瞼の裏に弾きだした。

 その間にもシンの言葉は続く。


「その顔だと納得したようだな。今日連れ帰るのはエルフとゴブリンのみとする。先程も言ったようにお忍びゆえ、その二人にも旅装をさせよ。それから、外身から亜人であると一目にはわからぬようフードでも付いた外套を被らせよ。後は……そうだな……次に来るのが二、三ヵ月後だとして、亜人の奴隷も幾らか集めることは出来るか?」


「は、はい。幾人ほど集めておけばよろしいでしょうか?」


「うむ、貴公から聞いたホワティエ辺境伯の話を聞いて思いついたことがある。出来れば男女均等に若い者、この際子供でも構わんが獣人族の様々な氏族の者を集めて貰いたい。数は百ほど、値は相場の二割増しで……どうか?」


 細かい注文に首を捻るが、何はともあれ、またしても大口注文である。

 ブノワは満面の笑みを携えて、おまかせあれと請け負った。


「では早速、あの二人の用意をさせます」


 そう言ってブノワは席を立ち、部屋を出て人を呼ぶ。

 シンが金貨のチップを手渡した受付の男が現れると、ブノワはあれこれと指示を出し、急ぐようにと発破を掛けた。

 命令を受けた男が姿を消すと扉を閉め、再びブノワはシンに向かい合うようにソファーに腰を降ろした。

 

「失礼ですが、ピエール様はこの街にはいつまでご滞在のご予定でしょうか?」


「商談は纏まった以上、一刻も早く戻らねばならぬ。色々と用意もあるでな……今日明日にも発つつもりだ」


「でしたらわたくしめ、南門までお見送りを……こう見えてもこの街では顔も効きますので、煩わしい事も無く街を出られます。それと、もしご希望でしたら護衛を付けることも……ああ、御安心を、全てわたくしの手の者をご用意致しますれば……近頃、この辺りは何かと物騒でして……」


 至れり尽くせりである。シンは、その行為に感謝の意を表す。

 上手くすればまだ、情報が引き出せるかも知れないと、シンは既に目に映るだけで不快感を催す目の前の男としばらく歓談することにした。


ブックマーク、評価、レビューありがとうございます! 感謝です!

レビュー1件でも、自分にとっては天地がひっくり返るほどの驚きなのに、2件目を書いて下さるとは、涙が出そうなほど嬉しいです。本当にありがとうございました!


これからも精進して行きますので、お付き合いのほど、何卒宜しくお願いします。

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