ル・ケルワの街へ
ヴェルドーン峡谷を発った冒険者パーティ碧き焔は、ラ・ロシュエル王国北部辺境区最北端の街であるル・ケルワという街を目指していた。
照りつける夏の日差しにより、シンやカイル、ハンクとハーベイは日に焼けて肌がすっかり黒くなっている。
他の者たちは、日に焼けると黒くはならずにただ赤くなるだけで、日焼けを避けてフードの付いた外套を頭からすっぽりと被っていた。
尤も、亜人差別の強いラ・ロシュエル王国内で行動するときは、エルフ族であるゾルターンやハーフエルフであるレオナ、獣人族であるマーヤは常に外套で頭部を隠していた。
マーヤに至っては、尻尾まで無理やりに丸めて服の中に隠しており、マーヤの後ろ姿を見てもふさふさと毛並みの良い揺れる尻尾が見れない事に、シンは心中がっくりと首を垂れていた。
エリーに関しては日焼けを嫌ったのと、エリーの溌剌とした美貌に下心を抱いて寄って来る男たちを避けるために、他の者と同じように外套を被っていた。
「シン! 後ろから商隊が来る。どうする?」
後ろを警戒していたハンクが、駆け寄り指で後方を指し示した。
シンは後ろを向きながら、商隊の規模を聞いた。
「ここからだと遠くてわからん。先行するか? それともやり過ごすか?」
シンは腕組をして考える。
「ちっ、面倒な……街に入るのに変装しなきゃならんし、ここは脇に退いてやり過ごそう。だが、油断するなよ」
「わかった。やり過ごすんだな、あの先の少しだけ木が生えている辺りがいいんじゃないか? 調べて来たが賊も魔物もいなかったぜ」
先行偵察していたハーベイが戻って来て会話に加わる。
シンは頷くと歩調を速めるよう指示を出し、ハーベイの言った場所へと向かった。
疎らに生えている木を盾にするように馬車を止め、商隊が通り過ぎるのを待つ。
ゾルターンは杖を構え、ハンクはその前に盾を持って立つ。
エリーは馬車の影に隠れ、マーヤはエリーを守るように傍に控えた。
シンは堂々と姿を見せ木の前に立つが、他の者は何かしら遮蔽物の影に隠れるようにして、いつでも武器を抜けるように腰に手を伸ばしている。
ゆっくりと商隊が近付いて来る。シンの姿を確認すると、馬車の中からも護衛の兵が得物を手にしてぞろぞろと出て来た。
弓を持っている兵は、弦を引き矢を番えシンへと照準を合わせる。
一色触発の緊張感漂う中を、商隊の馬車はゆっくりと街道をル・ケルワ方面へと進んで行く。
相手の商隊はシンたちを賊かと疑い、シンたちは商隊が欲に駆られて賊になるのを警戒する。
用心に用心を重ねた者だけが長生き出来る世界である。商隊の者たちもそれは重々承知しているようで、最後まで気を抜くことは無かった。
「中々に優秀な護衛だったな……一体何を運んでいたのか……」
シンの呟きを聞いたマーヤが、馬車の裏から飛び出してきて自分の鼻を指差すと、次にシンの腰に差している刀を指差した。
「ん? なるほど、武器か! マーヤの鼻は鋭いな、流石だ。しかし、武器か……キナ臭いじゃねぇか」
「どうする? やめるか? 危険かも知れんぞ」
そう言ってゾルターンはシンを試すかのように、ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべる。
「意地悪な言い方はよしてくれ、潜入は予定通りする。ここまで来といてタダでは引き下がる事は出来ない」
つま先で土を蹴りながら、つまらなそうに呟くとシンはサクラを呼んで騎乗の人となった。
シンたちは先行する商隊に追いつかないように注意しながら、ル・ケルワの街を目指した。
ル・ケルワまで、あと半日といった所で、シンとハンクは用意していた服に着替え、シンはラ・ロシュエルの貴族に、ハンクは護衛の騎士へと変装をする。
鍛え抜かれたシンの体に対し、用意されたシャツのサイズが少し小さく、窮屈そうな印象を受ける。
ただでさえ貴族と言うより悪党と言ったほうがしっくりとくるシンの顔と相まって、貴族服を纏ってもまるで似合ってはいない。
シンのすることなす事を、普段はその全てを信じ奉るようなカイルでさえ、俯いて肩を震わせながら必死に笑いを堪えている有様である。
「だ、大丈夫ですよ、よく似合ってます……ぶふぅ」
着付けを手伝うレオナでさえ、あまりにも似合わない格好に我慢が出来ず吹き出してしまう。
真面目にやれと、レオナのおでこにデコピンして、多少の憂さを晴らした。
イタっと叫びおでこを摩るレオナを放って置いて、同じく変装しているハンクの方に目をやる。
ハンクの方は、元々真面目な好青年といった見た目もあり、真面目でお堅い騎士といった感じで仕上がっている。
「身分詐称は縛り首だぞ、本当に大丈夫なんだろうな?」
騎士に扮するハンクが不安そうに声を上げるのを、シンは笑う飛ばした。
「はっはっは、ここは帝国じゃないラ・ロシュエルだぜ? 身分詐称云々よりも正体がバレた時点で、間違い無く殺されるよ」
細作、密偵、スパイ……これらの類は、捕まれば何処の国であろうと拷問された挙句に殺される。
ハンクは最悪の未来を想像して、その身を震わせた。
今回シンたちは、お忍びで活きの良い奴隷を買い付けに来た貴族とその従者という設定である。
なぜお忍びなのかという点にも、説得力のある理由を用意してある。
北部辺境区を治めている貴族たちの、奴隷とされた帝国から攫って来た人々の買占めを防ぐために訪れたという、尤もらしい理由を作り上げていた。
今後の事を考えてこの街の奴隷商人と渡りを付ける為に、とある貴族家の本家から遣わされた一分家の頭領とその部下を演ずるのである。
ハーベイは雇われた護衛の傭兵、そしてその他の者はハーベイの部下ということにしてある。
「さぁハンク、覚悟を決めろ。堂々とな、傲慢に、有力貴族の分家だが本家の威光を誇り、威張り散らす小物を演じてくれよ」
そこまで細かい設定がいるのだろうかと首を傾げながらも、真面目なハンクはシンの注文通りに演じようと四苦八苦することになった。
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「止まれ! 見た所、商人ではないな? お前たちはこの街に何をしに来た?」
ル・ケルワの街の門で番兵に呼び止められ足止めされてしまう。
数人の兵が馬車の後ろに回り、臨検しようとするのを完全武装の騎士に変装したハンクが止める。
ハンクは懐から短剣をゆっくりと取出し、柄頭に彫ってある紋章を見せた。
兵たちにはその紋章が何処の家の物か判別が付かなかったが、貴族に逆らわぬ方が良いと判断したのか、一人が上役に耳打ちすると通行税も取られずにそのまま街へと通された。
「予想以上の効き目だ。鼻薬も用意していたのに、無駄になっちまったかな?」
窮屈そうにラ・ロシュエル風の貴族服を来たシンが、馬車から顔を出してハンクに囁く。
「ピエール様、油断禁物ですぞ」
騎士に成りきっているハンクが、ウインクをしながら窘める。
ピエールとは、シンの偽名である。
「よし……では宿を取って、二手に別れる。俺とハンクとハーベイは奴隷商人の元へ、他は宿で待機。亜人に対する風当たりが強いから、絶対に正体を明かさぬように気を付けろ」
街で二番目に高い宿に行き、そこで一番良い大部屋を確保するとシンたち三人は早速街へと繰り出した。
「結構頑丈な壁が張り巡らされているな……最近補修した跡が幾つも見受けられる」
「北部辺境区最北端の街、つまりは帝国に攻め込まれた時には前線基地となり、攻め込むときには後方補給基地になる場所だからな。怪しまれないように、あまりそういった所に視線を送るな」
「すまん、気を付ける」
馬車の中でシンとハンクが話していると、御者をしているハーベイが目的の奴隷商館への到着を告げた。
これからシンとハンクは一芝居うって、攫われた人々が何処へ売られたのかを聞きださなければならない。
ハンクがゴクリと生唾を飲み込むのを見て、シンは深呼吸をして肩の力を抜くように言う。
少しの間を置いて覚悟を決めた二人は馬車を降り、馬車をハーベイに任せると商館の扉を潜った。
「いらっしゃいませ! ようこそラ・デューレへ! 本日はどのような御用件でしょうか?」
受付の男がこちらを舐めまわすように観察しながら、揉み手をして近付いて来た。
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