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帝国の剣  作者: 0343
226/461

戦い終わって……


竜の喉が見る見る膨らんでいく。先程とは比べものにならない程、大きく膨らんだ喉を見たレオナは、吐き出されるブレスの大きさを想像して恐怖に顔を青ざめさせた。

 背後を振り返ると、後方直線上にゾルターンが杖にもたれ掛かるようにして、荒い息を吐いている。

 ゾルターンの護衛をしていたハンクは何所へ行ったのか?

 あの責任感の強いハンクが逃げ出すとは到底思えない。

 ゾルターンはレオナに一つ頷くと、レオナを通り越してキマイラへと目線を飛ばす。

 再びレオナは振り返りキマイラを見ると、喉を限界まで膨らまし今にもブレスを吐き出さんとする竜の姿があった。

 万事休す。さしてキマイラから距離の離れていない今の位置では、左右に避けたとしても放射状に吐き出されてしまえば逃げ場が無い。

 魔法を使おうにも、マナも集中する時間も欠いている今、出来る事は祈りの言葉を囁くだけが精一杯。

 全てを諦めようとしたその時、キマイラの背に飛び乗る人影を見つけた。

 それは、キマイラに見つからないようにと、物陰を伝い大きく迂回して近付いていたハンクだった。

 ハンクはキマイラの背に飛び乗ると、長剣で手当たり次第に斬りつけ、突き刺した。

 キマイラに残された最後の頭である竜は、痛みに仰け反り、最後の力を振り絞って喉に溜めていた炎の塊を、中途半端な形で空に吐き出した。

 それがキマイラの最後だった。空に吐き出したブレスを最後にして、竜の目から急速に光が失われ、首は力なくどうと地面に倒れ込み、それは再び持ち上がることは無かった。

 

 カイルは未だ地面を跳ね回りもがいている切り飛ばした毒蛇の頭に止めを刺すと、精根尽き果てその場に座り込んでしまう。

 一撃でも喰らえば確実な死が待っているという、毒蛇の攻撃を躱し続けたカイルの体力と精神力は、本人が思っていたよりも激しく消耗していたのだった。


 ハーベイは流石に熟練の冒険者だけのことはあり、死に瀕しているシンに対し、動揺し悪態をつきながらも、適切な応急処置を施すとマーヤと二人で両脇から抱え上げ、エリーの待つ馬車へと駈け出した。

 

「へへ、またハーベイに肩を貸して貰っちまった……迷宮を思い出すな……」


 咳き込み、血を吐き出しながらシンが笑う。


「ああ、そういやそうだな……この貸しはでかいぞ……だから返すまで絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」


 マーヤも今にも泣きだしそうな顔で、コクコクと頷く。


「……敵は……あの化け物はどうした?」


 シンは幽鬼のような青ざめた顔で、苦しげに喘ぐ。


「倒したよ。シン、もう喋るな! 本当に死んじまうぞ!」


 ハーベイは怒鳴りつけると、馬車へと急いだ。


 一人馬車で馬たちを静めていたエリーは、運ばれてきたシンを見ると気丈に振る舞いながら、てきぱきと指示をする。


「そこにそのままゆっくり静かに、マーヤは馬車に寝床を作って! ハーベイは火を焚いてお湯を沸かして!」


 二人はゆっくりシンをその場に横たえると、エリーの指示に従った。


「まったく、何でいつもいつもそんなに大怪我するのよ!」


 悪態をつき、玉のような汗を額に浮かべながら、治癒魔法を唱える。

 既にシンの意識は無い。青白く冷たくなりつつある体が治癒魔法によって、ほんの少しずつではあるが温もりを取り戻していく。

 エリーは太腿に空いた大穴に手を翳すと、大急ぎで修復を試みる。

 数分そのまま集中して手を翳すと、見事に穴は塞がった。

 エリーは、はぁはぁと肩で荒い呼吸を繰り返しながらマーヤを呼び、シンの鎧を脱がすのを手伝ってもらう。

 上半身を裸にすると、今度は折れたあばらの修復に掛かった。

 あばらの修復の次は、傷ついた臓器の修復。仰向けに寝かされていたシンの口に、見る見るうちに血が溜まり、ゴホゴホと苦しげに咽せ返る。

 マーヤはシンの口に吸いつくと、口中に溜まった血を吸い出しては吐き出すを繰り返した。

 やがて全ての治療を終えたエリーは、ぜぇぜぇと苦しげな呼吸をしながらその場で大の字に倒れ込んだ。


「も、もう、だ、いじょうぶよ! 後は馬車で静かに……はぁ、はぁ」


 マーヤはハーベイを呼ぶと、二人で馬車の中に運び、拵えた寝床にその身を横たえさせた。

 

「もう、シンは大丈夫なのか? 治ったのか?」


 ハーベイの問いに、エリーは力なく首を振る。


「まだ安心は出来ないわ。いくら治癒魔法でも、失われた体力までは戻せないのよ。ハーベイ、お湯は沸いた?」


「ああ、沸いているぜ? どうするんだ?」


「少しでも体力を回復させるために、薬湯を作るわ」


「わかった、手伝えることがあれば何でも言ってくれ」


「それじゃあ、他に怪我人がいないか見て来て。マーヤは見張りをお願い」


 ハーベイが向かうまでも無く、カイルとレオナが駆け足で、ゾルターンはハンクに肩を借りながらゆっくりとこちらに近付いて来るのが見えた。

 

「全員ピンピンしていやがるぜ! おーい!」


 全力疾走に近い形で、カイルが飛び込んで来る。


「はぁはぁ、し、師匠は? ハーベイ!」


「落ち着け! シンは大丈夫だ! エリーがちゃんと治してくれた。エリーは今、シンに飲ませる薬湯を作っているから邪魔するんじゃねぇぞ。それより、あの化け物はどうした?」


「倒しました。トドメはハンクが……」


 そうかと、鼻を擦りながらまるで自分の事のようにハーベイは胸を張り喜んだ。

 お伽話に出てくるような化け物を、誰一人欠ける事無く倒せた幸運を神に感謝した。

 

 ヴェルドーン峡谷に巣食う魔獣、キマイラを倒してから二日が経過した。

 シンは意識を取り戻したが、まだ失った体力が戻らず、上半身を起こすのがやっとの有様である。


「シン、すまねぇ。あの化け物、折角倒したのに剥ぎ取れたのは竜の鱗だけだった」


 そう言ってハーベイが差し出した革袋の中には、剥ぎ取られた竜の鱗がびっしりと詰まっていた。

 皮を剥がしても鞣す手段が無い。肉も近くの村や街に着くまでに腐敗してしまう。

 そもそもキマイラの肉が食べられるのかもわからないし、もし食べられるとしても筋肉質なその身は固く食欲をそそらない。

 

「本物の竜じゃないけど、金になるかな?」


「レオナに聞いた話によると、剣を弾くほど硬いみたいだぞ。だから結構良い値で売れるんじゃないか?」


「そうか……それじゃ売って山分けだ」


 次に現れたのはゾルターン。


「どうじゃ、具合は」


「ぼちぼちだぜ」


 シンの顔色が大分良くなったのを見て、ゾルターンは安堵の笑みを浮かべる。


「まぁ、あまり無理はせんようにの」


「なぁ、あのキマイラの頭を吹き飛ばした魔法、ありゃ何だ?」


 よくぞ聞いたと言わんばかりに、ゾルターンは細い目を見開いて目を輝かせた。


「見とったのか……あれはのぅ、お主があのキマイラに剣を突き立てることが出来なかったのを見て、普通の炎弾では大したダメージを与えられないと考えて、炎弾を矢じりのような形に変えて、更にその上に焼き固めた土で覆って、先っぽを刺さりやすいように尖らせてみたのじゃが……二属性を同時に操るのは骨でのぅ、たった一発撃っただけでマナを殆ど使い果たしてしまったわい」


 二属性同時に操り、更にぶっつけ本番で命中させるとは、ゾルターンは流石に賢者の名に恥じない力を持っている。

 

「しかし、良くあんな化け物に勝てたもんじゃて……」


「……そいつは至って簡単な理由だ。あいつは戦い慣れてなかった、それに尽きる」


「……どういうことか? 詳しく説明せい、シン」


 伝説の魔獣が戦い慣れていないとはどういうことかと、訝しむような表情を浮かべつつ、シンに話の先を促した。


「あの野郎は最初は舐めて掛かってきやがった。まるで獲物を嬲り殺すように、手加減しながらな……俺が剣を突き刺して、やっとこちらも自分の身を傷つけることが出来る爪と牙を備えていると認識したが、それでも奴は戦い方を変えずに、目の前の敵に固執し続けた。恐らくだが、あいつは産れてこの方、強敵と戦ったことが無かったのかもしれない。死ぬような目に一度もあったことが無いとするならば、あの動きも納得が行く。もし、距離を取られて動き回られたならこちらには万が一つの勝ち目も無かったかもしれないな」


 確かに最初に現れた時のように、羽根をも駆使して峡谷の地形を十分に活かして立体的に動かれたのならば、ゾルターンの魔法も当てるのは困難だっただろう。

 全てに於いて運が良かったと笑うシンを、ゾルターンはそら恐ろしく感じていた。


 ――――此度の勝因は決して運だけではあるまいて。あの激しい攻撃に晒されながらも、冷静に相手を分析し即座に対応する……流石に、神の恩寵を賜っているだけのことはあるわい。


 

 



 

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