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帝国の剣  作者: 0343
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ジャガイモの存在を知る


 

 シンが情緒不安定になったのには理由があった。

 それは、ズバリ言うと食事。ただでさえ塩でしか味付けされない、シンにとっては味覚に乏しい食事が、この所は泥臭い蟹や蛙などに変わり、辟易していたところに米を思い出してしまった。

 そうなるともう止まらない。次々に脳裏に浮かぶ料理や菓子の姿に、錯乱した脳は涎では無く涙を零したのだった。


「おにぎり、餅、寿司、天麩羅、肉じゃが、から揚げ……食えなくなるとわかっていたなら、もっと味わっていっぱい食べたのに……待てよ、から揚げは作れるかも知れないぞ! 豆腐ハンバーグなどもこの世界で再現出来そうだな。俺……冒険者辞めたら料理人になろう!」


 故郷を偲んでの落涙と思っていた皆は、シンが呟いていたのが人の名では無く、どうやら食べ物の名であると知り、更に最後の一言で全身の力が抜けた。

 失った故国に対してでなはく、食べ物で泣くとは……シンであればこそかと皆は脱力しながらも安堵した。


「ゾルターン、帝国にジャガイモはあるのか?」


「ジャガイモ? そのような名前は聞いたことが無いが、それはどのような物か? 形や色などを詳しく述べてみよ」


 シンはジャガイモの形、色、実の成り方などを細やかに説明する。

 ゾルターンは目を瞑り、こめかみに指を当てて記憶の中からそれらしきものを手繰り寄せる。


「ああ、なるほど、なるほど、それはおそらく毒芋のことじゃな。あれは喰えんぞ、強い毒があって喰うと死ぬからのぅ。もっと南に行けば普通に自生しとるが、儂らエルフは喰わぬのぅ、尤もエルフだけでは無く喰っている者を見たり聞いたりしたことは無いわい」


「何、自生してるのか!」


「うむ、若いころに故郷で毒がある草木について一通り学んだが、南方に生えているが毒があるから決して口にせぬようにと、祖父に見せられたことがあるわい」


 シンは狂喜乱舞した。先程までめそめそと涙を流していたのと、まるで同一人物であるとは思えない程に。

 ジャガイモがあれば、シンの持っている拙い知識でも片栗粉が作れる。から揚げ、竜田揚げ、あんかけ、わらび餅……考えただけで、涎が止まらない。

 更に素材そのものを活かした、ポテトサラダ、じゃがバター、ポテトチップスなどのジャガイモ料理が次々に思い出されていく。

 毒芋に強い興味を示すシンに対し、先程の板樏の事と言い、何を始めるのかと皆は期待の眼差しを向ける。


「シン、その毒芋だかなんだかをどうするんだ? 敵にでも食わそうっていうのか?」


 ハーベイの興味津々の言葉に、シンは激しく首を横に振った。


「いや、もしゾルターンが言う毒芋ってのが俺の知るジャガイモならば、帝国の……いや、世界の食料事情が大きく変わるかも知れない」


「なんじゃと! 人を殺すほどの強い毒を持つと聞いておるぞ、そのような物を食す方法があるのか?」


 今度はゾルターンが身を乗り出す。この老人の知に対する貧欲さに、圧倒されながらもシンは答えた。


「毒芋が俺の求めるジャガイモだとするならば、毒があるのは芽の部分だけのはずだ。つまり、収穫して直ぐに喰っちまえば死なないんだよ。現に俺は、幼少の頃からジャガイモを飽きる程喰って育って来たしな」


「何と! じゃが、その毒芋はこのラ・ロシュエルより更に南に行かなければ手に入らんと思うぞ」


「だろうな。元は南方の植物だと聞いている。俺の世界くにでは何世代もかけて北の土地でも収穫できるように品種改良したと聞く」


 直ぐに喰えるわけでは無いとは思っていたが、それでもシンは落胆した。

 だが、新たな目標が出来た。が、取り敢えずは目前に迫る聖戦を乗り越えねばならない。

 さっきまで泣いていたのが嘘のように、気持ちを切り替えて湿地の調査に戻るシンに、皆は半ば困惑しつつもその指示に従った。

 そんな中でゾルターンだけが、キラキラとまるで童のような好奇心を宿した目で、シンをじっと見つめているのであった。


 いくら泥沼の上に立てるとは言え、先程の場所では深すぎると判断したシンは、同じような泥沼でもう少し水深の浅い所を捜し歩いた。

 数日間湿地帯を彷徨い歩き、幾つか目当てのポイントを探し当てると、目印の旗を立てて置く。

 次にシンが、これまた厳重に封を施していた葛籠を開けて取り出したのは、人がすっぽりと被れるほどの大きな布であった。

 緑を基調として所々茶色をパッチワークのように張り付けてある布は、その表面に同じような色の紐が無数に縫い付けてある。

 シンは足元の草を刈り、その紐に刈り取った草を結び付けていく。

 皆に、目を瞑らせると、シンはその場から離れて地に伏せてその布を被る。

 原始的な迷彩服やギリースーツといった所であろうか、大地に腹ばいに伏せ息を潜めると、それは驚くほどに周囲に溶け込んでいった。


「もう目を開けていいぞ!」


 シンの声を聞いて一斉に目を開けた皆は、一瞬シンが消えたかと錯覚した。

 だがこの世界の人間は目が良い。程なくしてシンを見つけると、その場に駆け寄って来る。


「ちっ、見つかるのが思いのほか早いな……他に注意を引く物を用意して、注視させないようにすれば、いけるか……」


「いえ、師匠、これ凄いですよ! 見つけられたのは半分は声のせいですし、声が無ければもう少し時間が掛かったかも知れません」


 興奮気味なカイルの声に、皆もうんうんと頷く。


「お主、次から次へとまぁ……良くも思いつくものじゃ……頭を割って中を覗いてみたくなったわい」


 本気とも取れる真剣なゾルターンの目に、シンは怖気を感じて身震いする。


「恐ろしい事言うなよ。その反応を見ると、こいつも使えそうだな。こいつは、兵を伏せるときに使おうと思っている」

 

「今は緑だが、秋になれば草が枯れるぞ。そしたら逆に目立っちまうぜ?」


 ハンクの疑問に、皆もハッとした表情を浮かべるが、シンは馬車に戻ると枯草を想定した色合いの布を取り出して見せた。


「これならば……流石、抜かりはないな」


 ハンクはその布を手に取り自身も被った。そのハンクを皮切りとして、皆は交代で布を被り、離れて見ては地に伏せて効果の程を確かめる。


「さて、ハンクの御墨付も貰えた事だし、次の場所を見に行くか」


「次は何所へ?」


 このじめじめとしたトンプ湿地帯を離れるのが嬉しいのか、レオナ声には喜びの上ずりがある。


「次はヴェルドーン峡谷」


 又しても環境のあまり良さそうでない場所に行くのかと、レオナの眉と耳は落胆によって共に下がっていく。


「このトンプ湿地帯もそうだが、次のヴェルドーン峡谷も俺たちが追い詰められた時に起死回生を図るための重要な場所だから、しっかり地形を頭に叩き込んでおいてくれ」


 

 ヴェルドーン峡谷は、元々は山から流れる雪解け水が渓流となって流れていた川であったが、大昔の地殻変動により山は崩れ、川の流れは止まり水が干上がって出来た峡谷である。

 衛星写真どころか、満足な地図すら無いこの世界では、実際に行って見るしか確認の方法は無い。

 シンたちはトンプ湿地帯を去ると、人目に付かぬよう注意を払いながら、国境沿いを東進して一路ヴェルドーン峡谷を目指した。

 途中何度か、帝国から引き揚げて来た傭兵団が残したであろう、まとまった集団の足跡を見つけたシンは、自分の計画通りに事が進んでいると知りニヤリとする。

 それらの傭兵たちに遭遇しないようにと、更に慎重に目的地であるヴェルドーン峡谷を目指す。

 段々と木々や草花が疎らになっていき、乾き荒れ果てた土地へと変わって行く。

 この荒れ果てた土地の先に、鋭く切り立った狭い峡谷があるはずであった。


「なぁ、ここ数日、大きな生き物を見かけないな」


「そうですね、野兎や野鼠は見ますけど、鹿や狼などは見ませんね」


 物見をして少しだけ先行しているシンとカイルは、顔を見合わせながら首を傾げた。

 違和感を感じながらも、ここまで来たら先に進むほかは無いと峡谷を目指し足を速める。

 その感じた違和感は間違いでは無かった。このヴェルドーン峡谷には人を喰らう魔獣が住み着いており、逃亡する犯罪者ですら、避けて寄り付かないと噂される場所だったのだ。

 だが、大っぴらに街や村に行って情報を集めることが出来ないシンたちは、このヴェルドーン峡谷に想像を絶する強大な魔獣が住み着いていることなど知りようもなかった。

 

 

 

 

感想ありがとうございます!


昨日、出張で栃木県の宇都宮に出張になりまして、現地に一泊。

今日の朝一に仕事が終わってしまい会社に報告したら、もう今日は好きにしていいよと言われたので、宇都宮の駅周辺を観光してきました。

宇都宮城址公園に行き、復元された櫓を見た後、源頼朝が奥州へ攻め入る際に戦勝祈願したという、二荒山神社に参拝して、餃子を食べて帰ってきました。

歴史が好きなお方は、駅からちょっと歩きますが歩いて行ける距離なので、足を運んでみてはいかがでしょう?

宇都宮城址公園は住宅街に囲まれた長閑な公園ですが、かつてここに城があったというロマンを感じました。

餃子も、昨日今日と何軒か食べ歩いてしまうほど美味しかったです。

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