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帝国の剣  作者: 0343
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部隊解散


 初夏の日差しが降り注ぐウルスト村の中央にある広場では、生き残った隊員一人一人に、一通の証書を手渡していた。

 手渡された羊皮紙には、これまでの戦いに際し勇敢に戦い任務を全うしたことが書かれており、最後にシンの署名と血判がなされていた。

 これは日本で言う感状に近い物である。勿論、帝国いや中央大陸のどの国家にも感状などという物や制度は無く、これを感状と言っても良いのならば、シンがこの時に渡した物が最初である。

 口頭ではなく、感状を貰う事により天下万人に自分の功績が認められることとなった隊員たちは感激し、中には感状を胸に押し抱いて泣き崩れる者もいた。

 元より騎士位を持っていた者は、今回貰った感状により自身の経歴に弾みをつけることが出来、更に目覚ましい功を立てれば家を興すという望みに繋がる。

 家を興すことが出来なくとも、今回の功績を容易に示すことが出来るために、より条件の良い騎士団に入団する事も可能になるので、皆一様に喜んだ。

 また平民であった者たちは、この功績により騎士位が授けられる事が内々に決定しており、そのことを知ると狂喜乱舞した。

 騎士の位は名誉称号で、実権は全く無い。だが、持っていれば目に見えない利点は多数存在する。

 まず平民から貴族になるのは、余程の特例を除いては不可能であるが、騎士から貴族にはなることが出来る。

 ガラント帝国皇帝ヴィルヘルム二世がシンを貴族にするためにと、まず最初に騎士位を授けた事例が真新しい。その後、シンは度重なる功績を上げながらも、貴族位の授与を辞退しているが、これはこれで前代未聞の事であった。

 騎士位を授かってから貴族位を得るのは無論、厳しい事ではあるが、チャンスが有るのと無いのでは大きく違ってくる。

 また、騎士であるならば、騎士団への入団も容易で、職にあぶれて食いっぱぐれる心配はほぼ無い。

 騎士団に入らず故郷の村に帰っても、騎士位を授かったとあれば、未婚ならば婚姻の申し出も引っ切り無しであり、村の中で老若男女に関わらず強い発言権を得られたりする場合が多い。

 更には自身だけでなく、その子供にも恩恵があったりもする。例えば、平民の子と騎士の子が同じく兵役に就いたりした場合、当然ながら騎士の子の方が優遇される。

 このように、本人だけでなく家族にも大きな恩恵を得られる騎士位を授かることが内定した、平民の喜びようは尋常な物ではなかった。

 騎士位を授かることには、メリットだけでなくデメリットも存在する。

 騎士位を授けた者や、功を認め推薦した者に対し義理が生じる。義理がある者が、何らかの困難……つまり戦や貧窮などに対し手助けをしないと、儀礼欠如と見なされ義理欠き者と誹謗されたり、場合によっては位を召上げられたりもする。

 また、騎士としての振る舞いも求められ、戦場では常に勇敢な立ち回りが要求される。


 今回の感状と騎士位の授与については、当然皇帝と事前の打ち合わせで許可は取ってあるし、実際に兵を集めたレーベンハルト伯の許可も得ている。

 この感状についてのシンの立ち回りは巧妙で、シンはただ功績を書いただけの者であり、その功績を以ってして騎士に推薦するのはレーベンハルト伯、そして騎士の位を授けるのは皇帝となるようにしている。

 つまり騎士位を授かった者たちに生じる義理は、推薦者のレーベンハルト伯と授けた皇帝のみであり、シンに対しては生じない。

 報告者と推薦者を分ける事により、この制度を悪用し難くしたのだ。

 無論、袖の下を嗅がせた場合などには無力であるが、これは中世ベースのこの世界ではどうしようもないであろう。


 全員に感状を配り終えたシンは、任務の完了と部隊の解散を宣言した。

 全員を元のレーベンハルト伯の指揮下に戻し、後に帝都に登り褒賞を授かるであろうことが話されると、皆は再び歓声を上げた。

 それを鎮めてシンは、隊員たちにある誓約を課す。それは、一年間この部隊の事、活動内容や功績及びその人員に対する事全てに対し緘口令を敷くことであった。


「極秘任務だからな、まぁ一年のあいだは功を誇りたくても我慢してくれ。それが無理だと言うのならば褒美は無しだ」


 褒美を取り上げられると聞いた彼らは、一も二も無く真剣な顔で頷いた。


「よし、みんな良く戦ってくれた。一時報奨金を出すから忘れずに受け取るように」


 報奨金が貰えると聞き、再び歓声が沸き上がる。

 この一時報奨金は、ウルスト村を解放した際に得た敵が貯め込んでいた財貨から出ていた。

 この接収した財貨の三分の一が国、つまりレーベンハルト伯に、もう三分の一は救い出された人々に、そして残りはシンに与えられたが、シンはそれを位階を考慮したうえで全て平等に分配した。

 戦死者にも感状と共に支払われた。だが、戦死者の遺族が一番知りたいであろうどこでどのようにして亡くなったのかが書かれていたために、感状自体が渡されたのは一年を過ぎてからであった。


 はしゃぐ兵たちを見て、少しだけ羨ましそうな顔をしているカイルの肩をポンと叩くと、そのまま連れ立って与えられている家へと戻った。


「あいつらが羨ましいか?」


 シンはカイルの顔を覗き込むようにして、問いかける。

 その顔にニヒルな笑みを見たカイルは、素直に頷けずに言葉を濁す。


「お前やハンクやハーベイに感状を与えなかったのは、ちゃんとした理由がある。ここで感状を与えて騎士位を得てしまうと、陛下にだけなくレーベンハルト伯に対しても義理が生じる。この先に起こるであろう戦の主戦場は恐らく南部だろう。ということは、レーベンハルト伯も当然参戦、それも主戦場のど真ん中、しかも自領ゆえ退くことの出来ぬ戦となるだろう。そんな危険な戦に、義理でお前を行かせるわけにはいかない。俺はもう既に陛下より騎士位を授かってしまっているから、この国に殉じなければならないが、お前まで付き合う必要は無い」


「でも、師匠とクラウスは……」


「クラウスは最初から騎士を目指していた。当然覚悟はしているはずだ。まぁそれでもなるべく義理に縛られないように、無理やり近衛に押し込んじまったが……俺はさっきも言ったように、陛下に個人的な義理もあるからな」


 近衛騎士ならば、シンと同じく皇帝に対してのみ義理を背負えば良い。

 自分の事をここまで考えてくれていたとは露知らずに、その意味を考えず上辺だけを見て、彼らを羨んだ自分を恥じたカイルは、俯いて肩を震わせた。


「お前は騎士になりたければ、今すぐにでもなるだけの実力はあるから心配するな。俺の勝手なわがままなんだが、出来るだけお前は自分の命を自分のために使え。くだらん義理なんぞに縛られずに自由であり続けて欲しいと思っている」

 

 カイルの双眸から熱い涙がこぼれ落ちる。

 シンはカイルの両肩を数度、力強く叩くと何処へと去って行った。

 立ち去るシンの後ろ姿が涙に揺れる。

 義理に縛られるなとシンは言う。だが、それはもう遅いとカイルは感じていた。

 自由であり続けて良いと言うのならば、どこまでもあの人に着いて行こうと……



---


 

 ウルスト村はこのまま廃村とし、立地の良さや、防衛に向いた地形を考慮され、この地には砦が築かれることになった。

 来るべき聖戦の時には、前線基地の役割を果たすため、ちょっとした城塞並みの縄張りが施され、後にウルスト城塞と呼ばれるようになる。

 城塞の中庭には石碑が立てられており、その石碑にはウルスト村防衛戦に参加した者の名が刻まれており、一番最初にシンの名が刻まれている。

 

 

 

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