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帝国の剣  作者: 0343
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ウルスト村防衛戦を終えて


 シンたちがウルスト村を必死に護っていた頃、帝都の皇帝ヴィルヘルム二世の元に、レーベンハルト伯爵から一通の報告書が届けられていた。

 皇帝は執務室にて手紙を一読すると、傍らで政務を続けている宰相エドアルドに、手紙を渡し目を通すよう求めた。


「シンが敵に占領されていたギルボン村を解放したそうだ。囚われていた民を救い出したとも書かれている。後にシンが帰参を許す際に、この功をもってすれば良いかな?」


 宰相エドアルドは読み終えた手紙を皇帝に返しながら、問題無いでしょうと頷いた。


「話は変わりますが、シン殿にどの程度の権限を与えたので?」


「賊や傭兵に見せかけた完全なる独立部隊であるからにして、余の全権代理人として、麾下に入りし兵の完全なる指揮権及び、常識の範囲内での賞与の自由を与えた。権限を与えすぎたと思うか?」


「いえ、シン殿が率いている兵数は百程度と聞いております。その程度でしたら問題は無いでしょう。話を手紙の内容に戻しますが、やはりこの件でラ・ロシュエルに責任を問う事は難しいですな」


 シンが心変わりをして帝国に弓引くとしても、百程度の兵では完全掌握されたとて帝国の脅威にはなり得ない。

 世は戦国時代であり、親子や血縁でさえも完全に信用ならぬ時代、宰相が用心に用心を重ねるのは当然である。


「うむ。南部を荒らしまわっている傭兵団は表向きは、奴隷商人が雇っていると言う事になっているからな。こちらが文句を言っても奴隷商人たちが勝手にやった事とシラを切り、首謀者であると二、三人の首を送って来るだけであろうよ。だが今に見ておれ……シンの考えた策はあ奴らの上を行くぞ。南部の貴族たちを纏め上げるのに良い材料とした上に、敵の前線から戦力の抽出をさせて侵攻を遅らせ、一部とは言え敵国内を混乱の坩堝にするのだからな」


「そこまで上手く行くでしょうか?」


「行ってもらわねば困る。余は手持ちのチップ全てをあの者に賭けた。今更後戻りは出来ぬ。賽は投げられたのだ、こちらとしては万全の支援をしてやるほか、出来る事は無い」


 皇帝は鈴を鳴らして近侍を呼び、火の付いた蝋燭を持ってこさせると、レーベンハルト伯の手紙に火を点け燃やした。



---



 敵は去り戦は終わった。だが、完全に脅威が無くなった訳では無い。

 シンは警戒の手を緩めないよう厳しく言い渡し、レーベンハルト伯率いる本隊の到着を待った。

 よほど急いで、駆け付けて来てくれたのだろう。本隊も強行軍を重ねて脱落者が出たのか、伯爵が周辺貴族を束ねて率いたにしては、数が少なかった。

 昼前に前触れの騎兵がウルスト村に駆け込み、昼過ぎには本隊がウルスト村に到着した。

 前触れの騎兵が戻って来た際にもたらした情報より、さらに一段と酷い状況に本隊の誰もが驚いていた。

 いつアンデッド化するかもわからぬ、腐敗が進行している夥しい敵の死体を、一刻も早く片付けねばならず、強行軍に疲れた体を休める間もなく全軍で戦場掃除を始めねばならなかった。


「シン殿、遅くなってすまない。しかし、まさかこれ程までとは……」


 レーベンハルト伯が護衛を伴ってシンの元へ歩み寄る。


「いえ、援軍感謝します。カンパネル士爵を遣してくださらなければ、今頃はそこらに転がる骸と同じになっていたでしょう」


「おお、我が甥は役に立ちもうしたか! そうかそうか、うむ、うむ」


 甥の活躍がよほど嬉しかったのか、レーベンハルト伯は上機嫌で何度も一人頷いている。

 カンパネル士爵はレーベンハルト伯の甥だったのか、どおりで旗の家紋が似ているはずだとシンも一人頷いた。


「伯爵様、申し訳ありませんが村の警備の引き継ぎと、解放した人々の事をお願いします。連日の敵の猛攻を支えた部下たちを休ませてやりたいのです」


「おお、心得た。見れば卿もお疲れの様子、ここは儂に任せて卿も休むが良い」


「では、お言葉に甘えまして……御免」


 シンは部隊に休息を命じると、自身も重い足取りで休息所に向かう。

 村の幾つかの家々や納屋を休息所にしているのだが、どこも満員でシンは仕方なく厩舎に向かうと愛馬のサクラに割り当てられた部屋に行って、そこで積み上げられた藁束に倒れ込むようにして眠りに着いた。

 シンが来たことにより興奮したサクラは、シンの顔を舐めまわし、反応が無いと甘噛みをし、それでもそれでもうんともすんとも言わないシンに腹を立て、むくれて不機嫌な唸り声を上げつつも、やがて諦めたのかそっと寄り添って眠りに着いた。



---



 目を覚ましたシンは、寝ぼけ眼で周囲を見回して、そこが厩舎の中でない事を知って、慌てて跳ね起きる。

 そのドタバタとした音に気が付いたレオナが、ドアを開けて中を覗うと、刀を引き寄せて腰を落とし身構えるシンの姿があった。


「おはようございます。どうです? 身体の方は? あれからもう丸二日眠りっぱなしで心配しましたよ、もう目を覚まさないのではないかと、心配で心配で……」


「丸二日も寝ていたのか、すまん。顔を洗って来る」


「はい、すぐに食事を用意しますね」


 パタパタと廊下を駆けて行くレオナの後ろ姿を見ながら、今のやりとりはまるで、新婚の夫婦のようだなと一人顔を赤らめた。

 シンは井戸に向かうと、顔を洗うだけでは飽き足らず、その場で素っ裸になり頭から水を被って体を洗っていく。

 全身を隈なく洗い終えたシンに、カイルが駆け寄りタオルを渡す。


「師匠、なんで厩舎なんかで寝てたんですか? 姿が見えないからみんなで探しましたよ」


「なんでって……なんでだろう? しかし、わざわざここまで運んでくれたのか、ありがとう」


 眠りに着く直前の事を覚えておらず、身体を拭きながら首を捻る。

 身体を拭き終わり服を着たシンの鼻腔に、温められたスープの香りが飛び込んで来ると、腹の虫が雷鳴のような音を立てた。

 それを聞いたカイルは、堪らず腹を抱えて吹き出してしまう。

 シンが食堂に行くと、部隊の主だった面々が集まっていた。

 レオナが差し出したスープを、あっという間に平らげて三度お代わりを頂いた後ようやく落ち着いたシンは、今回の戦の損害の報告を聞く。


「何人生き残った?」


「戦死四十八じゃ。怪我人はエリーの嬢ちゃんと伯爵の連れて来た治癒士によってほぼ回復しとる」


 ゾルターンの報告を受けたシンは、その場で目を瞑り、戦死者に対し黙祷を捧げた。


「ハーベイ、足はもういいのか?」


「ああ、すまねぇ膝に矢を受けちまってな、ドジっちまった。すまねぇ」


 もう大丈夫だと椅子から立ち上がってその場で、ぴょんぴょんと跳ねるハーベイを見て、皆の顔に笑顔が浮かぶ。


「戦力半減か……すまねぇ、下手を打っちまった」


 頭を下げるシンを皆が口々に慰める。


「なんの、今までが楽過ぎただけじゃて」


「そう、寧ろこの程度の損害で済んだのはシンのおかげさ」


 それでもシンは半数近くの戦死者を出してしまった事を恥じ、もう一度皆に頭を下げて詫びた。


「師匠、伯爵様が起きたら話したいことがあるから顔を出してくれと言ってましたよ」


 丸二日眠りこけていた事を思い出したシンは、皆に休息待機を命じると、慌てて伯爵が逗留している村長宅へと向かった。


「おお、どうだ? 疲れは取れたか?」


 回復したシンの来訪を喜ぶ伯爵は、護衛に誰も通すなと命じると、シンを小部屋に招き入れた。


「これからの行動について、確認しておこう。先ずは、卿の率いる部隊の再編じゃな」


「はい、お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願い致します。兵数は前と同じく百でお願いします」


「うむ、任されよ。しかしよくもまぁ、百人足らずで村を守り切ったものよなぁ……掃除ついでに敵の遺体を数えさせたところ、大凡ではあるが三百を越えていたぞい」


「勇敢で優秀な者を多く失ってしまいました」


 項垂れて詫びるシンの肩を、伯爵の大きな手が力強く掴んだ。


「はっはっは、兵たちには最初から危険な任務であることは言ってある。それに、正義の戦いで命を落とした戦士は、天上へと導かれることが約束されておる。いつまでも気に病んではならぬぞ、卿にはまだやるべきことがあるのだからな」


 シンは伯爵に謝意を示すと、頭を切り替えて今後の行動計画の確認を行った。

 二人は外に声が漏れぬよう慎重に、時には筆談を交えて長い時間話し合った。


 

 

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