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帝国の剣  作者: 0343
219/461

ウルスト村防衛戦 決着


 太陽が段々と赤みを帯びていき、その位置が地平線に近付いて行く中、櫓の上から敵陣を見下ろしているシンは、ある決断に迫られていた。

 

 ――――ここで後一撃加えれば、敵の士気を完全に挫くことが出来る……だが、俺もそうだが皆の体力は限界に近い。それにこの読みが外れ、返って敵の攻勢を引き込むような事になれば、全滅は免れない……どうする? 攻めるべきか、それとも守るべきか……


 櫓を飛び降りたシンは、分隊長の名を大声で呼びながら厩舎へ駆けて行く。

 名前を呼ばれた分隊長は何事かと、慌ててシンの後を追いかけ追いつくと、今度はその命令に腰を抜かすほど驚いた。


「敵陣に動揺が見られる。どうやら小集団の離脱が相次いでいるみたいだ。この動揺している隙を突いて強襲し一撃を加えて敵の戦意を完全に削ぎ落す!」


 騒ぎを聞きつけて駆けつけて来たカンパネル士爵とその部下たちは、龍馬サクラに鞍を載せて出撃の準備をするシンの姿を見て、慌てて止めに入る。


「貴公、正気か? この期に及んで出撃など、自殺行為に等しいではないか!」


「いや、この勝機を逃がすわけにはいかない。正に今、一撃を加えれば敵はこの村を諦めて逃げ散る可能性が高い。俺が恐れているのは今夜、敵が最後の気力を振り絞って全力で攻めてくることだ。ただでさえ数に劣る我々が、夜陰に紛れ襲い来る敵をまともに相手取ってしまっては、最悪負けてしまう可能性が出て来る。ならば先手必勝あるのみ、ここでこちら側の士気の高さを見せつけてやれば、敵は容易に仕掛け辛くなるだろう。今夜だ、今夜さえ越えられれば伯爵の援軍が来る! その今夜を無事にやり過ごす為に、この出撃が必要なのだ!」


 シンの顔色は悪く、両目の下に酷いくまが出来ている。

 肉体的にも、精神的にも疲弊しきっているのは誰の目にも明らか。にもかかわらず、この戦意の高さは何か? 兜の下から覗く鋭い眼光に、反論どころか誰もが声一つ上げることが出来ない。

 そのシンの気迫に引き摺られるように、分隊長を始め騎乗出来る者たちが厩舎から自分の愛馬を出し、出撃の準備に入る。

 こうなっては、致し方なしとカンパネル士爵とその部下たちも出撃の準備に取り掛かる。

 急遽編成された騎兵隊の数は三十騎。この数で数百の敵に突っ込むと言うのだから、正気の沙汰では無い。

 

「一撃加えた後は、深追いせずに退く。全員で生きて帰り、勝利を祝うぞ!」


 応と、全員が剣や槍を掲げる。

 シンは騎兵隊の先頭に立つと、血と脂を落とした大剣、死の旋風を抜き放ち天高く掲げた。

 夕日が剣槍に反射し、騎兵隊を眩しく照らす。先程まで、狭い厩舎から出されてご機嫌だった龍馬のサクラは、その眩しさに目を細め、苛立ちの唸り声を上げた。


「出撃!」


 応急修理されたばかりの門が開け放たれ、シンを先頭に騎兵隊が出撃して行く。

 下り坂であるために自然と速度は上がって行き、敵陣近くに迫る頃にはトップスピードの突撃としては最高の状態で斬り込む事が出来た。

 夕闇に紛れてのまさかの奇襲に、敵は応戦どころか算を乱して逃げ惑う。

 逃げ損ねた敵を斬り払い、突き上げ、轢き殺す。

 怒号、悲鳴、断末魔、それらが夕闇の中に消え去った後は、無残な死体と寂寥感が残るのみ。

 シンは敵陣に突入し、短時間ではあるが縦横無尽に駆け抜けた後、逃げ散る敵を深追いせずに馬首を巡らせ村へと引き上げる。

 地平線の彼方に沈みゆく夕日を背に受けながら、誰一人欠けることの無い凱旋に、村に居る全員の疲労が一時的に吹き飛ぶ。

 村に帰ったシンは、サクラの背から飛び降りると櫓に登り、未だ混乱の最中にある敵陣を眺める。

 不意を突いたとはいえ騎兵の突撃による死者など、多く見積もっても二、三十人程度。

 にもかかわらず、敵陣に居る敵の数は出撃前の半分も残ってはいない。

 この襲撃を機に、完全に見切りを付けた傭兵団が続出したのだろう。

 シンは、自分の考え通りに事が運んでくれたことに安堵し、その場でしゃがみ込むと肺の中にある空気を全て吐き出すような、深い溜息を付いた。


 騎兵隊を解散し、馬と武具の手入れをさせた後で休ませると、シンは再び持ち場の北門前に戻った。

 まだ敵の夜襲があるかもしれないと、警戒を厳にするように命じ、自身は夜中になってやっとその身を横たえ睡眠を貪った。

 シンにとっては目を瞑ってすぐ、誰かが身体を烈しく揺さぶり続けている。

 まさかの敵襲かと、気合いの一声と共に飛び起きて目を開き、腰に佩びたままの刀に手を伸ばす。


「敵襲か?」


 シンの身体を揺さぶっていたのはカイルであった。


「いえ、違います。ですが、敵が……村の麓に敵の姿がありません。綺麗さっぱり消えてしまいました」


 シンは安堵の溜息と共に、刀の柄に掛けた手を離し、カイルの肩を叩いて口許を綻ばせた。


「……そうか……退いてくれたか……よし……だが、まだ油断はしないよう各所に伝達してくれ」


 カイルは疲れている体に鞭を打って、方々を駆けまわりシンの命令を伝えて行く。

 シンは北門の櫓に登ると、昨日まで敵が布陣していた辺りを目を凝らして見つめる。

 薄い朝靄に包まれてはいたが、そこに人の影が全く感じらず、あるのは遺棄された死体のみであった。

 櫓を降りたシンは、急ぎ南門へ向かうと先程と同じく櫓の上に登って辺りを見回した。


「こっちも撤退したか……」


「うむ、これで伯爵の援軍が来れば、やっと一息つけるのぅ」


 人目を憚らず大欠伸をしながら、ゾルターンが近付いて来る。

 眠たげな眼の下には、シンと同じように黒く大きなくまが出来ていた。


「ああ、しんどい戦いだった。あんたが居てくれなかったら、負けてたな」


「敵に碌な魔法使いが居らんかったのも幸いしたのぅ。さて、ハンクも来た事だし儂は一眠りするか」


 よろよろと杖を支えにして、休憩小屋の方へと歩み去るゾルターンの背に、シンは黙って頭を下げた。

 敵の兵が少ない搦め手とはいえ、ゾルターンの魔法無くしては支えきる事は出来なかっただろう。

 数多くの敵の動きを釘付けにするほどに、熟練者の魔法というのは恐ろしい物だと改めて思い知らされた。


「よう、シン。何とか生き残ったぜ」


 眠り足りない体が、盛んに欠伸をさせての再度の睡眠の要求を無理に跳ね除けながら、ハンクは片手を上げて微笑んだ。

 今ハンクが感じているのは、疲弊した身体が訴えかけてくる強い睡魔、そしてもう一つ……戦いの中に身を置いた者にしか、味わう事の出来ない強烈無比な生の快感。

 このただ生き延びたというだけの、生命の根源から湧き上がって来る快感に比べれば、肉欲による快感など無きに等しい。

 ハンクと同じく、シンも昨日敵を打ち破った後の櫓の上で、その生の快感に酔いしれていた。


「ハンク、助かったぜ。ハーベイと共に来てくれて、本当にありがとう」


「よせよ、礼を言うのはこっちの方だ。この戦いで、あのまま村で朽ち果てるよりは、戦いの中で命を散らす方がよっぽどマシだと気付かされたよ」


 拳と拳を軽く突き合わせた後、ハンクは持ち場へと向かって行った。

 次にシンが向かったのは、エリーの居る治療所兼、女性兵の休憩所だった。

 女性兵と言っても、全員が碧き焔のメンバーの、レオナ、エリー、マーヤの三人だけである。

 小屋に近付くと、眠気眼を擦りながらふらふらとした足取りで小屋からマーヤが出て来た。


「マーヤ!」


 シンが声を掛けて近付くと、シンに気付いたマーヤはふらつきながら駆け寄って来た。

 いつもはピンと張っている耳は、力なく後ろに垂れ、美しい腰のあるプラチナブロンドには強い寝癖が付いている。

 シンは手を伸ばして、指で髪を梳いて寝癖を整えてやる。

 マーヤは気恥ずかしさに俯くが、尻尾は嬉しげに左右に大きく振られていた。

 

「よく戦ってくれた。お前のおかげで、敵の夜襲を防ぐことが出来た。感謝する」


 ぶんぶんと力強く振られる尻尾に目を向けると、所々に乾いた血がこびり付いて荒れている。

 シンの視線に気が付いたマーヤは、手入れの行き届いていない尻尾を人目に晒した恥ずかしさからか、顔を真っ赤に染め上げる。

 慌てて尻尾を体の後ろへと隠すマーヤを見て、シンは近いうちにブラシをプレゼントしてやらねばと、その頭を撫でながら笑い声を上げた。

 

ブックマークありがとうございます!


今日から六月、頑張っていきましょうー!

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