ウルスト村防衛戦 援軍
敵方から立ち上る砂埃と、地面から伝わる重苦しい地鳴りの音を聞き、シンたちの顔が今まで以上の絶望感に歪んでいく。
攻めきれず業を煮やした敵が、最後のダメ押しに騎兵を投入したと思い込んでいたシンたちは、最早諦観にも似た表情を浮かべ、ここが死に場所であると坂を駆けあがって来る騎兵隊を迎え撃つべく、次々と村の入り口に集まって来る。
戦いの前に設けた逆茂木や柵は、今となってはその全てが取り壊されおり、騎兵隊の突撃を阻む者は進路上にいる敵兵だけであった。
騎兵は、進路上に展開する観方を蹴散らしながら真っ直ぐに村の入口目掛けて駆け上がって来る。
敵兵は後ろから迫り来る騎兵隊に慌てふためき、悲鳴を上げながら道から横に飛びいて、そのまま斜面を転がり落ちて行く。
横に飛びのくのが遅れた者たちは、容赦なく馬蹄に掛けられ、無残な挽肉へとその姿を変えていった。
――――味方ごとかよ……えげつねぇな……ん? あれは、あれはまさか!
進路を阻む味方を容赦なく轢き殺していく無慈悲な騎兵隊に、シンは戦慄を覚え背筋を震わせる。
村へと続く一本道の坂の勾配により、速度が落ちた騎兵隊から立ち上る土埃が減ったことで、その全貌が見えてくるとシンは思わず刀を天に突き上げて、腹の底から残っているありったけの力の籠った雄叫びを上げた。
騎兵隊の中心に一人旗持ちが居り、その旗持ちが天高く靡かせているのは、慣れ親しんだ帝国旗であった。
その帝国旗の下に靡いているのは、率いている貴族家の家紋があしらわれている作りの豪奢な旗であるが、帝国の貴族に詳しくは無いシンには、何処の家の誰かはわからなかった。
味方を蹴散らしていたのではなく、敵を蹴散らしながら村へと駆けて来る騎兵隊を迎え入れるべく、シンは矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「味方の援軍が来たぞ! あの騎兵隊は味方だ、柵をどかして門を開けろ! 騎兵を迎え入れるんだ。一人南に走って味方の到来を知らせて来い。急げ!」
柵も門も壊されて半壊状態であるが、急いでそれらをどかして騎兵隊を迎え入れる準備をする。
村の入り口に到達した騎兵隊の半数は、そのまま速度を落とさず村の奥へと駆け抜けて行く。
「ここの指揮官は誰か? 某は栄えあるガラント帝国士爵、アルフレッド・フォン・カンパネルと申す!」
周囲の者より少しだけ良質で、僅かに装飾が施された装備をしている偉丈夫が、馬を輪乗りにしながら高らかに叫んだ。
兜の下から覗く顔は、顎に申し訳程度の髭を蓄えているが若く、戦意に満ちたブラウンの瞳をこれでもかと見開いている。
「俺だ! この部隊を指揮するシンだ!」
手を振って名乗るシンを見たカンパネル士爵は、見開かれてた目を驚きの余りさらに大きく見開いた。
激闘に激闘を重ねたシンの顔は、敵の返り血を浴びていない所が無く、乾いた血が黒くこびり付き、その上から真っ赤な鮮血をバケツでぶっかけられたように、赤々と染め上げられていた。
シンだけでは無く、部隊の誰もが似たような有様であり、その奮闘ぶりに感銘を受けたカンパネル士爵は馬上礼をすると、指揮を他に預けて馬を降りてシンへと駆け寄る。
「おお、流石は竜殺し! その御姿を見れば奮闘ぶりが目に浮かびますな!」
「士爵様、援軍感謝します。この援軍が無ければ、明日を迎える事は叶わなかったでしょう」
互いに手を取り力強い握手を交わす。
「我らは伯爵様の命により、二個小隊を預かり駆けつけたのだが、強行軍により半数近くが脱落してしまった。伯爵様が率いる本隊は、早ければ明日、遅くても明後日にはここへ到着するはずだ」
更なる援軍の知らせに、シンの顔は自然に綻ぶ。
「しかし五十騎程度で敵中突破をしてくるとは、恐れ入った。こちらから見ても敵は五、六百は居ただろうに」
「某も最初は突撃をする気は無かったが、卿の部下がな……卿を助けると言い張って聞かず、挙句の果てには自分たちだけで敵中突破をすると言い出してな……」
士爵の目線の先には、シンが送り出した伝令たちの姿があった。
「馬鹿野郎どもが……感謝するぞ!」
シンはこちらを見てはにかむ彼らに向かって、刀を立てて感謝の意を示した。
「卿は良い部下を持っている。仲間の窮地を救うために自らの命を惜しまぬとは、正に騎士の鏡よな」
士爵の声にシンは、黙って頷いた。
後方からの不意打ち、そしてそのまま突破された敵は体制を整えるために兵を退いた。
敵の退却を確認したシンは、交代で食事と休憩を取るように言い付けると、指揮官を集めて損害の確認を急いだ。
「戦死四十二、重傷二十一か……壊滅状態だな……」
生き残った誰もが疲弊しきっており、戦闘能力は著しく落ちている。
それでも今まで辛うじて戦線を維持出来ていたのは、指揮官の殆どが健在であったことが大きいだろう。
元々規格外の戦闘能力を持つシンたちを始め、分隊長たちも騎士の称号を持ち正規の戦闘訓練を受けており、兵たちに比べ生存率は比較にならないほど高い。
だが、指揮する兵あってこその指揮官である。
「某の隊を合わせても百に満たぬとは……」
カンパネル士爵もあまりの惨状に、首を横に振った。
各指揮官の顔にも、絶望の色が濃い。
「ハンク、ハーベイはどうした? まさか……」
お調子者でムードメイカーのハーベイが居ない事に気が付いたシンは、慌ててハンクへと詰め寄った。
「命には別条は無いが、戦える状態では無い。脚に矢を何本か喰らってな……」
「そうか……」
生きていると知って、ホッと胸を撫で下ろす。
気を取り直して、本題に入る。
「これを見てくれ」
シンは自分が打ち倒した敵の死体を引き摺ってくると、鎧を剥いで服を脱がす。
痩せ細り浮き上がったあばら骨を指差した後、皆の目の前で腹を裂き胃を取り出した。
取り出された胃は小さく萎んでおり、割って中を見ると中は空っぽで、何も入ってはいなかった。
「敵の動きが妙に鈍いのが気になってな……敵は飢えている。それも、動けなくなる一歩手前の状態だ。こちらもきついが、向こうはもっときつい。今一度、気力を振り絞って柵と門を修理すれば、あと二日程度なら持ち堪えられるはずだ」
シンの言葉に希望を見出した皆は、互いに顔を見合わせて頷いた。
各指揮官と協議の末、新たな持ち場の割り振りを決めた後、シンは再び村の北側入口へと戻って行った。
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村に援軍が合流してからその日、敵は一切攻めては来なかった。
緩やかな丘の上にあるウルスト村の櫓の上から、目を凝らして敵陣を見下ろしていたシンは、敵が昨日に比べて大幅に減っていることに気が付いた。
援軍が来たことにより勝ち目無しと見たか、それとも食料を求めて散ったのか、どちらにしてもシンたちにとっては吉兆である。
実は敵の傭兵団はシンが考えているよりも、深刻な兵糧不足に陥っていた。
次々と補給基地を潰され、各方面に派遣された騎士団に追い立てられた敵は、最後の頼みの綱としてこのウルスト村を訪れたが、シンたちが堅守して一向に落とす事が出来ずにいた。
食料などすでに底をついてしまった傭兵団が、次々に合流し兵数だけはいっぱしなものの、その実は満足に動ける兵は多くは無く、各傭兵団の指揮官たちは頭を悩ませていた。
騎兵が見当たらなかったのも、馬が既に食べつくされてしまったからであり、それでも部隊の腹を満たすには到底足りない。
目端が利く者や、食料に余裕のあった傭兵団は、すでにこの南部から引き揚げており、ここに残っているのは先を見通せない決断力を欠いた者たちであった。
兎にも角にも食料を、それも出来るなら独り占めにと、連携も取らずに各自思い思いに攻めたてたが、空腹の兵たちは力を発揮する事が出来ずに日に日に弱り、村を攻めるどころか、ついに身動きすら取れない状況に陥ってしまう。
村に食料があると知っていても飢えて体力が衰え、攻める気力も萎えてしまった敵は、少数の集団に別れて、遅まきながらこの地を後にして行く。
そんな敵の姿を見て全てを悟ったシンは、この厳しい戦いの終焉を予感し、深い安堵の溜息をついた。
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