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帝国の剣  作者: 0343
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ウルスト村防衛戦 激戦の始まり


 初夏の早朝の濃い朝靄に紛れるようにして、敵は朝駆けを仕掛けて来た。

 隊列を組み、矢避けの盾を前面に押し出すように構えながら、足音を立てないようにゆっくりと村へ近付くも、その動きは櫓に立つ見張りによって察知されていた。

 報告を受けたシンは、櫓の上に子供たちに集めさせた石つぶてを持って上がると、ブーストの魔法を唱える。

 村と敵の距離が五十メートルを切ろうとしたその時、野球の投手のように大きく振りかぶって一投する。

 風を斬り裂く鋭い音を立てながら一直線に突き進む石つぶては、敵の額に命中し、その頭部をいとも容易く爆発四散させた。

 投げたシンも目を見張り驚くほどの威力である。破裂した頭部の破片や脳漿を浴びた周りの者たちは、たちまちの内に恐慌を来たし悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

「印地打ちの熟練者は、敵の額を軽々と割ったと言うが、強ち嘘でもなさそうだ。ブーストの魔法が無くとも十分な殺傷力があるな……」


 投石は原始時代から人類の重要な武器の一つである。

 戦国時代には印地打ちと呼ばれ、投石専門の兵が居たほどであり、特に武田信玄が印地打ちの部隊を運用したのが有名である。

 鉄砲が主流になった近代城郭にも、印地打ちに用いる石つぶてが用意されていたという記録もあるほど、息の長い武器であった。


 シンはここぞとばかりに追い討ちを掛け、逃げ惑う敵の影に向かって次々と石つぶてを放っていく。

 ブーストの魔法によって強化された投石は、当たればほぼ間違いなく致命傷を与えた。

 視界が悪い中での得体の知れない攻撃に曝された敵は、恐怖の悲鳴を上げ、石つぶてが当たった者が放つ断末魔が、戦意を根こそぎ奪い去る。

 朝靄が晴れた後に残された、体のどこかしらが吹き飛ばされた死体の山に、敵味方ともに恐怖に震えた。

 そんな中、村の南側がにわかに騒がしくなる。

 ゾルターンが放った炎弾の魔法の炸裂音が聞こえ、シンは一隊を様子見と助力の為に南側へと行かせた。


「魔法使いがいるなんて聞いてねぇぞ、退け、退け~!」


 シンの投石を魔法と勘違いした敵は、刈り取られていない畑に生い茂る背の高い雑草に紛れるようにして撤退して行く。

 南側の騒々しさも、ゾルターンの魔法の音を最後にして、村は再び朝の静けさを取り戻した。

 

「敵が魔法の対策を考えるまで、時間が稼げるな」


 シンの呟きに周囲の者はほっとした表情を見せる。


「見張りを厳にせよ。交代で朝食を摂って英気を養うように」


 村のあちこちから竈から立ち上る煙と共に、朝餉の匂いが流れ、空腹を刺激する。

 シンはそのまま櫓の上で見張りをしながら指揮を執り、各部隊に交代で朝食を摂らせた後、自身は最後の最後に朝食を摂った。

 小麦粉を練ったすいとんのような物に野菜の細切れの入った、塩で薄く味付けをされた質素な食事だが、戦闘後の空腹を満たすには十分で、五臓六腑に沁みわたっていく。

 シンはエリーの元に行き、今の戦闘での怪我人の有無を聞くと、喜ばしいことに怪我人は出ていないとのことで、今日はもうおそらく敵は仕掛けて来ない可能性が高いと判断したシンは、エリーに救い出した人々の怪我や病気の治療に治癒魔法を使う許可を出した。

 

 その日の夜更け、敵は夜襲を仕掛けて来た。

 だが夜でも目が見えるシンやカイルの活躍により、第一陣が無残に撃退されると敵はあっさりと退却した。

 そのままどちらも仕掛ける事無く、睨み合いのまま三日が経った。


「何とかなりそうですね、師匠」


 朝食を持ってきたカイルが、笑顔を浮かべている中、シンはむっつりと考え込んでいた。


「どうかな……これだけ攻めあぐねているのに敵は一向に退こうとしないのは何故だ? 欲の皮が突っ張っているのもそうだが、おそらくラ・ロシュエルに戻るまでの食料が無いんだろう。そのうち、飢えた敵は損害を顧みずに我武者羅に攻めたてて来るぞ。それに耐えられるかどうか……」


 毎日ほぼ変わらないスープを口にしながら、シンはカイルに肩を竦めて見せた。

 朝食を摂り終えてしばらくすると、敵のいる方がにわかに活気づいている。

 シンは、ああ……とうとう来たかと気を引き締めた。


「敵の増援が来たぞ、おそらく今日中に敵の猛攻撃がある。総員臨戦態勢を取れ、何としても耐え抜くぞ!」


 シンの想像通り、敵は新たにこの地に来た傭兵団を迎え入れて意気が上がっていた。

 合流したどの傭兵団も、食糧難で飢えている。それもそのはず、新北東領に派遣されていた将兵らの帰還した際に与えられた一時休暇が明けて再編成され、南部の各村や街に配されたせいで、敵の傭兵団は今までのように気軽に襲う事が出来なくなったのである。

 さらに強略した村々を草一本も生えない程に破壊しつくしたせいで、後から再び襲い食料を得ることが叶わず、一部では傭兵団同士が食料を巡って相打つ事態にまで陥り始めていた。

 今眼前に集まっている敵の傭兵団は、南部から撤退する食料すら無い者たち。このウルスト村を襲って食料を得るためならば、如何なる犠牲も厭わないであろうことは明白であった。


「師匠、もっと早くに新北東領からの帰還兵を配すれば、ここまで被害が拡大することはなかったのでは?」


「それは無理だ。将兵の身体と心を休める時間は必要だし、種まきの季節には徴兵した農民を戻してやらねばならんからな。騎士だけで戦は出来ないし、数の問題で広範囲を守ることが出来なかったのさ。それでも騎士団が休暇返上で各地を駆けまわっていたからこそ、この程度の被害で済んだとも言えるんだ」


 今まで強略された村々の話を聞くたび、自身の身の上に通じるものがあるだけに、カイルは悲痛な表情を浮かべていた。


「カイル、敵は近いうちに猛攻撃を仕掛けて来るぞ、恐らく南北同時にな。お前には南北駆け回って貰うことになる。頼んだぞ」


 両手で肩を力強く叩かれたカイルは、力強く頷くと自分の持ち場へと戻って行った。

 

 シンの予想通り、相次いで傭兵団が合流し意気上がる敵は、その数に物を言わせた猛攻撃を開始した。


「怯むな、矢を撃ち続けろ! 村の中へ一人たりとも通すな!」


 シンの叱咤激励に応えた味方の攻撃に、二度までも突撃を弾き返された敵は、それでも諦めずにその日三度目の攻撃を仕掛けて来る。

 これまでの二度の攻撃により、南北合わせて九人の戦死者が出ている。

 互いの頭上に矢の雨が降り注ぐ中、レオナが風の精霊シルフの助力を得て、必死に味方へ当たりそうな矢の軌道を強風を当てて逸らせていく。

 シンも三度目の敵の攻撃には、魔力の出し惜しみをしている余裕は無く、至近距離にまで近付いてきた敵の集団にバルカンの魔法を撃って薙ぎ払っていく。

 集団を一瞬で穴だらけの死体に変えられた敵は、流石に怯み撤退の喇叭の音と共に退却して行く。


「クソ! これでもう切り札は無くなった。後はもう本当の意味での総力戦しかない。誰かエリーの元に走って損害を確認してくれ!」


 シンの命令を受けた兵が、エリーの元に走り去って行く。

 しばらくして戻って来た兵から報告を聞いたシンは、戦いの際中から刻まれ続けている眉間の皺を、より一層深くした。


「戦死十二名、重症四名か……南の被害が大きいな、取り敢えずカイルの部隊を応援に充てろ!」


 シンは救い出した人々が立て籠もる村の教会と、村長の邸宅に赴くと、戦う意志のある者に応援を乞うた。

 幾人かの成人の男女が武器を手にして立ち上がる。シンが石を拾い集めさせた子供たちも、武器を手に協力を申し出たが、流石に最前線へ配置することはせず、教会と村長の邸宅を守る様に言い付けた。

 その足で、エリーの様子を見に行くと、エリーは既にグロッキー状態で床に大の字になって荒い鼾をかきながら眠っていた。

 重傷者たち一人一人の手を取って、精一杯戦ってくれたことに謝意を示すと、彼らは涙を流しながら己の不甲斐なさを詫びてきた。

 

「先ずはしっかりと養生して傷を治せ。治ったならば、また働いてもらうぞ」


 そう言って重傷者の居る小屋を後にしたシンの背に、苦痛に喘ぎながらも咽び泣く彼らの声が突き刺さる。

 明日も自分の指揮によって、多くの者が命を落とすだろう。

 今すぐに全てを放り投げて逃げ出したいが、逃げ出せない。

 背負ってしまった多くの人々の命の重みに、潰されるかのようにシンの肩は下がっていった。



 

 

ブックマーク、感想ありがとうございます!


サビ残しまくって何とか休みを作ったぞーと言う事で、溜まっていた洗濯物を洗いつつ一話上げることが出来ました。

このモチベーションの源は、みなさんの応援にほかなりません。本当にありがとうございます!

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