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帝国の剣  作者: 0343
215/461

ウルスト村防衛戦 先手必勝


「シン、ちょっと来てくれ!」


 大抵の事には動じない冷静沈着なハンクが、珍しく狼狽えながらシンの腕を引っ張る。


「一体今度は何だ?」


「ここでは……兎に角来てくれ、見て貰えばわかる」


 半ば強引にハンクに連れて来られた家の中には、おそらく襲った村々から奪ったであろう財貨が堆く積み上げられていた。


「……こいつは……金貨や銀貨だけじゃなく銅貨も大量に混じってはいるが、ちょっとしたもんだぜ……こいつは拙いな……実に拙い……逃げ散った敵がこの情報を漏らせば、欲に駆られた馬鹿共がわんさか集まって来るな」


 本来ならば、これだけの財を目にすれば喜色の一つも浮かべるはずだが、今は二人共に渋面を作るばかりである。相次ぐ難事の予感に、シンは思わず頭を抱えて蹲った。


「……なぁ、シン……いっその事、これを放置して村を出るか?」


 ハンクもシンと同じく、この財貨を狙って敵が襲って来るであろう事を予測していた。


「業突く張りどもが金だけで満足すると思うか?」


 開け放たれた扉から差し込む夕日により金銀銅の煌びやかな光を放つ小山を前にして、シンは面白くもなさそうに呟く。


「それもそうだな、外で襲われたら守りようがないか……」


 人の欲望は際限がない。例えこの財貨を差し出したとしても、敵が更に欲望を満たさんとするのは目に見えている。


「そう言う事だ。援軍が来るまで村を堅守するほかないな……」


 シンとハンクは互いの顔を見合わせると、二人同時に大きなため息をついた。

 早速、碧き焔のメンバーと分隊長を集めて、今後の方針を伝える。


「援軍が来るまで耐え抜くしかない。一月だ。一月堪えれば必ず援軍は来るはずだ。そこで明日の夜明けから村の防備を強化するための作業に入る。村の周辺の木を切り、廃屋を解体して柵と櫓を作る。それと村の周囲の畑を刈り取って見通しを良くしなければならない。幸いこのウルスト村は小高い丘の上にあり、南北にしか入口が無く攻めづらい作りになっている。だからこそ、敵もこの村を占拠したのだろうが……エリー、有事に備えてマナは極力温存してくれ」


 助け出した人々の中には、怪我人や病人もいるが仕方がない。

 魔法による治療を控え、薬による治療に切り替える事にした。


「持ち場を決める。南側の指揮をゾルターンにお願いする。俺は北側を指揮する。ハンクとハーベイの隊は南側でゾルターンの指揮下に入ってくれ。カイルの隊は遊撃。おそらく村中を駆けまわることになると思う。東西に一隊ずつ、残りは北側に集中だ。敵がまず攻めてくるのは勾配が緩い北側である可能性が高いからな。マーヤはエリーの護衛、エリーはこの部隊の命綱だからしっかり守ってくれ。今からこの配置で頼む。明日の夜明けと共に諸々の行動を開始する。では、解散!」


 シンは助け出した人々の中から、比較的元気な者に現状を話て協力を求めた。

 主に食事などの用意を手伝ってもらう事にして、自衛のための武器も支給した。

 これからの不安に一同は眠れぬ夜を過ごし、翌朝からその不安を振り払うかの如く、一心不乱に作業に取り掛かって行った。

 シンは元気を取り戻した子供たちを集めると、投げやすい大きさの石を拾い集めさせた。

 集め終えた褒美に焼きクルミの入った小袋を与えると、子供たちは歓声を上げて喜ぶ。

 食べ終えたら薪拾いや食事番の手伝いをするようにと言い付けた後、シンは作業の進捗状況の確認のために村の中を歩いて廻った。

 朝一番から始めた荒れた畑の刈り取りは終わり、距離にして七、八十メートルの視界を確保するに至っている。

 現在は、南北に二つずつ、東西にひとつずつ、急ごしらえの櫓を組む作業に取り掛かっている。

 シンはその現場に一々顔を出し、その精勤振りを褒め称えつつ発破を掛けて行く。

 いつ敵が現れてもおかしくない状況の為、出来る限り作業を急がせねばならない。

 その日の内に各櫓は完成し、翌日からは柵や逆茂木を作り配置する作業に取り掛かった。

 助け出した人々も日に日に力を取り戻し、作業の手伝いを申し出る者が増えたために、今のところはスムーズに事が運んでいる。

 村の防備を固め、亀のように頭を引っ込めながら息を潜めて援軍を待ち続けること十日あまり。

 先に現れたのは待ち望んでいた援軍ではなく、招かれざる敵であった。


「まぁ、当然だな。伝令が無事街に着いたとして、早ければ今頃ようやく街を出発ってところだろうしな……敵の数は……こっち側は百……多く見積もって二百くらいか? 周辺の傭兵団が群がってきやがったか」


 櫓に登り敵を上から見下ろしながらシンは、敵の動きを注視する。

 よくよく観察すると、敵は大まかに三つの集団に別れているように見える。

 シンが櫓を降りると、ゾルターンが使わせた伝令が南にも凡そ五十から百の敵が現れた事を伝えて来た。


「ゾルターンに伝えてくれ、南側は堅守。俺は打って出ると」


 シンの言葉に周囲の者たちは飛び上がらんばかりに驚く。


「敵の動きを見たが統一性に欠けている上、油断しているのか動きが鈍い。これは好機だ。敵もまさかこちらが打って出て来るとは思うまい、騎兵を集めろ。それと射手を並べて、俺たちに追い縋って来る敵を射すくめる用意も頼む」


 ――――籠城戦の基本、先ずは小さくとも勝ちを拾って士気を上げる。こちらから仕掛ける事によって敵の攻勢を早める恐れもあるにしろ、この好機を活かさない手は無いだろう。


 集められた騎兵はたったの二十騎。その中には、普段被らない兜を被り槍を構えたレオナの姿もある。


「いいか、敵を無理に倒す必要は無い。馬の早さを合わせながら、ただ駆け抜けて引っ掻き回すだけでいい。追い縋って来る敵を弓で倒す。各員の武運と健闘を祈る、では出撃!」


 村の北門が開け放たれ、歩兵が飛び出して柵をどかすと、シン率いる騎兵たちは一丸となって坂を駆け下りて行く。

 襲歩では無く、速歩で敵との距離を詰めていく。敵は交渉に来たとでも勘違いでもしているのか、武器は構えるものの依然として統制の取れた動きを見せる気配が無い。

 敵の集団の中から恰幅の良い男が数人、前に出て来たのを見たシンは、歩法を襲歩に切り替えて一気に突撃の号令を掛ける。

 目指すは迂闊に前に出て来た、おそらく指揮官クラスであろう男たち。

 雄叫びを上げて突っ込んで来る騎兵に、肝を冷やした男たちは振り返って逃げようとするも、その無防備な背に大剣を、槍を突き刺された上に馬蹄に掛けられたちまちの内に、物言わぬ肉塊へと変えられていく。

 敵の集団を突き抜けたシンたちは、馬首を翻すともう一度敵のただ中に突撃する。

 機先を制された敵は脆く、左右に逃げ散って難を逃れようとする。

 逃げ惑う敵を先と同じように馬蹄に掛けて追い散らすと、深追い無用と村へ一直線に引き上げていく。

 算を乱して逃げ惑い醜態を晒した敵は、追撃どころの騒ぎでは無く、シンたちは追っ手に追われることも無く悠々とウルスト村へ引き上げて行った。

 この一戦で軽傷者が二名出たものの、完勝と言っても良い勝ちに村中が湧きたち大いに士気が上がる。

 一方、油断から醜態を晒した敵の損害は馬鹿にならぬものがあった。

 討ち取られた者の数こそ少ないものの、最初に前に出て来た男はシンの予想した通り傭兵団の頭領の一人であり、頭領を失った傭兵団は他の傭兵団に吸収されはしたが連携に欠け、返って足手纏いになってしまう。

 この戦いでシンは敢えて魔法を使わなかった。

 炎弾の魔法を放てば、より多くの敵を倒すことが出来たのは間違いない。

 だが、まだ魔法という切り札を切る時では無いと考えたシンは、突撃の際にレオナにも魔法を使う事を禁じた。

 

「敵を少しばかり多く倒しても、事態は好転しないだろう。魔法は次に敵が攻めて来るまで取って置くことにする。俺たちが稼ぎたいのは敵の首じゃない、時間だ。次に敵が攻めてきたら魔法を使って撃退する。敵は魔法の対策を考えなきゃならんから、その間は時間を稼ぐことが出来るだろう。ああ、騎兵隊は下がって体を休めてくれ、夜になったらもう一度出るぞ!」


 その晩、シンたちは馬に薪を咬ませて声を殺しながら密かに村を出て夜襲を仕掛けた。

 敵もまさかその日の内に二度も出撃してくるとは思いもよらず、大混乱を起こす中シンたちは、敵陣の中を駆け抜けて村へと戻って行った。

 討ち取られた数は微々たるものの、その戦意の高さに驚いた敵は慎重に行動せざるを得なくなり、自然と動きが鈍りがちになっていった。


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