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帝国の剣  作者: 0343
214/461

ウルスト村解放、だが……


 戦いは終わった。

 つい先程まで盛んに交わされていた剣戟の音は、嘘のように消え去り、村はほんの一時だが静寂に包まれた。

 

「残敵掃討、隠れている敵に気を付けろ! 一人も逃すな!」


 不意に訪れた静寂を切り払うかのように、シンは刀を振り血を払いながら声を荒げる。

 味方はその声に気を取り戻し、村に潜む敵を探しに方々へと散って行く。

 やがて残敵の掃討も終わった。戦いが終わってやることは一つ。

 アンデッド化を防ぐために、死体は速やかに処理せねばならない。

 だがいくら真っ当な理由があろうとも、死体の首を刎ねるのは嫌なものである。

 その誰もが嫌がる仕事を、シンは自ら首刎ね用の手斧を持ち率先して行った。

 日本人のシンにとっては、汚れ仕事などは自ら率先してやるのが普通なのだが、この世界では上に立つ者が自ら汚れ仕事をやるなど、考えられない事であった。


「急げ! やることは他にも山積みなのだからな!」


 自ら死体の首を刎ねつつ、部下たちに発破を掛ける。

 部下たちはその声に弾かれたかのように、動き出した。


「団長……」


 分隊長を務める騎士の一人が、躊躇いがちに話しかけて来た。


「どうした? まだ敵がいたか?」


「いえ……エリー殿が、団長をお呼びせよと……」


 エリーはこの部隊の命綱、怪我の治療を一手に引き受けており、部隊の者たちからまるで女神のように崇められていた。

 治癒魔法のエキスパートである、エリーが態々シンを呼ぶ事態となると、あまり良い事ではあるまい。

 シンが急ぎエリーの元に駆け付けると、エリーは力なく首を横に振った。

 エリーが治癒魔法を掛けている相手は、分隊長の一人である若い騎士エグモントであった。

 傷は治癒魔法によって塞がれているが、エグモントが流した血はその身に纏う衣服を赤々と染めあげている。

 治癒魔法で傷を即座に塞げば、あるいは助かったのかもしれない。治癒魔法は万能では無く、失った血液を回復させることは出来ない。

 シンが顔面蒼白となり苦しげに喘いでいるエグモントの側にしゃがみ込むと、彼は掠れる目を必死に見開いて何かを伝えようと口を開閉させた。

 シンは抱きかかえてそっと耳を近づけた。


「だ、団長、すみません。お、俺は……俺は……」


 途切れがちな言葉を必死に聞き取ろうとするも、言葉自体から生気が急速に失われていく。


「か、仇を……皆の仇を!」


 弱々しく上げた手を、シンは力強く握った。


「ああ、ああ、任せろ。必ず仇は取ってやる! こんなくだらぬ謀略を仕掛けて来たラ・ロシュエルを必ず叩き潰すと約束する!」


 シンの言葉を聞いたエグモントは、満足気に口元に穏やかな笑みを浮かべながら冥界の門を潜って行った。

 この部隊を率いて初めての戦死者である。

 エグモントはシンと左程年齢も変わらない。初めて会った時に、自分に対し憧れの視線を向けていたのが印象的で、分隊長に指名されたことを誇りとしているのが見て取れた。


「騎士エグモントはシュテレ村の村長の二男で、ユストゥス男爵家に騎士として仕え新北東領治安維持軍に従軍しておりました。新北東領で任に就いている内に、故郷のシュテレ村が襲われまして……」


 エグモントの死の報を聞き、次々に騎士たちが集まって来る。

 集まった騎士たちは、剣を抜き死者を送り出す礼を取り、口々に祈りの言葉を唱える。


「……そうか……死者との約束は何があっても果たさねばならんな……カイル!」


「はい!」


「カイル、お前に騎士エグモントの率いていた隊を任せる」


「えっ? 僕がですか?」


「ああ、議論している時間も惜しい。取り敢えずやれ。やって駄目なら他をあてる。よし、第一、第二分隊は見張りに立て。ハンク、ハーベイの第三、第四分隊は食料や物資の確保。第五、第六分隊は虜囚となった人々を解放せよ。他は俺と共に掃除を続ける」


 シンは短剣を抜き、騎士エグモントの髪を一房切り取ると皮製の小袋にそれを収める。

 アンデッド化を防ぐためにと、騎士の一人が首狩り用の斧を手に近付いて来るのをシンは手で制すと、自らの手でその首を刎ねた。


「エグモントの遺体は別に埋葬するように」


 そう言い残すとシンは、やりかけていた敵の死体の首刎ねに戻って行った。

 人の死は見慣れていたが、その手を取って死出の旅路に就く者を見送るのは初めての経験であり、シンの心は激しくかき乱された。

 だが、部隊の長である自分が動揺するわけにはいかない。シンは作業に没頭する事によって、一時的に揺さぶられた感情を凍結させようとした。


 敵の死体の片付けと騎士エグモントの埋葬が終わったシンを待ち受けていたのは、思わず頭を抱えたくなるほどの新たなる問題であった。


「団長……」


 騎士である分隊長に導かれて赴いた先には、狭い小屋に鮨詰めにされた人々がいた。

 小屋の扉を開けると、据えた匂いと糞尿の匂いが一気に外へと溢れ出す。

 目が窪み、生気の欠片も無くなっていた人々を見たシンは、一瞬アンデッドなのではないかと思い腰を落として刀に手を伸ばした。

 注意深く観察して違うと気付いたシンは、後ろに控える分隊長にここに居るのが全員かと尋ねた。


「いえ、他にも似たような小屋が幾つか……おそらくでありますが、全員合わせますと百人を越えるかも知れませぬ」


「シン! おっと……団長、拙いぜ……食料がちょっときついかもしれねぇ……」


 食料や物資を調べていたハーベイが、頭を掻きながら駆け寄って来る。


「食料が無いのか?」


「いや、あるにはある。俺たちだけなら兎も角、これだけの人数を連れて最寄りの街に行くとなると……無理だろう。それに、見りゃわかると思うがよ、とてもじゃないが長距離の移動に堪えられる状態じゃないぜ」


 あの弱り切った人々を無理やり移動させれば、大量の脱落者を産むことになる。

 行軍速度も蛞蝓のように遅くなるのが目に見えているし、そうなれば食料が嵩む。

 その嵩む食料を持って行く術も、今のシンたちには無かった。

 シンは思わず天を見上げた。お手上げである。

 

「ったく、商品ならもっと大事に扱えよ! 仕方がない、全部隊の中から乗馬が得意な者を八名選んでくれ」


 伝令一人につき騎兵四人を付け、バートミンデンの街とナウルブルクの街へ応援を頼むべく送り出す。

 バートミンデンの街まで、騎馬なら八日、ナウルブルクの街までは七日、それから部隊を整えてこちらに騎士団が着くのは……


「一月ほどと見るべきか……ハーベイ、食料は?」


「この人数だと、潤沢とは言えねぇな……贅沢はできねぇが足りるっちゃあ足りる」


「そうなると問題は、敵の攻撃をどう凌ぐかだな……」


 一月もの間、このウルスト村に誰も来ないはずがない。

 ギルボン村のように奴隷受け取りに来たり、敵の傭兵団が新たに捕まえた人々を売りに訪れたりする可能性大である。

 八十九名で一月の間、ウルスト村を守り切れるか?

 弱った人々を動かすことが出来ない今、選択肢は他に無かった。


「覚悟を決めるしかないな……よし、援軍が来るまでウルスト村を守るぞ! 周囲の木や廃屋を使って柵を拵えよう。あとは村に近い畑を刈り取って敵の接近がわかるようにしないとな……やることは多いが、先ずは腹ごしらえ。だが、注意しろ。彼らは体が弱り切っている。最初は消化の良い具の少ないスープを与えるように。本当は腹いっぱい食わせてやりたいが、行き成り腹いっぱい食わせると、弱った身体が着いて行けなくて、最悪死に至る恐れがあるからな」


 戦闘をした部隊の者には、助け出した人々に気付かれぬよう別の場所で高カロリーの夕食を摂らせる。

 内容は兎も角、久しぶりに温かい食事を振る舞われた人々の嗚咽が、村中に響き渡る。

 それを聞いたシンたちは、何とも遣る瀬無い気分に陥った。



 

 

 

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